夏の日、20題……「夏の日」お題企画
配布元、Neptune 様
挨拶代わりに 「…進藤」 その時、ぼくが彼を見つけるより早く、彼はもうぼくを見つけていた。 たくさんの人でごった返している囲碁フェスの準備会場。 進藤は人混みをかき分けるようにしてぼくの前に来ると、「おはよう」も言わずにくしゃっと いきなりぼくの髪を指でかき回した。 「いきなり何をするんだ!」 設営の後には明日の打ち合わせの会議がある。それなのにボサボサ頭にされてはたまら ないと軽く睨み付けたら、進藤は反省した色も無くにっこりとぼくに微笑み返した。 「いや、今日も美人だなーと思って」 おまえの髪、いつもものすごく真っ直ぐだから、ちょっと乱れてるくらいの方が可愛くていい ぜと、もちろんそれはそっと耳に囁かれた言葉だったけれどぼくの頬は赤く染まった。 「会っていきなり何を」 もっと他に言うことがあるだろうと挨拶をしなかったことを咎めたら、進藤はこれもまた反 省した色無くぼくに言った。 「だからしたじゃん」 「え?」 「おはようって、挨拶代わりにくしゃっとさ」 なんとなくあの方が親密って感じでいいだろうと、今度は声をひそめずに堂々と彼が言う ものだから、ぼくは一人焦ってしまった。 「全然良くない!」 「そうか?」 じゃあもっと別の挨拶を考えるから楽しみにしてなと、彼はそう言ってダメ押しのようにぼ くの髪を弄んだので、その日一日ぼくは嵐の中を駆け抜けて来たかのような乱れた髪型 で過ごすはめになったのだった。
2007.8.1 |
脳裏に焼き付く 「そんなの決まってるじゃないか」 もちろんぼくが好きなのはキミだよと、告白して返事を貰った時のことをおれは今でも良く 覚えている。 「本当に本気で? 後で嘘だって言ったりしない?」 「疑り深いな。どうしたら信じてもらえるんだろう」 「え?」 じゃ、じゃあほっぺたでいいからちゅーしてくれたら信じると、思い返せばおれはかなりテン パっていたのだろうと思う。 「そんなことでいいの?」 キミは簡単だなと、そして次になんの躊躇も無く塔矢はおれの唇にかすめるようにキスをし た。 「これで信じて貰えるかな」 「う―――うん」 ぎこちなく頷いたおれを見て、ぱっと花が開くように嬉しそうに笑った。 今でも目を閉じれば鮮やかに思い出せる。脳裏に焼き付くあの美しい微笑みはおれの一生 の宝物です。
2007.8.2 |
ハラハラドキドキ 「ほ、本当に大丈夫?」 「大丈夫だよ?なんで?」 「だってこれ、すげえ速度出るんだぜ?」 「だからそれを体感するために乗るんだろう?」 きょとんとおれを見返す塔矢を見つめながら、おれはハラハラドキドキしっぱなしだった。 「キミは心配性なんだなあ」 「だっておまえ生まれてから一度もコースターの類って乗ったことが無いって言ったじゃん」 「そうだよ。だからこうしてわざわざ乗るんじゃないか」 生まれてから一度もジェットコースターに乗ったことが無い。そうぼくが言ったらキミが散々 馬鹿にして笑ったから乗ることに決めたんだよと、確かにおれが悪かったけど、だからっ ていきなり難易度が滅茶苦茶高いものに乗るって言うのはどうなんだろうか? 「なあ、今からでもやめて、もっとのんびりした物に乗らないか?」 「もう1時間も並んでいるんだぞ、それでやめたら馬鹿みたいじゃないか」 「でも―」 「キミが乗りたく無いならぼくは一人で乗るよ」 こうと決めたら梃でも動かない。頑固で強情だとは知っていたけれどここまでだとは思わ なかった。 「ごめん、悪かった。おれ、謝るから」 「なんで謝るんだ? キミは変な人だなあ」 はははははと、無表情に笑われて、おれはもう二度と絶対に、こいつをからかったりしな いと心に強く誓ったのだった。
2007.8.3 |
rainbow 「なあ、虹って英語でなんて言うんだっけ?」 「rainbow…キミ、そんなことも知らないのか?」 「違うよど忘れしたんだよ」 雨の休日、暇つぶしに始めたクロスワードパズルでおれは思いがけず深みにはまってい た。 最初は簡単に思えたのに、やってみたら入る言葉の一つ一つにひねりがあってすんなり 解いて行けないのだ。 「えーと、後こことここに入る言葉がわからないんだよな」 「…虹」 頭をかきむしっているおれに塔矢がぼそっと言った。 「それはさっき教えてもらったって」 「違うよ進藤、虹だよ虹」 外を見てごらんよと窓を指さされ、顔を上げたおれは塔矢の指し示す先に七色の綺麗な アーチを見た。 「いつの間にか雨が止んでいたんだね」 からりと窓を開けると爽やかな風が頬を撫でた。 「綺麗だな…」 「ぼくもこんなにはっきり虹を見るのは久しぶりだ」 「なあ塔矢、虹って英語でなんて言うんだっけ?」 随分と久しぶりの虹に目を奪われながらぼんやりと尋ねたら、塔矢はおかしそうに笑って おれに言った。 「それこそさっき言っただろう」 rainbowだよと、その笑った顔は美しく、虹よりも鮮やかにおれの心に焼き付いたのだっ た。
2007.8.4 |
大海 「おれも伊角さんみたく、海外に行って修行しようかな」 「どうして?」 「だって井戸の中のカエル、大海を知らずって言うじゃん」 おれももっと世間を知らなくちゃと言ったら塔矢に辞書を渡された。 「キミはその前に『日本』のことをもっと勉強した方がいいよ」 「え?」 「井戸の中のカエルじゃなくて、井の中の蛙だ」 世界に出るなら、日本の言葉と文化を正しく伝えてくれなければ困るとぴしりと厳しく注意さ れて、おれは泣く泣く海外進出を諦めたのだった。
2007.8.5 |
なぜだか無性に 「なぜだか無性になんか食べたくなることってあるよなぁ」 「そうだね、その時まで別に食べたいと思っていなかったのに思い出して急に食べたくなった りとか…」 「そーそー、そういうことってよくあるよな」 と言うことで、いただきまあすと明るく言われ、ぼくはまだ日も高いというのに、進藤にころりと 畳の上に転がされて念入りに美味しく食べられてしまったのだった。
2007.8.6 |
次の駅まで、このままで それぞれがそれぞれの事情で関係を続けることが難しくなってきた頃、ぼく達は仕事で遠方 に出かけた。 泊まる程遠くは無いけれど、日帰り仕事には少々遠いという微妙な距離。 行きは急行で行ったけれど帰りは指定が取れなくて、仕方なくぼく達は普通列車で帰って来た。 気が遠くなる程の長い時間、二人並んで座りながらいつの間にかぼく達は手を握り合っていた。 「…次の駅まで、このままで」 都心に近づくにつれ、乗り込んで来る客も多くなる。人目を気にしたぼくが自分から手を離そう としたら進藤が低い声でそう言った。 「いいじゃん、せめて次の駅までくらい」 けれどその次の駅が来たら進藤は再びぼくに言ったのだった。 「もう一駅、もう一駅このままで行きたい」 そして結局上野に着くまでぼくの手を握り続けた進藤は、そのまま駅の改札を出てもぼくの手を 離さなかった。 「…進藤」 「いいじゃん、人の目なんかもうどうでもさ」 そしてしっかりと手を握り合ったまま家に帰り着いたぼくたちは、その後もう二度と戯れ言でも別 れようとは口にしなくなったのだった。
2007.8.7 |
のんびり行こうか 「のんびり行こうか」 信じられないクソド田舎で、1時間に一本しか無いバスに乗りそびれた時、塔矢は時刻 表を見ながら苦笑したように笑って言った。 「別に急ぐ旅でも無いし」 他に時間をつぶせそうな所も無いしねと、ボロっちい木のベンチに座っていたおれの隣 にそっと座る。 「たまにはこういうのもいいよね」 誰も居ない、仕事絡みでも無い、何かに急かされているわけでも無い。 「でもほーんと、何にも無いじゃん」 「キミが居る」 キミと1時間もゆっくりと過ごせるなんて夢みたいだと笑われて、おれは一瞬で世界が幸 せに輝くのを感じたのだった。
2007.8.8 |
一夏の恋 「夏の恋って長持ちしないって言うよな」 いつもどこで仕入れてくるのか、進藤はぼくに色々なことを話しかけてくる。 「夏でいつもと違うシチュで燃え上がって、でも涼しくなって来たら気持ちも冷めちゃうん だって」 「へー…」 「へーっておまえ気にならないん?」 自分達は大丈夫かなーとか心配にならないのかと、なんだこれは揺さぶりかと思ったの で、ぼくはさらりとさり気なく「だってぼく達は夏の恋じゃないじゃないか」と言ってみた。 「えー?最初にデートしたのって…」 「少なくともぼくは365日毎日キミに恋してる」 だから秋になっても冷めたりなんかしないんだよと、言った瞬間進藤は驚くくらい真っ赤に なって、それから「おれも」と言ったのだった。 「おれも365日、毎日おまえに恋してる」――――と。
2007.8.9 |
ガレージ ガレージに捨てられていたのは生まれてまだ間もないと思われる子猫で、見つけた時にはも う5匹のうち三匹が死んでしまっていた。 「なんでこんな小さいの捨てるんかなあ…」 「生まれてすぐに捨ててしまわないと情が移ってしまうからだろう」 雨で濡れてしまっている毛並みを拭いて、獣医に連れて行くためにタオルにくるむ。 「一番近い所はどこかな…」 ぼくが記憶を探っていると、進藤がいきなり真剣な顔で言った。 「なあ、おまえも捨てる時は情が移る前に速攻で捨てるん?」 「え?」 「おれのこと……もし飽きたらさ」 情が移って捨てにくくなる前に捨ててしまうのかと、あまりに真面目な顔で尋ねてくるので茶化 すことすら出来なかった。 「捨てないよ」 「本当に?」 「うん。捨てるくらいだったら最初から拾わない」 あの日あの時、キミがいくら強引でも何をされても、後で別れるかもしれないとほんの少しでも 心に迷いがあるならば、ぼくはキミを受け入れなかったと、言ったら進藤は目を丸くした。 「そうなんだ」 「そうだよ!」 だからいつまでもつまらないことを考えていないで一緒に獣医に行く仕度をしろと、怒鳴りつけ たら彼は飛び上がり、でも、嬉しそうに笑ったのだった。
2007.8.10 |
通り雨に降られて 昼を食べに出て通り雨に降られてしまい、濡れそぼった姿で雨宿りをしていたら、顔 見知りの女性記者が通りかかっておれを傘に入れてくれた。 「どうせこれから棋院に行く所だったから」 このまま一緒に行きましょうと、あまりに非道いおれの有様にハンカチまで親切に貸 してくれた。 「すみませんでした。でも正直すごく助かった」 「そう? だったら今度食事にでも誘ってね」 「いいですよ、安い所でいいんなら」 笑いながら傘を閉じて棋院の中に入ろうとしたら、ちょうど塔矢が出てくる所でおれ達 を見て何故か非道く驚いたような顔をしたのだった。 「あ、塔矢じゃん。おまえこれからどこかに行くん?」 手に持った傘にそう尋ねる。 「いや、ちょっと用事があったんだけど……もう必要無くなったみたいだから」 どこにも行かないよとくるりと踵を返すとそのまま奥に向かって歩いて行って、さっさ と一人で先にエレベーターに乗って行ってしまった。 「塔矢くん…どうかしたの?」 「さあ?」 おれにもさっぱりと、あの時は本当にわけがわからなかったのだけれど、あの日、傘 を持たずに出たおれを心配して、塔矢が傘を持って探しに来ようとしていたのだと、 何年も経ってやっと塔矢が話してくれたのでおれは長年の謎が解けたのだった。
2007.8.11 |
お願い、連れてって 「お願い、連れてって」 キミが行く所にぼくもどうか連れて行って欲しいと、彼が数人の仲間と遊びに行くのに、思わ ず腕を掴んで頼み込んだら、進藤は少しだけ驚いた顔をして、でも嬉しいよと笑ってくれた。 「良かった〜、丁度面子が足りなかったんだ」 そこがどこでも後悔はしないと密かに誓って連れて行って欲しいと頼み込んだぼくですが、ま さか彼らが行く所が雀荘だとは夢にも思いませんでした。
2007.8.12 |
少しだけ近くに 塔矢ともう少し接近したい。 ガチガチに頭の固いあいつのことだからおれが好きなんて告白したらびっくりしてそれ でアウトかもしれないけれど、でももう少しだけ近くに行きたい。 そんなことを移動中の電車の中でぼんやりと考えていたら、塔矢がいきなり話しかけて 来た。 「どうしたんだ進藤、さっきからずっと黙りこくって」 何を考えているんだと言われたのでついぽろりと「おまえともっと近くなれたらいいのに なって考えてた」と言ってしまった。 「もっとキミと近く?」 「あ、いや、待って、今の―」 間違いと言う前に、塔矢はぴったりとおれの体に体をつけてのぞき込むようにしておれ に言った。 「近くに来たよ。それで?」 「え? あ…いや、それでって」 そんなこと言われても困るとみっともなく慌てふためいたおれは、上手い言い訳がどう しても見つからずに、それからの残り15分間、情けない気持ちで塔矢と指相撲をした のだった。
2007.8.13 |
ギリギリの、 ギリギリの所で間に合って、あいつの乗っている電車に飛び乗った。 つんのめるようにあいつの目の前に立ち、服の胸を掴んだ所で背後でプシュっと音がし てドアが閉まった。 後一秒遅かったらたぶん乗れなかっただろうと思う。 「何やってるんだキミは…」 顔を上げると塔矢が泣き笑いのような表情でおれを見ていた。 「タイミングがずれていたら怪我をしたかもしれないのに」 「だっておれ、こんなんで別れるの嫌だったから」 些細なことで喧嘩して、そのまま仲直り出来ずに駅で別れることになった。 塔矢はそのまま信州の親戚の家に行くことになっていて、別れたら一週間会えないは ずだった。 「こんな喧嘩したまま一週間も離れているなんて、そんなの絶対に耐えられない」 「ぼくも同じ気持ちだけど…」 いいのかいキミ、そっちのドアはこれから一時間は開かないんだよと、別れたくない一 心で飛び乗ったものの、急行のドアにシャツの裾をしっかりと挟まれてしまったのにお れは気づいていなかった。 「…このまま一緒に来る?」 「だっておまえの親戚んちなんかいきなり行ったら迷惑じゃんか」 「大丈夫、先にお父さん達も行っているし」 キミが来るならきっと大歓迎するよと、その言葉に甘えてはいけないと思いつつ、挟 まれたドアが開いた後もどうしても塔矢と別れがたくて、おれは結局親戚の家まで図 々しく着いて行ってしまったのだった。
2007.8.14 |
手、はなすなよ 「手、はなすなよ」 「嫌だ離す」 「おれの側を離れんな」 「冗談じゃない。ぼくの勝手だろう」 「とにかく、一度はぐれたらもう会えないかもしれないから絶対離れんなよって言って んのに!」 「悪いけど、ぼくはキミの指図は受けないよ」 二人で出かけた夏祭り。 予想以上の人混みについ亭主風を吹かせたらこれまた予想以上の塔矢の反発に出 会い、おれは改めて自分の恋人の気むずかしさを思い知ったのだった。
2007.8.15 |
いいから 「いいから行こう」 酒の席で侮辱されるようなことを言われた塔矢は、随分非道いことを言われたにも関わらず 柳に風と落ち着いた風情だった。 「いいんだよ、ぼくはこういうことには慣れているし。それに皆さん酔ってらっしゃるから」 だからつい心にも無いことが言葉になって出てしまうんだと、カッとして言い返そうとしたおれ の袖を掴んでさり気なく止めた。 「みんな朝になれば今日言ったことは忘れてしまう。その程度のことだからキミもそんなに怒 らないで、あっちで和谷くんや門脇さん達と一緒に飲もう」 おい、なんだ逃げるのかとまだしつこく絡んでくる年配の棋士の言葉を聞き流し、二人して席 を移ろうと立ち上がりかけた時だった。 「なんだおまえ達、その態度は!! 大体進藤、おまえも大した実力も無いくせに生意気で いかん!」 そうやって塔矢アキラの腰巾着をやっているといつまでたっても大成出来ないぞと、やれや れ今度はおれにおはちが回って来たかと苦笑しつつも、塔矢から話がそれたことにほっと した。 「早く行こうぜ塔―」 このままじゃ不味い酒になってしまうと、振り向いたおれは目を剥いた。 さっきまでにこにこと笑って話を聞いていた塔矢が素早い動作で相手からグラスをもぎ取っ て、頭から酒をぶっかけるのを見てしまったからだ。 「腰巾着なんて失礼な!彼はいずれ囲碁界に無くてはならない存在になりますよ!」 声も荒く怒鳴りつけ、それからくるりとおれの方を向く。 「…じゃ行こうか」 「っておまえ、さっき言ったこととやってることが違うじゃん」 「みんな非道く酔っているからね、明日の朝になったら今日のことは覚えて無いよ」 「言ってることもさっきと違うじゃんか!」 「なんだキミ、何か文句があるのか?」 「いや、無い無い、ありません」 そんな命知らずじゃないからとおれが言ったら塔矢は少しだけ拗ねたような顔になったけ れど、おれは嬉しくてたまらなかった。 だって冷静で大人でどんなことを言われても眉一つ動かさない、そんなこいつがおれのこ とでは大人気なく怒るのだと、それを初めて知ったから。
2007.8.16 |
戸惑いながらも 差し伸べられた手をおずおずと取った。 「あんまり顔色良くないけど大丈夫か?」 気分悪かったりしないかとのぞき込むように尋ねられて首を横に振る。 「…少し、体が痛いしだるいけど…でも大丈夫だよ」 「だるいし痛いって言うなら全然大丈夫じゃないじゃん」 やっぱりもう少し休んで行こうかというのを軽く睨む。 「そういう腫れ物に触れるような扱い方はやめてくれ、調子が狂う」 頼むからいつも通りに接してくれと頼んだら進藤は苦笑のような表情を浮かべ「それは無理 」とつぶやくように言った。 「だってもう、前とはおれ達変っちゃったじゃん」 触れそうで、けれど触れられずにいたその距離を勢いで超えて触れてしまった。 「それなのに前と同じでなんて出来るわけがない」 おまえだってそうだろうと言われて、確かに彼の顔をまともに見られない自分に気がつく。 「そうだね…でも出来るなら」 もう少し粗雑に扱って欲しいと、ぼくがそう言ったら進藤は口をへの字に曲げて「努力す る」と言った。 「でも…たぶん無理だから」 「まったく…」 昨日までは友達だった。 でも今日からは――。 禁断の蜜の味を知ったぼく達は戸惑いながらも新しい二人の関係を手探りで探し始め たのだった。
2007.8.17 |
静かに流れる涙が 静かに流れる涙が美しくて、しばらくの間見惚れてしまった。 「何を見てるんだ―」 ぼくは見せ物じゃないと、出て行けと怒鳴られても部屋から出ることは出来なかった。 「だっておまえ泣いてるし―」 その涙は本当に綺麗だしと言い訳に全くなっていない言い訳を口の中で呟く。 「別にキミに見せるために泣いているわけじゃない」 「違うよ」 おれに見せるためにおまえは泣いているんだと、抱き寄せて涙の跡を舌で辿ったら塔矢は小 さく身震いした。 「違うよ、キミのためになんか―」 絶対に泣かないと言いながら、でも、おれが深く口づけをしたら、塔矢はおれに抱きついて再 び大粒の涙をその瞳からこぼしたのだった。
2007.8.18 |
口づけは塩辛かったけど 「おまえのことが好き」 そう告白したら塔矢はいきなりおれを殴った。 「どうして今頃…こんな」 人を散々悩ませて、諦めた頃になって言ってくるのだと泣きながら何度もおれを殴る。 「ぼくはもう…キミには想いは通じないって…このまま一生独身でいようって決めていたんだぞ 」 いつの日かキミに婚約者を紹介されても動じないように辛い覚悟をしていたのにと、その声は もはや悲鳴のようだった。 「どうしてもっと早く言ってくれない」 「ごめん、でもどうしても」 おまえに言う勇気が出なかったのだと言ったら更に力強い一発を右頬にくらって思わずよろ けた。 「勇気なんかそんなもの…」 この長い年月ぼくが苦しんだことを考えたらもっと早く思い切れたはずだと、塔矢は泣きなが らおれを打ち続け、打たれている感覚が無くなる程打ってから、おれにぎゅっとしがみつい たのだった。 「これから一生かけて償いをしろ」 「うん…」 「ぼくもキミに償うから」 こんなに腫れ上がる程打ち据えた、そのことをキミに償うから、キミは長い沈黙の罪を償えとお れに言った。 涙と、切れた口の中の血。 そうしてした口づけは塩辛かったけどおれはたまらなく幸せだった。
2007.8.19 |
天に誓おう、来年も、一緒だと。 「天に誓おう、来年も、一緒だと」 「冗談じゃない。おれはもう二度と御免だっ!!」 ぼくが予約しておいたから一緒に行ってくれないかと初めて塔矢から誘われて、舞い上がる 気分で行ったハワイ。 滞在中、ホテルから一歩も出ず、プールにもビーチにも行かず、買い物すらもしないでただ ひたすら打ち続ける一週間。 帰国前日も徹夜碁(しかも早碁)を打たされて、ふらふらの所をうっとりと嬉しそうにあいつに 言われたおれは、泣きながら二度と来ねぇ!と叫んだのだった。
2007.8.20 |