チョコレート



会議に向かおうかという寸前、大鳥が土方の部屋に入ってきた。
「土方君っ」
いつになく、真剣な顔で。
「はい、何でしょう?」
それに、怪訝な思いをしながら、名を呼ばれて、土方は律儀に返事をした。
「これを、あげるよ!」
大鳥が土方に押し付けたのは、赤い包装紙でラッピングされた小さな箱。
「何ですか? これは?」
その色鮮やかな箱を、大鳥の勢いに押されて、つい受け取って、土方はますます訝しげな表情になる。
もっとも、大鳥にはそんなことを気に掛ける余裕すらなかったが。
「チョコレートだよ」
矢継ぎ早に、大鳥は言葉を口にする。
「西洋では、日頃、大事な人に、チョコレートを上げる日なんだよ、今日は」
大鳥の戦のときにすら見られない、意気込みに押されて、土方は曖昧に声を出した。
「はぁ」
それに、勝手に勇気付けられて、大鳥は言い切った。
「す、好きだと言って、あげる日なんだよ」
しかし、一世一代の大鳥の告白も、土方の耳には届かなかった。
何故なら、大鳥が先程言った『大事な人』という言葉に、ただ一人の人間を、土方は思い浮かべていたからだ。
「だからっ、君にあげるよっ」
土方がぼんやりと手に持った箱を、大鳥はぐいぐいと押し付け、顔を真っ赤にして出て行った。
「はぁ……」
まるで、小型の嵐にあったかのようなその剣幕に呆れ、あっけに取られて土方は後姿を見送った。


大鳥が、土方にチョコレートを渡し、部屋を出て行くのを、慌てて扉の影に隠れて見送った市村は、部屋の外で一部始終を聞いていた。
別に立ち聞きするつもりはなかったのだが、土方を会議に迎えに来て、大鳥が入っていくのを見たから、外で待っていて、聞いてしまったのだ。
その後、部屋から出てきた土方には、大鳥の告白など、全く気に留めていないようで、どこか安心したのだが。
会議の後、市村は念のため、ブリュネに今日のチョコレートに関する風習を聞いた。
すると、ブリュネは懇切丁寧に、説明してくれたのだ。
曰く。大事な人(勿論好きに人を含む)に、チョコレートを渡して、それを告げる日だと。
聞いて市村は、頭を抱え込んでしまった。
土方は、あの大鳥にどう対処するつもりなのかと。
うんうん、唸っていた市村だが、その様子を見かねて声を掛けてきた田村や玉置に、思わず取り縋ってしまった。
三人寄れば文殊の知恵ではなく、角つき合わせていても埒が明かず、土方に直に確かめることにして、意を決して土方の部屋に行くと、蛻の殻だった。
聞くと、会議から帰ってきた後、箱館市中に出掛けたと言う。
逆にお前たちも一緒じゃなかったのかと、問われて曖昧に誤魔化すしかなかった。
後で、きっと土方一人で出掛けさせたと、島田にでもばれたら、こっぴどく怒られることだろう。
そう思って、しょげ返った市村を、田村たちが慰めているうちに、土方が雪を肩に積もらせて帰ってきた。
で、市村たちが口を開くまでもなく、市村たちには土方が大鳥から貰ったチョコレートが与えられた。
「報われねぇなぁ、大鳥さん」
「そう、だねぇ」
「でも、いいんじゃない。めげないお人だし……」
口々に言いながらも、市村たち三人は、大鳥のチョコレートを、遠慮なく腹に収めていった。


今、土方が独り、部屋で口にするものは。
先程、一人きりで出掛けた箱館で、買い求めてきたチョコレート。
箱館には、外国人向けの商店も多く、舶来のそれを買うことも、造作もなかった。
『大事な人』に、あげるのだと言うのなら、土方があげる相手は、ただ一人しか居ない。
そして、受け取りたい相手も、ただ一人。
だから、わざわざその相手に贈るつもりで、買って来たのだ。
吹雪く雪の中を、たった一人、馬を駆って。
二人っきりで、味わいたいと。
白く曇った窓硝子に、指で落書きをしながら、決して触れ合えぬ男の姿を、そこに見出して。
甘く、苦く、舌の上で蕩けてゆく。
土方は、独り、それを味わう。
淋しさを、噛み締めながら。
そして、甘くなったその舌を、思いっきり吸って貰いたいと、思いながら。




急に思いついて書いたので、分けわかんなくなってしました。あれ? いつものことか?
うちの大鳥さんは、こんなヘタレですが、いいんでしょうか? まぁ、愛情ないから、いいか!



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