Ave Maria



パンと小さく爆ぜるような音がして、それから回りが騒がしくなった。

「動くな」

目出し帽の男が銃のような物を振り上げながら怒鳴っているのを見て、ぼんやりと漫画や
映画みたいだなと思った。


わっとCD機に並んでいたたくさんの人の波が崩れ、一度に押し寄せて来たのに押し倒さ
れて床に転んだ。


ツイてねーなと思いながら顔を上げた時、思いがけずすぐ側にその目出し帽の男が居て、
目があった瞬間に銃を向けられて体中の血が凍った。


「殺してやる」

とても現実とは思えない。でもそれは現実だった。

逃げなければいけないと思いつつ、でもあまりに驚き過ぎて体がぴくりとも動かなかった。

(あ、殺される)

銃が本物だとは思えなかったけれど、そもそも本物を見たことが無いのでわからない。
平和ボケって言うのはこういうのを言うのだろうかと思いつつ無意識に後ずさったら、パンとま
た爆ぜる音がした。


「――痛っ」

右足に激痛が走って同時にズボンに赤黒い染みが広がる。

血だと思った瞬間に死が突然間近に迫って来た。

「動くなって言っただろうが」

目出し帽から覗く目は血走っていて、ああこいつイカれてるんだと思った。

「動くと上手く当たらないじゃないか」

ゆっくりと銃口がおれの額に向けられて、引き金に指がかけられた。

「駄目だ!」

もう死ぬ。本当にここで死んじゃうんだと思った時に何かがおれに覆い被さって来て、なんだ
ろうと思ったら塔矢が抱きついて来たのだった。


「駄目だ、殺させない」
「なんだ?」
「進藤は絶対にぼくが殺させないっ」


こいつバカ、何やってんだと思いながら逆に塔矢の頭を抱え込む。

「なんで出て来んだっ」

そうだ、塔矢と一緒に来ていたんだったとやっと思考が回り始めた。

棋院の帰り、持ち合わせが無くて下ろしてくるからと坂の下の銀行に入り、入り口に塔矢を待
たせていた。


てっきり騒ぎに逃げただろうと思っていたのに、ちゃんと居て、まさか庇って出てくるなんて思
いもしなかった。


「バカっ、こんな所に出て来たら撃たれるってば」
「別にいい、キミが撃たれるよりは」


ぼくが撃たれる方がずっといいと、そしてまたおれを自分の体の下にしようとするので揉み合
いになった。


「大丈夫だ、一緒に殺してやっから」

一瞬呆気に取られたようにおれ達を見て、それから男はうすら笑って言った。

「ああ、本当に世の中バカばっかりだなあ」


「塔矢っ」

銀行なんか寄らなければ良かった。

そして塔矢なんか連れて来なければ良かった。

ぎゅっと塔矢を抱きしめて、塔矢もまた震える手でしっかりとおれの体を抱きしめた。

このまま二人で死んでしまうのかなと思った一瞬、絶対にこいつは死なせたくないと強く思っ
た。


(だっておれ、こいつのことが好きだから)

自分自身よりもずっと塔矢のことが大切だからおれを庇ってなんて死んで欲しく無い。

神様、佐為、誰でもいいからこいつを助けてと、祈りながら目の前の男を睨みつけた時、わっ
と横からたくさんの人影が飛び出して来て男は取り押さえられた。


ほんの瞬く間の出来事。


薬物中毒の男が現金目的では無く、殺傷を目的に銀行で暴れ出した時、不幸にして居合わせ
てしまったのはおれと塔矢で。


拳銃は本物で、撃たれたおれは、掠っただけだったけれど入院して。

悪夢と。

とても現実とは思えない悪夢としておれ達の中に刻まれた事件は、同時におれ達が互いを
好きだと気付いた瞬間でもあり、脚に残った傷跡と共に一生忘れられない記憶になったのだ
った。



※なんとなく、イメージだけで書いた話なのでご勘弁。