Engage
死んでもいらない、買ってきてもはめない。
そうおれに言っていたくせに、おれが指輪を贈ったら、あいつは幸せそうに笑ったのだった。
「こんな高いもの…無駄遣いして」
クリスマスイブの夜、おれが手渡した小さな箱を受け取ったあいつは、中を見てため息をつく
と眉をひそめた。
「せっかくのタイトル戦の賞金、こんなものに使うくらいなら将来のために貯金したらどうだ」
「んー、でもおれ初めてタイトル獲ったら絶対におまえにこれやろうと思ってたから」
おまえがこういうの嫌いなの知っているけれど気持ちだから受け取ってと言ったら渋々受け
取ったけれど、そう言わなければそのまま店に返しに行きかねない素っ気なさだった。
半分は自己満足、でもそれでも興味なさ気にリビングのサイドボードの上に箱を置かれてし
まった時には正直がっかりした気持ちになった。
けれどその夜遅く、ふと目を覚ますと隣に寝ていたはずのあいつが居なかった。
（…トイレかな。それとも水でも飲みに行った？）
それほど気にしていなかったのだがいつまでたっても戻って来ないので、ベッドから起きあ
がり廊下に出ると、リビングから光が漏れているのに気がついた。
寝付かれずに起きているのかとそっと中を覗いたら、あいつが一人ソファに座っているの
が見えた。
「塔―」
呼びかけようとした瞬間にあいつがぽつりとつぶやいた。
「…あんなに言ったのにバカだな」
つぶやいて俯くその視線の先には、足の上、きっちりと揃えた手があって、その左手の薬
指にはおれが送った指輪が光っていた。
「…こんなもの貰ってしまったら、もう何をされても許してしまうじゃないか」
例え浮気されても捨てられても、手ひどく裏切られるようなことをされてもきっと一生嫌いに
なれないと、あいつは言ってそれからそっとかざすように手を持ち上げた。
「どうしてくれるんだ…こんな」
そうしてからそっと愛しそうに指輪に唇を押し当てた。
「…ありがとう、嬉しかった」
直接言えなくてごめんと、浮かんだ表情は今まで見たことも無いものだった。
優しく、幸福で、おれへの愛に満ちていた。
「キミを心から愛している」
ずっと、ずっと愛しているよと、囁く声におれは、もう今すぐこの場で死んでもいいとさえ思っ
た。
「お―――」
おれも愛してる、喜んでくれてすごく嬉しいと、余程出て行って言いたくて、でもおれは口を閉
ざした。
もし見られていたと知ったならばあいつは指輪を捨ててしまうだろうと思ったからだ。
正直な心の内をおれに見られることに未だに抵抗がある。知られれば恥ずかしさのあまり逆
ギレのように冷たい言葉を投げつけてくる塔矢は今もきっとおれに心にも無い事を言うはず
だった。
『キミなんか嫌いだ』
『こんなもの欲しくは無かった』
『もう二度とこんな真似はしてくれるな』
（そして自分で言った言葉に非道く、非道く…傷つくんだ―――）
本当は誰よりも優しいのに、決して人にその姿を見せない。
素っ気ない態度で胸の内を秘め、けれどその奥底には泣きたく成る程のひたむきな愛情を隠
し持っている。
（大好き、塔矢）
例え面と向かって言ってくれなくても、喜んでくれた、それが嬉しい。
（大丈夫、おれは何も見て無い）
おまえが一人で何をしていたのか。
おまえが一人で何をつぶやいていたのか。
おれは何も見ていないから――。
だから安心して戻って来てと、おれは音をたてないようにそっと後ずさってベッドに戻ると、命より
愛しい恋人が帰って来るのを一人静かに待ったのだった。
※どうしても素直になれないアキラということで。きっといつも肌身離さず持っていて、時々取り出しては
幸せそうにそっと眺めているものと思います。
で、これ、アキラは逆にヒカルに指輪を送ることは出来ないんですよ。「彼を縛ることは出来ない」からです。
ヒカルは縛って欲しいと思っていると思うんですけどねえ（＾＾；
2006.12.24 しょうこ………………………………………………………………………………………で、
実はクリスマスＳＳはもう一つあります。（←え？ そうなの？）読みたいと思われる方は以下の問題に
チャレンジしてください。
http://www.hikaakione.yukihotaru.com/2006xmass×××.html
（×××の部分には三桁の数字が入ります）
数字は「あなたに呼びかけている」＋「ボクだけがわかる」−「三度目の対局」です。
（サブタイトルは●●局ってなってましたよね。その数字を足したり引いたりしてください）
ということでクリスマスぷちぷち企画？でしたー。
※そして更にもう一つ、Engageの続きはこちら→ 2006.12.26 しょうこ