千年も万年も
四十になった男に、いくらなんでもそれはおかしいと言ったのに、進藤は大きな 薔薇の花束とケーキの箱を抱えて帰ってくるとそれをぼくに手渡した。 「えー? でもおまえもおれにチョコくれたじゃん」 四十の男におまえもバレンタインのチョコレートをくれたじゃんかと言われて頬が 赤く染まる。 「だってあげなければキミはいつまでも言うじゃないか」 出会ってから今日まで言わなかった時があるかと言ったら進藤はにやっと笑って 「無いよ」と言った。 「だっておれ、毎年絶対におまえにチョコをもらいたいから」 だから死ぬまで言ってやると、言って鼻先にかすめるようにキスをされた。 「あのさ、おまえがおれに一番最初にくれたチョコってどんなだったか覚えてる?」 「さあ……?」 そもそもいつが最初だったのか今ではもうわからない。 「十六ん時、おれがうるさく騒いだら、おまえ渋々碁会所でくれたんだよ」 コンビニで買ってきた板チョコが一枚。 味も素っ気もない、それはありふれたチョコレートで、でもそれでもとても嬉しか ったと進藤は懐かしむように言った。 「だってあれは別にそんなつもりじゃなかったから……」 思い出して思わず弁解してしまう。 「一枚ももらえないって、ものすごく落ち込んだふうだったから、だから――」 「だから近くのコンビニまで行って買ってきてくれたんだよな」 これをやるから元気を出せ、こんなものが欲しいならいつでもぼくがあげるから と、果たしてこいつはバレンタインの意味をわかっているのだろうかと思ったと 進藤が言った。 「わかっては…いたつもりだけど」 本当にどう思っていたのかはもう思い出せない。 もしかしたらわかっていなかったのかもしれないし、でもわかっていたとしても、そ れでもきっと自分はかまわないと思っただろうなとぼんやり思う。 だってそれよりもうずっと前からぼくは彼が好きだったから。 「じゃあ、逆に聞いていい?」 「ん?」 「最初のホワイトデーにキミが何をくれたか覚えているか?」 「ホワイトデー???」 やっぱ花かなんかじゃなかったかなと、散々考えた後に言われて思わず苦笑し てしまった。 「ちがうよ、もっとびっくりするようなものだったよ」 「えー? おれ何かそんなスゴイものあげたっけか?」 本気で思い出せないらしく、首をひねりまくっているのに苦笑を通り越して呆れて しまった。 「まったく…キミって言う人は……」 「なんだよ、おまえだってチョコのこと忘れてたじゃんか!」 「チョコとキミがくれたものは違うよ。だってキミがくれたのは……」 わさわさと腕の中で揺れる薔薇の向こう、口を尖らせている彼に顔を近づける。 「って―――――――わっ」 花びらを乗り越えるようにしてキスをすると、進藤は非道く驚いて、おかしなくら いに慌てたのだった。 「覚えていないのか? キミが一番最初にぼくにくれたホワイトデーの贈り物は キスだったんだよ」 しかも初めてだったのに何度も何度も繰り返ししたと、言ったら進藤も赤くなっ た。 「え? 嘘っ! そうだったっけ?」 「そうだよ。おかげでぼくはあの日の夜に熱を出した」 はじめてで、いきなりで、唐突で乱暴。 でも胸に秘めていた相手とのふいうちのキスは脳の奥までをとろけさせそうな くらい幸せで、それからも時折思い出しては味わう、そんな大切な思い出にな った。 「え?……うわ、嘘。おれって結構」 結構ケダモノだったんだなあと、言われて思わず苦笑した。 「そうだよキミはケダモノだよ」 いつでもどんな時でもぼくだけに欲情する、困ったカワイイケダモノだとぼくが言 ったら進藤は真っ赤な顔でぼくを睨んだ。 「――――――おまえも結構」 結構即物的だよなと、拗ねたような口調がまたおかしかった。 「……昔はもっと素直でかわいかったのに」 「――こういうぼくは嫌い?」 「いや――まさか」 どちらもとっても大好きデスと、言って進藤は今度は自分の方から花びら越し にキスをしてきたのだった。 「純粋でも不純でも清純でも淫乱でも―」 天使でもアクマでも意地悪でも優しくても、なんでもかんでもおまえだったら大 好きだと進藤の言葉はその性質と同じに真っ直ぐで気持ち良い。 きっとこんなふうに十年たっても二十年たっても変わらずに気持ちを向けてく れるのだろうと思ったら幸せに胸が温かくなった。 「ありがとう。ぼくもキミが我が儘でも子どもでも強引でもケダモノでも大好きだ よ」 そう言ったら「おれが言ったのとちょっと違う」とふて腐れられてしまった。 例えば四十年後、老人になったぼくにも彼はホワイトデーに花束をくれるんだ ろう。 「愛してる」と甘くとろけそうな言葉と共に。 恥ずかしくて照れ臭くて、いい加減にしろと怒鳴りつけたくなるかもしれないけ れど、でも、もらえなかったらきっと寂しいと思うから、取りあえず来年もバレン タインデーにはちゃんと彼にチョコをあげようとぼくは心の中で思ったのだった。 |