気付いたときから、傍にいたから。 いつだって一緒にいるのが、当たり前になっていたんだ。 『寄り添う二人の幸せな笑顔』 「土方さん、今日の出稽古は私と土方さんの二人ですよ」 後ろから歳三に抱きつきながら、嬉しそうに総司が言った。 句をひねる事に夢中になっている歳三は、総司の話を右から左へ聞き流す。 「ああ」 歳三は総司を背中にくっつけたまま、空返事をした。 「土方さん、人の話聞いてます?」 「ああ」 「土方さんはぬるいお風呂の方が好きでしたっけ?」 「ああ」 「土方さんって、沢庵嫌いでしたっけ?」 「ああ」 「…」 話を聞いていない歳三に、総司は頬を膨らませた。 「土方さんってばッッ!!!」 ついに総司が声を荒げると、やっと歳三が振り返った。 「土方さん…私をほおってまで発句するんですか」 総司の低い声音に歳三は焦った。 「わ、悪かった!」 「…」 「悪かったって、総司」 不満そうな顔でそっぽを向く総司だったが。 「…土方さん、それじゃあ出稽古の帰りはどこかに二人で寄りましょうね」 総司は、さも面白そうに歳三に笑い掛ける。 総司が拗ねてしまったかと焦っていた歳三は、総司が本気で怒っていない事を知ってバツが悪そうな顔をした。 「たまには二人きりで遊びにいくのもいいじゃないですか」 「…金がねぇ」 「別にいいですって。私は土方さんと出来るだけ長く二人きりでいたいだけなんですから。ね、いいでしょう?」 総司が甘えるような声を出せば、歳三は苦笑した。 「ったく、仕様がねぇなァ」 多摩へ出稽古に行った、その帰り道。 (本当に、土方さんは綺麗だなぁ…) 自分の横を歩く歳三の横顔を見ながら、総司は思った。 昼間の約束通り、歳三と総司は二人でデートしていた。 少し低い位置にある歳三の顔。 (こんなに美しくて優しい人が、私の情人なんだ…) 総司は、夕陽に照らされた歳三の端麗な顔を見つめた。 歳三が自分の隣にいる事が、無性に嬉しい。 総司は、歳三の手を掴んだ。 「おい、総司ッッ」 総司の行動に歳三は慌てる。 しかし一度総司と視線が絡むと抵抗をやめ、唇を尖らせた。 「総司は恥ずかしくねぇのかよ」 「なぜですか?土方さんと手を繋げて恥ずかしいことなんて何もないですよ」 「そうゆう事言うなよっ!!恥ずかしいやつだな…」 「ははは…」 甘々な雰囲気を醸し出している二人のやりとりを、道行く人々は溜め息混じりに眺めている。 一見女と見間違えてしまいそうな程美しい顔立ちの歳三と、背も高くていかにも好青年といった感じの総司が並んで歩いているのだ。 相当に目立つ。 特に、周囲の視線は歳三に集中していた。 そんな視線をはねのけるように、総司は歳三の肩に手を回す。 また、周囲から羨望の溜め息が漏れた。 「総司っ!!」 「焦った顔の土方さんも可愛いですね」 「ばっ…」 歳三が『馬鹿ッ!!』と声をあげようとしたその時。 道端に転がっていた巨大な石に歳三はつまづいた。 「っうわッ…」 その拍子に、歳三は勢い良く転倒してしまった。 「っ痛ぅ…!」 「土方さんっ!!」 総司が顔色を変える。 袴の裾をめくれば、赤く腫れてしまった歳三の白い足が見えた。
「土方さん!!大丈夫ですか?!」 「…大丈夫だ」 歳三は顔をしかめる。 「これじゃあ歩けませんよね。おぶりますから、私の背中にのってください」 「や…やに決まってるだろッ!これくらい平気だ。歩ける」 気丈にも立ち上がろうとした歳三だったが、あまりの痛みに倒れそうになる。 そんな歳三の体を支え、総司は歳三を茶店の脇に座らせた。 「待っててください、土方さん。そこのお店で冷やすものを借りてきますから」 「…悪い…」 心底すまなそうな顔で歳三が謝る。 総司は歳三ににっこりと微笑を返し、茶店へと入っていった。 「ありがとうございます。すぐに返しますので」 総司は水が入った盥と布を借りて店から出てきた。 「土方さん、冷やすものを借りて来たんで足を…ぇ?」 店の脇に座っていたはずの歳三の姿がない。 足を怪我している以上、歳三が自分でどこかに行ったとは考えられない。 総司の体から血の気が引いた。 …あんなに美しい歳三である。 足を怪我した色っぽい美人が、一人で座り込んでいたのだ。 良からぬ事を考えた者に連れ去られてしまったに違いない。 (私が店にいた時間はそれほど長くない。…まだそんなに遠くには行ってないはずだ…!) 総司は走りながら、路地と路地の隙間を捜し回る。 (土方さん、無事でいて―) 「ーっがれ!!」 路地裏から叫び声が聞こえた。 総司は全力で声のしたほうに走る。 「土方さんっ…ッッ!!?」 そこには、ごろつき風の二人の男にのしかかられ、手首を地面に縫い付けられている歳三の姿があって。 その情景を見た刹那。 頭の中が怒りで真っ白になる。 「そ…じ」 目に涙を溜めたまま、歳三は総司の名を呼ぶ。 「なんなんだァ、テメーは」 「俺らのお楽しみの邪魔する気か?!」 「黙れ…」 「ァあン?!」 「黙れッッ!!!その人をはなせ!!!」 「うるせェ!!こいつァ俺らがいただくんだよッッ」 叫ぶなり一人が総司に殴りかかる。 総司はひらりとそれを避けると、思い切り男の顔面を張り飛ばした。 「っぶッッ!!! 下品な悲鳴をあげて倒れる男。男は気絶してしまっていた。 総司はそれを冷淡に眺めつつ、もう一人の男に話し掛けた。 「あなたもこうなりたいですか?」 「ひぃっ…」 総司の迫力に腰を抜かしてしまったその男は、ぶんぶんと首を横に振る。 総司は男を押し退け、歳三に駆け寄った。 「土方さんッ…」 「総司…」 歳三がほっとしたような顔で総司を見上げてくる。 「あ、土方さん、頬が腫れてますよ?!どうしたんですか?!」 「さっき…抵抗した時に…」 「もう大丈夫です…私が傍にいますから」 総司はにこりと微笑んで、歳三の涙を拭う。 総司の手は僅かに赤くなっていた。 「総司…その手…」
「ああ、さっきの男を殴ったからですね。これくらい大丈夫です。それより、土方さんが無事で良かった」 「総司…ッッ!!! 路地裏で抱き合う二人。 存在を忘れられ、そんな熱々ぶりを見せ付けられるごろつきの男(生き残り)。 「あ、総司…見られてる…ッ」 「見せ付けてやりましょうよ」 「総司!」 歳三は弱々しい声音で抗議する。 「…わかりました。こんな可愛い土方さんをこれ以上見せたくないですしね」 歳三をおぶりながら総司は月明かりの下を歩く。 「…ごめんな」 「いいえ。本当に、土方さんが無事で良かった…」 総司の胸に回された歳三の腕の力が少し、強くなった。 表情はわからないが、きっと歳三は照れているに違いない。そんな歳三が、総司は本当に愛しく感じた。 少しの沈黙の後、突然、歳三が口を開いた。 「…さし向かう 心は清き 水鏡」 「?なんですか、それ」 「…お前を詠んだ」 「っえ?!」 「出稽古に行く前、この句を考えてたんだ」 歳三なりの愛情表現。総司は、幸せそうに笑った。 「じゃあ、私もいずれ土方さんに歌を返さなきゃなァ」 「…待ってるぜ」 幼い頃から歳三の顔を見上げてばかりいたから。 一緒にいるのが、当たり前になっていたんだ。 「土方さん、大好きだよ」
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