「ねこじゃねこじゃ」



だっ!と踏み出した身体が小気味良いほどの勢いで、床を拭いてゆく。
市ケ谷甲良屋敷・試衛館では今、稽古を終えた道場を門弟の宗次郎が一生懸命に掃除をしていた。

雑巾がけというのは、大人でもなかなか骨が折れるものだ。
数少ない江戸の門人、キツく当たってはすぐにやめられてしまうというので、結局、そういった仕事は住み込みの2人の門弟がやることになった。

今は片方の源三郎が周斎について多摩にいっているから、ぜんぶ、12歳の宗次郎ひとりでこなすことになっている。つらくとも稽古のうちと辛抱して、他の者が談笑する中、床を拭いていた子供に、だが、何を思ったか不意に歳三が飛びかかった。

「―――ワッ?!」

…さしずめ、猫に襲われた子ねずみか。押さえ込まれて怯える宗次郎に、それこそ猫のように歳三がのどを鳴らす。
長じても子供じみたところを残す男だ。甥を熱い風呂に叩き込むなど、しょうもないイタズラをやっていると話には聞いていたが…、と呆れつつ、門人としゃべっていた若師匠の勇は声をかけた。

「おい、トシ、やめないか!宗次郎が怪我でもしたらどうする。」

骨も細い子供なんだぞ、と叱られ、歳三はびしゃりと身体の下でつぶれた子からようよう身を離した。
怖じける少年の目にも呆れる周りの目にも、だが、悪びれるふうもない。だって、おもしれえんだもん、とおかしそうに笑うと彼は肩を揺すりながら道場から出て行った。


それからも、宗次郎に対する歳三のちょっかいは、たびたび続いた。
宗次郎がまた、抗弁もしないよなおとなしい子だったのが、行為をエスカレートさせる理由になったらしい。
猫がねずみをいたぶるのと同じに、退屈になると歳三は宗次郎を捕まえては、振り回したり、押さえ込んだりしていた。
その日も、宗次郎をかまってやろうと、ぶらぶら道場や母屋を探し回っていた歳三は、裏の垣根のところに立っている少年を見つけて、そおっと近寄っていった。

上を向いた頭。日の光に透かして、なにやら見ているらしい。
おどかしてやろうと、興味津々、足音を消して近寄った歳三は、ワッ!と声を上げ、どん!とその細い背を突いた。

「――ワアッ?!」

倒れそうになった宗次郎が、頭から垣根に突っ込む。
やりすぎた、と慌てて抱え起こそうとした歳三の草履が何か丸いものを踏み、次いで、宗次郎の悲鳴が上がった。

「ああっ?!」

その血相に、身を引いた歳三の足元を見て、キッ!と宗次郎が睨んでくる。
怒りの元は、飴玉だ。誰にもらったのか、鼈甲のようにとろりとした色合いの飴が、土に埋もれて駄目になっていた。

「…非道いよ、トシさん!いくらおれが嫌いだからってッ!!」

どん!とぶち当たってきた宗次郎の拳が、どん!どん!無茶苦茶に歳三の身体を叩く。
貧乏道場の門弟。甘いものなど、めったに食べられない暮らしだ。よほど口惜しかったのか、ひいひい泣きじゃくりながら暴れる子供に、歳三は唖然とする。
そのうち、腕を下ろし、ひくひくとのどを鳴らすと宗次郎は、しゃがみ込んで、指で埋まった飴玉を、爪に土が詰まるのもかまわず穿り出した。

「………。」

見つめる歳三の胸がきゅん、と痛む。
これまで口答えひとつしなかった少年の反抗だ。土まみれの飴を手の中に握り込むと宗次郎は、無言のまま、強い眼差しで歳三を睨んで、そして、踵を返すと去っていった。


己が求めても得られぬ侍の子のくせに。
てんで、弱っちいやつだと馬鹿にしていた少年が、歳三にとって、いたぶる以外の意味で気になりだしたのはそれからだ。
宗次郎の方は、歳三の振る舞いが腹に据えかねたのか、あれきり目も合わせようとしなかったが、歳三は暇さえあれば宗次郎を見ていた。

見ていれば、わかることがある。少年は決して、弱い人間ではなかった。つらい道場の仕事や稽古も、泣き言ひとつ言わずにこなし、精一杯、己が人生を生きていた。
それでも時折、つらさに耐えかねたのか、夕暮れの中、散歩を頼まれている大家のところの犬の胴に腕を回して、じっとしていることがある。まさか人に見られているとは思ってはいないのだろう。侍の子ゆえかの矜持の高さ。
いじらしさ。
そういうところを見ると歳三の胸はまた、きゅん、と甘く疼くのだった。


思いを告げたのは、二月ほど経ってから。
やはり、源三郎が今度は勇の供で多摩にいった日の夜、軒を打つ雨の音を聞いていた歳三は、むくりと起き上がった。
隣には、同じような煎餅布団が敷いてあり、こちらは入ったと同時に寝息をつき始めた宗次郎がいる。

「…なあ、起きろよ。」

ゆさゆさと、掻巻の上から揺すって、歳三は声をかける。
ウー、と小さく唸るような声を上げると、闇の中でうっすらと宗次郎の白目が光った。
なに?と、眠そうな声が聞いてくる。
歳三はきちんと正座をすると、ごしごし、目を擦る子供に尋ねた。


「おれのこと、どう思ってる?」

「………。」

どう思ってる、もクソもない。嫌い…と宗次郎が答える前に、歳三は身を乗り出し、言った。

「おれは、おめえのことが好きだ!」

「………。」

言われて、少年は困惑する。ずっと嫌われていると思って、こちらも嫌っていた相手である。それに、なんでいきなり…という気分もあって、そう…と呟いた宗次郎に、歳三は、いかに己が宗次郎を見てきて、そして、好きになったかを捲くし立てた。

「それで…、それでな…。」

「………。」


掻巻の襟を、夜目にも白い歳三の指が掴む。そのまま、ゆっくりと捲り、腰のあたりまであらわにされたのに、宗次郎は息を飲む。
幼いまでに、江戸の子だ。男女のことはそれとなく知っていたし、そういう性癖があることも耳にしてはいた。
それでも、姿形が美しいとはお世辞にも言えないやせっぽちの己に、まさか劣情を抱く人間がいようとは…と驚く少年の手を、そっと取ると、歳三はやわらかく口づけ、囁いた。


「…抱いてくれよ、おれを。」

「………。」

「なあ…?」

囁かれて、宗次郎は眉をしかめる。この年上の青年の言うことがさっぱりわからない。抱くではなく、抱けとはどういうことだ?
ただ、このままこうしていても埒が明かぬだろうとゆるゆる起き上がると、彼は、期待に震えるその腰のあたりにそっと腕を回した。

「…こう?」

細身とはいえ、大人と子供だ。どうしたって、子供がしがみついてる図にしかならない。だけども、歳三は満足そうに鼻から息を吐くと、ぎゅっと宗次郎を抱き返した。

「子供なんだな?かわいい。」

「………。」

目を白黒させる宗次郎のおでこに口づけ、歳三はためらうよに唇を噛むと、おずおずと少年の口を吸った。
どさり、と布団に押し倒し、チュッチュッと口吸いに夢中になる。

「………!」

初めてのこととて、少年は顔を真っ赤にして固まって。未だ精通を知らぬその身をいとおしむよに抱きしめると、歳三は囁いた。


「一から十まで男と男のことは、おれが教えてやるからな。他の男や女に目を向けちゃだめだぜ?」

うん…と、戸惑った風に応えた子供の枕元で腕枕をし、良い子だ、と歳三は笑う。

「さ、もう寝ちまえ。」

再び掻巻をかぶせると、とんとん、と腹のあたりをやさしく叩く。


静かに流れ始めた子守唄。ゆっくりと、拍子を取る掻巻の上の手。

おかしな人だ…と、思いつつも、人から好きだと言われて悪い気はしない。
やがて、歳三の傍ら、母猫のそばで眠る子猫のように目を閉じた、宗次郎12の秋なのだった。




りかさまのサイトで20万打を踏み抜き、嬉しくってリクさせていただきました。
些細なことで、宗次郎に惚れちゃう歳さんが可愛いし!!
可愛く素敵なお話を、ありがとうございましたーーv



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