希み



初秋の涼やかな風がほんの少し開けられた障子から入り込み、汗の浮かんだ二人の肌を撫でていった。
総司と歳三が、割りない仲になってから、両手で数え切れぬ夜を共に過ごし、二人寝も当たり前のようになっていた。
試衛館の皆には、二人の関係を知ってか知らずか分からぬが、多分にばれているように思う。
でなければ、原田たちが歳三を吉原に誘わぬわけがなく、また総司を連れ出そうともするはずだったから。
二人、試衛館でこうして睦み合えるのも、皆が気を利かせるように出て行くときがあるからである。
当初、快感など殆どなく、痛みのみに支配されがちで、総司への想いから耐えていただけだった歳三も、優しく気遣うように繰り返される愛撫に、快楽を感じられるようになっていた。
今日もたっぷりと愛されて、歳三が微睡んでいると、総司が髪に触れながら聞いてきた。
「ねぇ、もし来世があるとしたら、歳さんは何を希む?」
「あ?」
ぼんやりとした頭では、歳三の反応も鈍い。
「だから、ね。もし来世があるとして、その来世に何か一つだけ、希みが叶えられるとしたら、歳さんは何を希むのかな、と思って……」
微睡みの現から引き戻され、歳三は眼を瞬いた。
「…………」
総司の笑みを含んだ中にも真剣な表情に、歳三は無言のまま真剣に考え始めた。
こういう表情をする時の総司に、生半可な答えを返すべきではないと、知っているからだ。
総司の眼を凝視し、その眼に映る自分を見ながら、歳三は思い巡らしていたのだが。
唐突に、夜目にもはっきりと分かるぐらい、歳三の顔が紅くなった。
「???」
総司は訝しげに、歳三の顔を覗き込む。
「歳さん?」
赤らんだ顔を隠すように、歳三はそっぽを向いた。
「何でもねぇ」
「何でもねぇ、って」
歳三の言葉を繰り返しながら、総司は密着している歳三の体温が、高くなったような気がした。
「何か考え付いたんでしょう?」
「…………」
「教えてよ。ねぇ……」
「…………」
沈黙をもってしてしか、歳三は応えようとしない。
総司には訳が分からなかった。
それほど、総司には言い難い事なのか。
それにしては、照れているような感じだし、と首を捻りつつも、仕方なく総司は自分の希みを先に言うことにした。
そうすれば、歳三も言いやすくなるだろうと、思ってのことである。
「俺の希みは、ねぇ」
そこで、一旦言葉を区切り、歳三の頬に手を添えて、振り向かせた。
「子供の頃の歳さんに、出会いたいな」
「子供の俺? 何で?」
思い掛けない総司の希みに、歳三は驚いて問い返した。
「だって、俺が歳さんに出会った説きは、もう歳さん大きかったじゃない?」
それは、当たり前である。
「歳さんは、俺の幼い時を知っているけど、俺は知らないでしょう?」
九つの年の差があるのだから。
「皆が、歳さんの子供の頃の話をする度に、知らなくてすっごく悔しくて……」
その度に、何でもっと早く生まれてこなかったんだろうと、悔やんだと総司は言った。
「だから、来世では歳さんの子供の頃に会いたいな」
歳三の髪に唇を落とし、
「すっごく、可愛いんだろうなぁ」
「馬鹿……」
夢見るように遠くを見遣るような総司の眼差しに、歳三は呆れた。
「え〜、どうしてさ? 皆そう言ってるじゃない?」
子供っぽい総司の言い草すら、歳三には愛しいもの以外の何者でもなくて。
「皆、歳さんの子供の頃は、可愛かったって言ってるよ」
「生まれ変わったら、この姿とは限らんだろうが」
しかし、総司はそれほど、この姿であることが必要なのだろうか、違う姿であれば総司は好いてはくれぬのだろうかと、歳三が少し不安に思い言えば、
「それでも、きっと可愛いと思うよ」
と、総司はあっけらかんと応えた。
総司にとって、歳三の姿が大事なのではなく、その心根が大事なのだ。
けれど、刷り込みとも言うべきか、歳三の子供の頃ならどんな姿でも、可愛いだろうとの思い込みがあったのだ。
「馬鹿」
その微妙な雰囲気を感じ取り、再度、小さく呟いた歳三の声が、総司の耳に届いたのかどうか、総司は言葉を繋いで。
「それに、自分の知らない歳さんを知ってる皆に、焼き餅焼かなくてもよくなるし、さ」
そんなことを思っていたのかと、総司の想いを知って、歳三の胸に言い様のない感情が湧き上がる。
これは、愛しさだろうか。それとも、嬉しさだろうか。
総司も年の差を気に病んでいるのだと思えば、歳三は最前考え付いた希みを、口に出してやらねばと思った。
「俺の望みは、お前より一日でも、後に生まれることだ」
「え?」
歳三の希みは、総司にも思いも付かなかった希みであったようだ。
総司は、歳三の言葉をどういう意味だろうかと、考え巡らしたが、その答えが思いつかず、歳三に尋ねた。
「何で?」
しばし、逡巡するように視線を泳がせていた歳三だったが、
「今、俺はお前より、九つも上だろう?」
意を決して話し始めた。
「え、ええ……」
「普通、衆道というのは、十四、五の者を相手にするものだろうが、俺は今一体幾つだ?」
「それは……」
歳三の言わんとすることが、総司にも朧気に見えてきた。
「どうせなら、その時分にお前と、こうしてみたい」
そう言って歳三は総司の顔を引き寄せ、口を吸った。
最初は啄ばむように軽く。そして、だんだんと角度を変えて、貪るように深く。
絡まりあった舌が名残惜しげに離れ、その合間を唾液が繋ぐ。
「歳さん」
総司は歳三に感ずるこの気持ちを、愛しいとしか言い表せないのが、すごく罪のような気がした。
「すっごく、嬉しい。だって、巡り会うだとか、そういうのは、願わなくても叶うと、思ってくれてるってことでしょう?」
歳三には思っても見なかったことだが、確かにそういうことだろう。
来世があって、再び生まれ変わるとして、総司との出会えないなどと、考えさえしなかった。
「それに、そう思ってくれるってことは、また来世でも俺と、こういう仲になってもいいと、思ってくれてるってことでしょう?」
抱き合ったまま、愛しげに髪に、肌にと、口付けの雨を、総司は降らせていく。
「ああ……」
そうだ。それ以外に一体何がある。
総司の居場所は、歳三の傍らで、歳三の還り付く先は、総司の元しかない。
離れ離れになることなど、考え付きもしなかった。
二人共にいられれば、きっとどんな困難にも立ち向かえるだろう。
互いの眼を見返せば、そこにはしっかりと自分が映り、見返していた。
それだけで、疼くような快感が這い上がり、再び熱く火照りだした躯に、互いに手を伸ばして、肌を確かめるように撫でて、指を絡ませあって。
後は、夜のしじまに熱い吐息が、漏れるだけだった。




えへへ、これを基にした、転生もののパラレルなお話書いてもいいですか? なんて思っちゃったりなんかして。そのうち書いたら、笑ってやってください(笑)。



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