地を這うことしかできなくても

※この話は小説ページの「午前1時の無言電話」の続きです。



自分でも自分が相当に扱いにくい性格をしていることは知っている。

それを人に知られたく無くて押し殺しているものだから、一人になった時反動が出るのも解っている。

ぼくだって人並みに醜い物を持っている。

誰にも見せられないくらい、おぞましくて汚らわしいドロドロとした物を持っている。

なのに誰もそれをぼくに望まないから、ぼくはずっと穏やかな顔をして、心の中でそれらを一人で処分
して来なければならなかった。


それを今になって引き受けようと言う馬鹿がいる。



かなり前からぼくの素を知っていて、性質の歪さも知っているのに、それでもぼくを好きだと言う。

『おまえのその綺麗な顔も、ひん曲がったセーカクも全部含めて凄く好き』

十代の頃からの付き合いの、進藤ヒカルは恥ずかしげも無くぼくに言う。

『イイコの時のおまえより、ガンガンに怒ってる時のおまえの方が人間味があってずっと良いよ』

『よくそんなことが言える。ぼくだったら絶対にぼくを好きになんかならないよ』

『んー、でもおまえって最初から情緒不安定で、やること唐突で、後先考え無い激情の人だったじゃん
?』


おれはそういう所が、面白くて良いと思っていたと、脳天気にも程があることを彼は言う。

『それはまだ、本当のぼくを知らないからじゃないのか』

『何? まだおまえって、おれの見て無い部分があんの?』

『あるよ―』

ずっとずっと体の奥底に、進藤にすら見せられないと思っていたような暗い部分がちゃんとある。

『そっかー、だったらそれ、これからはおれにも見せてよ』

見ても絶対嫌いになったりしないし、全部まとめて引き受けるからと、いとも簡単に言い放ってくれた
ので、腹の底が怒りで熱くなった。


『解った、じゃあこれからはキミには何も隠さないことにする』

『うん、そうして』

思い知れ、そして後悔すればいいと、ぼくは思った。



その時の進藤が、どんなぼくを想像していたのかは知らない。でもこれほど歪んでいるとは思わな
かったのでは無いだろうか?


『何? 落ち込んでんの?』

最悪な状態でも、ごく普通に構って来る。

『なんかヤなことでもあったのかよ』

『うるさい、キミには関係無い!』

殴りつけると一瞬カッとしたような顔になって、でもすぐにそれを引っ込めた。

『機嫌悪ィ。おまえ結構短気だよな』

『キミに何が解る』

『解らないけど、でもおまえが凹んでるのは解る』

泣きたいなら泣けばいいじゃんかと、明後日なことをぼくに言うので、ぼくは腹が立って更に進藤を
非道く殴りつけてしまった。


『何様のつもりだ』

『えー? …進藤ヒカル様?』

『キミみたいな馬鹿に、解ったような顔をされると虫酸が走る』

暴言を吐き、暴力に訴える。

あの時彼の顔に浮かんでいた複雑な表情をぼくは今でも忘れない。

しまったと、確かに彼の目は言っていた。

これはおれの手に負えないと。

それは妄想だったかもしれない。ぼくの独りよがりの思い込みだったかも。

でも、その時のぼくにはそうとしか思えなかった。

『キミを見ていると腹が立つ』

優しくされれば罵倒して、思いやられれば当たり散らした。

抱きしめようとする手を冷ややかに振り解いて、側に居ようとする彼を軽蔑したような目で睨み付
けた。


人はここまで身のうちに毒をため込めるものなのかと、我がことなのにぼくは自分のあまりの酷さ
に驚いた。


さすがに進藤も愛想を尽かすだろうと思ったのに、何故か数年経った今も彼とぼくの関係は続い
ている。



『まあ、野良猫拾ったと思えば』

進藤の言い分はそうで、人慣れしていない動物に好き好んで手を出しているのだから、多少の怪
我は仕方が無いというスタンスだ。


『ぼくは猫じゃない』

『うん、知ってる。猫じゃないし、野良でも無いよな』

むしろ凄くいい血統書つきだと進藤は皮肉るわけでも無く静かに言う。

『でも、中身はそんなに変わらない』

おまえは不服かもしれないけど、おれはそういう認識だからと言われて派手に殴ってしまった。

『勝手にしろ!』

『うん、勝手にする』

まったくどういう粘り強さだと呆れてしまう。

あまりにへこたれないので憎らしくなって、電話をかけても無言で通し、ぼくだと解らないようにわざ
と自分の電話からはかけないようにした。


もし出なければそれを責めるつもりでもいたのに、進藤は何故かすぐに出る。

どんな真夜中でも出て、躊躇無く『塔矢?』とぼくの名を呼ぶ。

『来いよ、待ってるから』

何時でも、いつになっても構わないから来いと、お人好しにも無言電話にそう告げるのだ。


出られてしまったらぼくはもう彼の元へ行くしか無い。

それで彼を責めることも出来ない。

渋々と出向いて、ひとことも話さないまま彼の部屋に泊って翌日帰るというのがパターンになって
しまった。


決して器用な方では無いし、人の心を読む機微に長けているというわけでも無いのに、進藤は長
い時間をかけてこつこつと根気強く、ぼくの行動と思考を理解しようと努力していた。


そして今ではどんな時でも最適な環境でぼくを迎える。

もしこれが逆の立場だったらどうだろう? ぼくには絶対に出来ないのではないかとそう思う。

どうしてこんな愛想も何も無い、自分に非道いことしかしない恋人を愛することが出来るのかと、全
く別の機会に尋ねてみたことがある。


『え? うーん、そんなの考えたこと無いなあ』

基本的におれはしたいことしかしてないし、だから別に無理しておまえと付き合っているわけでも無
いしと。


『確かにおまえ非道いけどな、でもだからってそれでおまえを嫌いになったりしないもんなあ』

『馬鹿じゃないのか?』

本当にあきれ果てる程の大馬鹿だとぼくは彼のことを思う。

優しくされればされる程頑なになり、彼がぼくの扱いを飲み込んでくればくるほど刃向かいたくなる。

本当に救いようが無いひねくれ者だと自分を思う。


「進藤」

「何?」

またいつもの如く無言電話で転がり込んだぼくは、いつもは決してしないのに、彼の部屋に忍んで
行った。


他意は無い。自分を変えようというつもりも無い。

ただ、ふっとそうしたくなったのだ。

彼の布団の足元に蹲り、気配を察して、でもだからこそ触れないでいてくれる進藤に自分から話し
かける。


「…ぼくは自分の目が嫌いなんだ、よく底意地が悪そうだと言われる」

「そうか? おれは凄く綺麗な目をしていると思ってるけど」

「耳も嫌いなんだ、小さくて形も悪くて、聞こえも悪い」

「可愛い耳だよ。囓ったらすごく美味しそう。それに聞こえ難いんなら、人の嫌な話を聞かなくて済
んで良かったじゃんか」


本当は相当眠いだろうに、進藤は暗闇の中、ぽつりぽつりと話すぼくの言葉に律儀に答えて行く。

「首も嫌いだ。真っ直ぐ過ぎてすぐに肩が凝る」

「揉んでやるよ」

「肌も嫌いだ、白すぎて病人みたいだと陰口を叩かれる」

「綺麗な肌じゃん、嫉まれてんだよ」

「汗をかかないけれど、手汗はかく。碁石が滑って持ちにくい」

「代謝があんまり良く無いんだな、今度何か良さそうな漢方見繕って来るから」

話すことはほとんどが些細でつまらないようなことで、一々返事をする進藤は心底偉いと思ってし
まった。


「歯も白すぎて嫌いだ。骨みたいだって言われたことがある」

「白くて虫歯も無くて綺麗じゃん。歯並びいいし、綺麗だよおまえの歯」

「声だって耳障りだし、話し言葉がキツイってよく言われる」

「おまえよく人に『言われる』んだなあ、大変だ。でもおれ、おまえの声大好きだよ。いつまでも聞
いていたいってよく思う。だからもしおまえが読み上げ係になったら困るなあって」


「…なんで?」

「時間迫ってるのに、声に聞き惚れて肝心な次の手を考えられ無さそうだから」

「キミは馬鹿か」

ぼくと彼の話す声以外、他に何も聞こえ無くて、夜はこんなにも静かなのかと驚いてしまう。

「体力が無いし、冬にはいつも風邪をひくし」

「食が細いからだよ。これからはもっと食べるようにしよう? おれも気をつけるから」

「それに…」

「ん?」

言い淀むと促すような気配があった。

「ぼくは性格が悪い。底意地が悪そうなんじゃなくて、本当に意地が悪いんだ」

「そうか? むしろおれはおまえは凄く優しいと思ってるけど」

だってどんなに非道くおれを罵っても、手も足も出して来ても、おまえ目はいつも泣きそうだもん
なと言われて首筋がカッと染まった。


「…ぼくはキミが嫌いだ」

「おれはおまえのこと好きだよ。うん、大好き。愛してる」

「ぼくは…ぼくのことも嫌いだ。存在して一つの利も無いと思ってる」

「馬鹿だなあ」

進藤は初めて答え以外のことを先に口にした。

「おまえが居ることで、与えられることの方が多いんだって何時になったら解るん?」

少なくともおまえの居ない世界なんて、おれにとっては存在する価値も無いくらい意味の無いも
のになっちゃうけどと、淡々とした口調で言われて目の奥が熱くなった。


「例え世界中の誰がおまえのことを嫌いでも、おまえ自身がおまえのことを嫌いでも、おれだけ
は誓っておまえのことが大好きだよ」


だからそれだけは安心していていいと言われて思わず口元を押さえた。

押さえなければ嗚咽が漏れて彼に聞こえてしまいそうだったからだ。

「嫌いな所、まだある?」

声を出せなくて首だけを横に振る。見えてはいないはずだけれど、進藤は気配でそう察したら
しい。


「じゃあもう大丈夫だな。もしまた何か嫌いだと思うことが出てきたら言えよ」

すぐ様速攻で正してやると言われて、とうとう隠せなくなってしまった。

「―――っ」

指の合間から漏れる声を進藤は確かに聞いたと思う。でも決してぼくに触れようとはしない。

起き上がり、無用な慰めをかけることもしなかった。


それでも。

愛情は確かに肌で伝わる。

あまりにも大きすぎる、ぼくには勿体無いほどの愛情でぼくを包むと、彼はぽつりと「おやすみ」と
ひとことだけ呟いて、それからぼくを宥めるように、布団を優しく叩いたのだった。



※野生動物アキラさんの続き。本当はもっとほのぼのしくなった頃を書きたかったのですが、痛々しい感じになりました。
アキラは「甘える」ということを知らないで育ってしまったので、甘えようとすると、その前に逆ギレのように相手に怒りを覚えます。
大変理不尽ですがヒカルは本能的に解っているので長期戦で構えています。がんばれ!
「午前1時」から来られた方は、あの後気持ちよく眠ろうかと思ったら起こされたみたいな感じで読んでいただければと思います。
2012.6.28 しょうこ