ろくでなしの朝




いただきますと手を合わせて、それから進藤は添えられた割り箸をぱっきりと割った。


「ん、すっきりまっすぐに割れた。いいことありそう」

「割れるだろう、普通」

「そんなこと無いって。結構右や左に偏ったりするんだってば」


そう言いながら彼が嬉しそうに箸をつけるのは、焼き鮭に卵焼き、焼き海苔に梅干しとい
うこれ以上無いくらい立派な日本の朝ご飯で、向かいから見ているぼくの方にもほかほか
としたご飯とみそ汁の良い香りが漂って来て食欲を誘った。



「何? どれか食べたい?」


視線に気が付いて進藤が食べている箸を止める。


「いや、美味しそうだなあと思っただけでちゃんと自分のがあるし」


ぼくの目の前にあるのはスクランブルエッグにベーコン、それにトーストとスープのついた
これもまた立派な洋式の朝ご飯だった。



「なんだか逆になってしまったみたいだね」

「ん?」

「キミとぼく」


今、それぞれの目の前に置いてあるメニューは普段ならそっくりそのまま逆に置いてある
べきものだった。
彼はいつも洋食で、ぼくはいつでも和食だったのに、何故か今日、朝ご飯を食べようとフ
ァミレスに入った時、オーダーしたらこうなっていたのだ。




「なんか今日はがっつりちゃんと白いメシ食いたかったんだよ」


それとなんか魚とか卵とかそーゆーもんが食べたかったという彼にぼくも苦笑しながら返
した。



「気が合うね。ぼくは今日はあまりしっかりしたものでは無くて軽いものが食べたかったん
だ」



腹持ちのいい米食では無く、普段は食べないパンの香ばしさが恋しくなった。


「全然合って無いじゃん」


どこが合ってるんだよと言いつつ彼は見ているこっちが気持ちよくなるような食べ方で次
々に皿の上の物を片付けて行く。



「式は何時からだったけ?」


食後のコーヒーを飲みながら進藤がふと窓の外を見た。


「10時からじゃないかな」

「おまえ誰かと待ち合わせしてる?」

「まさか。待ち合わせをするような親しい友人なんか居ないよ」

「だったら自分ちの方じゃなくておれんちの方に来ない?」


別に記念品なんか後で貰いに行けるんだし、式なんかどこのに出ても同じじゃんと言う
のに苦笑する。



「それはね、別にそういうことは構わないけど」


そっちに行ったらぼくは同窓会状態のキミに放っておかれて寂しい思いをするに決まっ
ている。そんなのは御免だねと言ったら彼はコーヒーを飲む手を止めて鼻白んだような
顔つきになった。



「へーえ…」


おまえでもそういうことを思うんだと言うのに「それは思うよ」と言う。


「一生に一度の記念の日にそんな寂しい思い出は作りたくないから」

「そうか」


わかったと言って進藤はやおら伝票を掴んだ。


「進藤?」

「もう食べ終わっただろ、おまえ」

「…うん」

「だったら行こうぜ、おれ、おまえん所の式に出る」


おまえの方は同窓会にならないみたいだし、それならおれも寂しい思いを味わうことは
無いしというのにぼくは豆鉄砲を喰らった鳩のような顔になってしまった。



「なんだよ、いやなのかよ」

「まさか。ただ……キミでもそういうことを思うんだね」

「それは思うよ」


当たり前だろうと言って彼は促すようにぼくを見た。


「行こう、行ってどこの誰だか知らないオヤジのつまんねー話を聞いてこよう」

「非道い言いぐさだな」

「だって本当のことじゃん」


もっとも誰か知っていたとしてもつまんねーことには変わりないと思うけどと言ってぼくに
手を差し伸べる。



「まあね、確かに面白くは無さそうだ」


でもキミが一緒なら楽しく参加出来そうだよと言ったらぱあっと彼は笑顔になった。


「おれも…おれもおまえと一緒ならきっとすごく楽しいと思う」


夕べ抱き合い睦み合って過ごした。

その翌日にそのまま、互いの肌の香を残したままで揃って同じ式に出る。


「ろくでも無いね」

「いいじゃん、おれららしくてさ」


握った彼の手は温かかった。

泊まりの仕事と嘘を言い、スーツで出たそれぞれの家。


「本当に…とんでも無いろくでなしだよ」


そう言いながら、ぼくも顔は笑っている。


「終わったらまた…ヤルよな?」

「もちろん」


即座に返すぼくの言葉に彼は声に出して笑った。


「最高だ」


ろくでなし万歳と言って店を出る。

外はぴりっとするくらい空気が冷たくて、でも日差しは温かかった。

1月―快晴の朝、ぼく達は仲良く手を繋いだまま成人式の会場へと向かったのだった。




※致してそのまま成人式に出席する。有る意味もう充分に大人なんじゃないかと思いつつ、
ろくでもないことを考える辺りがまだ少し子どもだと言う。二人がどれくらいろくでなしか知りたい人は

2009.1.12 しょうこ

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