己の気持ちを黙する事。 |
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![]() 「総司に、女がデキたって!?」 試衛館の道場で、 寝転んでいた歳三が飛び起きた。 「そんな驚く程の事かい? 彼も、もう十七だったでしょう。 女子の一人位、居ても可笑しくは無いよ。」 「アンタだって、 十七頃の時は遊び回ってたンじゃ無ェのかよ? 沖田の成長を、喜んでやンなよ(笑)」 山南と原田が、汗を拭きながら答える。 いつもはこの手の話など、二人の会話からは出てこない。 だが。 話題があの元気旺盛の総司なのだ。 ・・・・・・・珍しい話に、首を突っ込んだ様だった。 その横で、近藤も言葉を挟む。 「うーむ。しかし総司はこちらが預かってる訳だからなァ。 あまり事が過ぎると、あれの家族に申し訳が・・・・。」 僅かに顔を曇らせながら言う。 そして、チラリと歳三を見た。 「そうだ歳。 お前ちょっと総司のその女子の間を、見てきてやってくれ。」 「はあ!?冗談じゃ無ェッ!!」 なんで俺が!!と、強く床を叩いた。 それを、原田が揶揄する。 「まーまぁ。今付き合ってる女が居ないからって、妬いてやンなって。 ただチョロっと、二人の様子を見てくるだけだろ? はーい。行った行ったァ!!」 馬鹿力の原田に襟首を掴まれて、 歳三は道場の外にほっぽり出された。 「ちょっと待てよ!俺よりお前が行けよ!!」 「俺はこれから夕餉食うンだ。 アンタが行けよ!・・・・・・それに。」 ぼそっと、耳打ちされる。 その言葉を聞いて、歳三は静かになった。 ――――アンタ何かしら、総司の事が気になってンじゃないのかえ? こういう時の原田の勘は鋭い。 歳三は黙するより、他無かった。 追い出された以上入れない。 だからとて、行く当ても無い。 歳三は総司を探す為、渋々 試衛館を後にした・・・・・・・・。 大分空が茜色に染まった頃。 歳三は河原で若い男女を見つけた。 「ムカツクなァ。」 それは、最初に女子を見た時の感想だった。 ”女子”と言うよりは、既に”女”と表現すべき年頃の娘だった。 美しい立ち振る舞いをし、割と綺麗な着物を着ていた。 色も白く、目鼻立ちの整った顔をしている。 笑う声も、鈴を転がした様な美しい声。 その横に、総司が居る。 子供から大人になった総司。 既に肩幅もしっかりとしており、 日に焼けた逞しい肌が、時折見える白い歯を印象付かせる。 誰がどう見ても、微笑ましい男女の関係であった。 「くそッ。」 舌打ちをする。 今まで付き合って来たどの女より、その娘は美しかった。 その娘が付き合っているのは、他ならない総司なのだ。 ふと、歳三の目が止まった。 じゃれて居た二人が、急に顔を見詰め合っている。 そして、その次に娘が総司の頬に接吻した。 総司の手が、娘の首筋を撫でている。 着物の摩れる音が、遠くに居る歳三の耳にも届きそうである。 じゃれ合う様に、絡まる様に、 二人は川辺の草叢の中に消えた。 「じょ、冗談じゃ無ェ・・・・。」 顔を赤く染めた歳三は、 そのまま試衛館に戻らず、 一人、近くの林の中へ入っていった・・・・・・。 「・・・・・・・ッ」 己の手で、赤くなった顔を覆う。 耳まで赤くなっているのが、ジンジンと痺れる感覚から解る。 「あの女は・・・・・・、俺に似ている・・・ッ」 実際はどうあれ、歳三はそう思った。 嘘みたいに白い肌も。 黒く艶やかな髪も。 形の整った唇も。 何より、あの目が自分と似ていたと思ったのだ。 その娘が、総司と情を交えて居た。 思わず顔を染めてしまったのは、 男女の逢瀬を見た所為でなく・・・・・・・。 己が、抱かれている様な錯覚に陥ったから。 「俺は・・・・、総司が・・・・・・。」 ずっと戒めてきた。 誰にも悟られぬ様、 誰にも言わなかった。 絶対に、総司の耳に入れてはならない秘事。 ”総司が好き。” それは、そう絶対に口には出来ない言葉だった筈。 しかし。 しかして、それで良いのか?と、歳三は思う。 言わなければ、伝わらない事もある。 言わなければ、何も起こらないし何も成らない。 歳三はその日。 林の中で一夜を過ごした・・・・・・。 チュンチュンと、雀の鳴く声がする。 木に覆われた林の中に、 眩しい朝日が入り込む。 ・・・・・・・歳三は、目を覚ました。 「誰も探しに来無ェのかよ?」 自分の皮肉に、咽喉で笑う。 己が一夜を空ける事など、頻繁にある。 いつもの事だと、誰も探しに来ないのだ。 「ははは・・・。もとい、餓鬼じゃ無ェんだから 迎えに来られても困るか・・・・。」 独り、哂う。 可笑しい訳でも無いのに、笑いが込み上げる。 そして、 その顔は泣き顔に崩れた。 「総司・・・・・、そうじィ・・・・・。」 情けないと思う。 恥ずかしい事と思う。 既に二十歳半ばの男が、 男を想って泣いているのだ。 歳三は羞恥と悔しさと情けなさに、 心から泣いた。 「土方さん?」 ビクリと、反応する。 その声に硬直する。 その声の主は・・・・・・、 紛れも無い総司だった。 「何で、オメェが、ここに居る?」 声が震えている。 誰が聞いても、泣いてる事が解る声である。 「土方さんが帰って来ないから、心配して・・・。」 「心配なんか、要ら無ェ。」 「土方さん、泣いているンですか?」 「煩瑣いッ!」 必死に顔を下に向ける。 頬から、雫が落ちた。 「土方さん。笑わないから、こっちを見て下さい。」 優しい声。 決して、愚弄する気の無い声。 歳三はおずおずと、顔を上げる。 そこには、終始笑顔を含んだ総司が居た。 その笑顔に歳三は・・・・・・・、 黙する事の無意味さを感じた。 「総司・・・・・、す・・・・好きだ。」 「・・・・・・・え?」 「・・・・・好きだっつってンだよッ!!」 「・・・・・・あ。」 呼吸が乱れる。 息が弾み、顔がまた赤くなる。 胸の芯が脈を打つ様に高鳴る。 ―――遂に言ってしまった。 怒っている様な、当惑している様な総司の顔を見、 歳三はそう思った。 次に来るのは、軽蔑の視線だろうか? それとも、聞きたく無い罵声だろうか? それすらも認めて、告白した筈なのに 今更ながらに後悔している。 ・・・・・自分が、女々しく思えた。 「土方さん・・・・。」 顔に手を据えられる。 信じられない程、総司の顔が目の前にある。 「総司・・・・・?」 「私も、貴方が好きでしたと言えば ・・・・・・土方さんは怒りますか?」 当惑。 歳三は本当に当惑した。 昨夜。 あんな風に女に寄り添われて居た男が、 その翌朝、男に好きと言う。 ・・・・・・・信じられなかった。 「嘘をつかなくて言い。」 「嘘なんて、つきませんよ。」 「俺を哀れんで言っているのなら、要らない心配だ。」 「哀れみなんて・・・・・、絶対に違う。」 欲しかった言葉程、疑ってしまう。 歳三は恐れて、総司を突き放す。 「好いた女が居るくせに、俺に構うなッ!!」 「あの人が土方さんに似ていたから、抱いただけですッ!!」 心臓の停止。 あれ程脈打っていた心の臓が、 嘘の様に大人しくなる。 「俺に・・・・似ていたから・・・・・?」 「土方さんだと思って、抱きました。」 がくりと、地べたに膝を折る。 全身の力が抜ける。 その体を、抱しめられた。 「土方さん・・・・・、愛しています。」 ずっと焦がれていた言葉が耳を擽る。 歳三は夢に苛まれた様に、総司に、 己の身を開いていた・・・・・・。 「ぁ・・・・ッ、あ・・・」 「もっと、声を出して下さい。」 それは嫌だと、口に手を当てる。 弄られている下半身が、 己の体で無い様に思えた。 「んんッ・・・!・・・・ふ・・ぅ・・ッ!・・・んぅ・・ッ」 初めて、番わされる事の激痛。 だが、 その苦を凌駕する程に快楽が襲ってくる。 木漏れ日が射す林の中にあって、 歳三の白い脚が宙を蹴る。 総司の弾む息が首に掛かる。 そして間を置く様に、好きですと言う。 その何もかもが、歳三には真新しかった。 その、何もかもが・・・・・・・・愛しかった。 「そ、ぅ・・・・じ・・・、もっと・・・」 「土方さん・・・・・。」 羞恥も恥じらいも照れる事も、 既に歳三からは消えていた。 ただ、貪欲なまでに 総司の全てが・・・・・・・ 欲しいと思ったのだ。 「嗚呼・・・・、嗚呼ッ!」 「う・・・、果てますよ・・・ッ」 日が高く上った、木々の狭間。 歳三の目に写ったのは、 余裕の無い、 愛しい年下の男の顔だった・・・・・・。 「あの女に、ちゃんと謝っとけよ。」 「向こうが言い寄って来たンですよ、って・・・・・・・・ コレ土方さんがよく使う言訳ですね。」 嫌な事を真似するなと、歳三が苦笑する。 「全く、オメェが女と付き合ってるって聞いて 俺ァ嫌だったンだぞ?」 「原田さんに、一枚噛んで貰いましたからねェ。」 「ん??」 「ふふふ。解らないなら良いですよv」 「あ、待ちやがれ総司!」 林を抜けた小道に、 歳三の上機嫌な声が木霊する。 己の気持ちを黙する事。 それは、 総司には無効であったらしい・・・・・・・・。 終 |
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