観葉少年
そうしてそこに立っていると、まるでお人形のようだねぇと言われた塔矢は、珍しく怒りを隠さず に鋭い口調で問い返した。 「それはどういう意味ですか?」 じろりと不機嫌丸出しで言われて、軽い気持ちで言ったのだろう、町の名士だという初老の男は すっかり狼狽えてしまった。 「い、いや別に、ただそうして立っておられると綺麗な日本人形のようだと…」 「それはぼくが女顔だということですか」 「いえ決してそんな…」 「それではどういう意味なのでしょうか?」 「す、すみませんっ」 弁解の余地も与えず矢継ぎ早に問いかけられて、男はしどろもどろになって逃げるように去っ て行った。 「あーあ」 最初から最後まで端で見ていたおれは、ついその男が気の毒になって言ってしまった。 「あのオッサン、きっともう二度と囲碁祭りに来ないと思うぜ」 「別に構わない。朝からずっと見ていたけれど別に囲碁が好きなわけでもなんでも無いみたい だから」 なのにそういう手合いに限ってぼくの顔のことだけを言うと。 「そう?」 「大体そうだよ。打ち方とか、置いた石の道筋では無く、ぼくの容姿を綺麗だって褒める」 それは棋士として最大の侮辱だとどうして気がつかないのだろうと塔矢の怒りは相当根深い。 「でもまあ、あのオッサンの気持ちも解るけどな」 「キミはあんな無教養な人間の味方をするのか?」 「あんなって言うけどさ、でもおれもおまえがそうやって色づいた木の側に立っているのを綺麗 だなって思って見ていたから」 つい言いたくなった気持ちが解る。 赤や黄色やまだ残る緑。その合間に見える茶色い枝と透かして見える青空は塔矢のために用 意された背景のようで、そういうのが似合うヤツだとしみじみと思ってしまうからだ。 「おれのことも無教養だって怒る?」 「別に…キミがそういうくだらないことを言うのはいつもだし」 「だったらさっきのオッサンのことも許してやれよ」 納得出来ない。顔中にそう書いたまま塔矢はむすっと押し黙った。 (でもそうやって怒ってる顔も綺麗なんだから始末が悪いよな) 「…やっぱり駄目だ、腹が立つ!」 少しして顔を上げた塔矢は間欠泉のように怒りを吐き出すと言った。 「許すなんて絶対無理だ。ああいう手合いはぼくは嫌いだ」 「そうか、じゃあ仕方無いな」 「でも―」 ん? と思う。 「…でも、キミはこれからも言っても構わない」 「なんだよおれ、いつの間にか一緒くたに怒りの対象になっていたのかよ」 「キミはいつもだよ」 いつでもぼくにとって喜びと怒りのどちらかに居ると、それはあまりな言い様だけれど、塔矢に 意識して貰えるなら上等だと思った。 「で、おれだけはこれからも綺麗って言ってもいいんだ?」 「うん」 だってキミはこうやってぼくの綺麗じゃない部分もちゃんと全部知っていて、それでも綺麗だと言 ってくれるのだからと。 「キミだけは唯一、ぼくを語る資格を持っている」 だから甚だ不満だけれどぼくのことをどう言ってもいいよと、言葉の最後の方は照れなのか他 所を向きながら塔矢は言ったので、おれもまたなんだか急に気恥ずかしくなって下を向いて答 えた。 「ありがとう」 やっぱおまえって綺麗でとっても可愛いやと、けれど続けたおれの言葉に、塔矢は今度は答え ずに、黙って更におれから顔を背けたのだった。 |