生まれ出づる日



雪の降りしきる中、ささやかな新年の挨拶の場が、五稜郭の中に設けられていた。
蝦夷に渡り、共に暮らし始めて2ヶ月余り。だが、その間も戦は続き、蝦夷を統一できたのは、まだひと月前にもならない。
派閥というほどでもないが、戦を共にし、その間寝食を重ねた相手とは、自然と共にいることが多くなる。
だから、こういう席でも、ついついそういった面々で、固まることになる。
歳三もそうした一人で、人見や同じ天然理心流を学んだ中島三郎助などと、話に花を咲かせていた。
そこへ、人の間を縫って、榎本が近づいてきた。本来なら総裁たる榎本には、歳三たちから挨拶に伺うべきだが、人に囲まれていたため後にしていたら、榎本の方からやって来てしまった。
「新年おめでとう、諸君」
グラスをカツンと合わせ、歳三・中島・人見と順に乾杯をしつつ、挨拶を交わしていく。
「おめでとうございます」
「目出度いですなぁ」
「新年早々、何事もなく、なによりですよ」
「本当に、そうですなぁ」
榎本は自慢の髭を弄びつつ、のほほんと応える。将たるもの、これぐらい呑気な方がいいのかもしれない。
「そう言えば、土方君。明日は、市内の巡邏を大々的に行うとか」
「ええ、仕事始めに、大規模にやろうかと思ってますが……」
「それはご苦労様です。皆にもご苦労様と、労っておいて下さい」
「総裁が、そう言っていたと、伝えておきます」
うんうんと、頷きつつ、榎本はテーブルに置いてあったワインを、皆のグラスに注いでいった。
「しかし、年も明けて、これで皆一つ年をとったわけですなぁ」
「ええ」
「そうだ。年といえば、皆さん。誕生日というものを、ご存知ですかな?」
「誕生日?」
聞いた事のない言葉に、三人は顔を見合わせた。
「ええ、誕生日。ご存じないですか?」
「知りませんな。何ですか、それは?」
年長の中島が、三人を代表するように聞くと、
「自分の生まれた日を、誕生日と言うのですよ」
「ほう。で、それが?」
何故か胸を張って榎本が応えるが、しかし何故そんな話になったのか、見えてこない。
「西洋では、私たちのように、年が改まれば皆一斉に年をとるのではなく、その生まれた日に年をとるのです」
「生まれた日に?」
「ええ、そうです。だから、歳の数え方も違うのですよ」
歳の数え方が違うと聞いて、中島と人見は驚いて聞き返した。歳の数え方など万国共通だと思っていたのだ。
「年の数え方が?」
「一体どんな風に?」
「私たちは生まれたら、その時がすでに一歳です。年が変われば、その時に二歳。つまり一月に生まれても、十二月に生まれても、次の年には皆二歳です」
ふんふんと、榎本の説明に頷いて聞き入る。
「ところが、西洋では誕生日に歳を一つ取るので、生まれたときは零歳。翌年の誕生日が来たら一歳になるのです」
「ほう、そんな数え方ですか」
「だとすると、一歳から二歳近い歳の差があることになりますなぁ」
「本当に」
「じゃ、ブリュネたちとは、同じ年齢を言ってるつもりでも、違うわけですな」
向こうに見えるフランス士官たちの姿を、指差しながら人見が言った。
「そうです。だから、彼らには生まれた日、誕生日と言うのは、とても大事な日でして。それを祝う習慣がありましてね」
「あの降誕祭のようなものですか?」
先日行われたささやかな降誕祭を、思い起こして中島が問う。
「まぁ、似たようなものですが、その日は人によってまちまちですからね」
一年の日数の数だけ、祝う日があると言うことなのだから、それは結構大変だろうと思う。
「とにかく、その人の生まれた日を喜び、巡り会えたことを感謝して祝うのです」
「日本では、一斉に年を取ってしまうから、自分の生まれた日が、定かでない人が多いでしょうなぁ」
「気に留めていないですから」
「そうですねぇ」
私はいつだっけ? と、中島や人見が思い起こしていると、榎本は土方に問い掛けた。
「私は8月25日ですが、土方君の誕生日は、いつですかな? ご存知ですか?」
「私、ですか? 確か端午の節句と、聞いておりますが……」
「ほう、端午の節句ですか? それはまた、ぴったりな」
「ほんとうに……」
「そうですか?」
「そうですよ! 男子の成長を祝う節句ですからね。似合いですよ」
わっはっは、と人によらず豪快な人見の笑い声が響く。
「どうです? その時にはひとつ祝いをしませんか?」
「祝いですか! それは良いですなぁ」
「しかし、官賊どもが、それまで黙っていますかね」
「いやいや。黙ってなければ、戦勝で祝うまでですよ」
バンバンと、歳三の肩を叩きながら、人見の人を喰ったような剛毅な性格が、顔を覗かせる。
「それは、良いですなぁ。士気も上がるんではないですか」
中島もそれに賛同して頷いた。
「いや、止めておきましょう」
「おや? どうしてですか?」
しかし、辞退する歳三に、榎本が驚いて問い直すと、
「そういうことを喜びそうな、そして一番に祝って欲しい奴は、もういませんから……」
「…………」
苦笑しながらの歳三の台詞に、言うべき言葉が見つからず、三人は黙り込んでしまった。
「もっとも、奴のその日まで生きていたら、祝ってやりますよ。巡り会えた喜びを……」
にこやかに、そしてあっさりと、本心を告げ、
「しかし、お三方の時には、ぜひ呼んで下さい。駆けつけますよ」
踵を返して、去っていってしまった。
ふうっと、誰ともなく溜息が漏れたが、
「振られましたなぁ……」
年長の中島が、その場を誤魔化すように明るく言うと、
「まったく」
「気持ちよいぐらいでしたねぇ」
それに乗るように二人とも同意をして、苦笑った。
残された三人に浮かぶ共通の想いは、一体なんだったのか。
「では、他にも挨拶に回りましょうか?」
中島の言葉に頷き、最後に顔を見合わせた三人は、銘々の方へと散っていった。






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