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会津・東山の清水屋に逗留して幾日が過ぎるか、歳三には既に数える気もなくなっていた。 総司の病が重くなってから、歳三が再三じっとしていろというのに、言うことも聞かずにいた総司の気持ちが今は良く分かる。 じっとしていると、それだけで気が滅入ってきそうになるのだ。 だから、時々足の痛むのを我慢して、散策に出掛けるのだが、目付け役とばかりに見張っている島田にばれて、 「副長、何をしてるんですか」 すぐに連れ戻されてしまう。 そうして、 「傷に、差し障ります」 と、お小言を喰らってしまう。 その度に、歳三はぶつぶつと文句を言い、 「いいじゃないか。気晴らしに外を出歩くぐらい」 不貞腐れては窓の外を眺める毎日であった。 足を負傷して日がな一日じっとしていると、思い出すのは総司のことばかりである。 江戸に残してきたが、それが良かったのかは、未だに分からない。 戸板に括りつけてでも、共に連れて来れば良かったと、思うことも度々である。 殊に、松本良順と出会ってからは、尚更であった。 江戸に残った弟子の一人が、総司の診察を買って出てくれているとは知っていても、身内の居ない江戸での暮らしは、根が淋しがり屋の総司にはきついものがあることだろう。 歳三にしても、総司が傍にずっと居るのが当たり前になっていて、これほどの日にちを離れたのは、一体どれぐらい振りか見当も付かなかった。 第一、今までは会えぬ時があっても、二度と会えぬなどと思うことはなかったが、今回ばかりはまず再び会うことなど、有り得ないのだから。 先日も、ままならない足に苛立ち、また呑気な男たちに苛立ってしまった歳三であった。 病で満足に刀を振るえなくなっていた総司ですら、戦に出たがっていたものを、あの男たちときたら、武官ではなく文官だからと、戦に出ることもせず、のうのうと過ごしている。 それが、歳三には歯痒く、腹立たしかった。 今更、文官も武官もあろう筈がない。 武士であるなら、その魂である刀に掛けても、戦うのが当たり前のことではないか。 それを、怪我をしたわけでもない人間が、湯治場で一体何の用があるのだ。 一体何しに戦場たる会津に来たのかと思うと、手近にあった枕を投げつけずにはいられなかった。 「出てけっ!」 病で倒れた総司と、怪我を負った近藤の無念を思えば、まだまだ可愛げな対応だったろう。 自分の部下ならば、即刻断首にしてやるものをと、歳三は憤懣やる方なかった。 一度落とした宇都宮城を易々と奪われて、などと暴言を吐くのも、許しがたかった。 己では何もせぬ癖に、人を貶めることだけは一人前な口を利くなど。 そんなだから、薩長の奴らを図に乗らせ、のさばらせてしまうのだ。 島田たちに宥められて、漸う矛を納めた歳三だったが、日に日に気が立っていくのを、抑えられなくなっていた。 恋しい。恋しい。 それだけを想って、日が暮れてゆく。 淋しい。淋しい。 そう思って、夜が明ける。 一人寝も慣れては来たが、それでも布団を弄る手は、総司の温もりを求めてしまう。 代わりなど居はしないのだ。 歳三の身辺の世話をする島田たちも、歳三の苛立ちに手を焼き始めているのが分かるのだが、歳三自身にもどうしようも出来なくなっていた。 それは、誰にも本当の想いを、ぶつけられないからである。 歳三に怪我がなければ、戦場で暴れ回り、憂さを晴らせようものだが、それが出来ぬ日々は、鬱々と気が晴れる暇がない。 ただただ、恋しい総司を想って、悲嘆に暮れるばかりなのだ。 けれど、それを直裁に言えぬ心が悲鳴を上げ、態度に表れてしまい、訳の分からぬ島田たちをおろおろと戸惑わせてしまうのだ。 一人淋しく寝る夜は、枕も涙に濡れそぼり、一目、総司に会いたいと、泣き疲れて寝入ってしまう。 そんな時は、外も雨。 しとしとと、音も無く静かな雨が、降り注ぐのみ。 |
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『会津で養生してる土方さんが、総司に会いたくて駄々をこねるけど、周りはわけがわからずに困り、また土方さんは理由も言えずにさびしさを深める。そして、最後は土方さんの涙!』という、『RIKA
LAND』のりか様よりのリクエストだったんですが、応えられたかしら? とにかく、総司が出てこないんで、難産で……(汗) 土方さんの枕投げは、必須だ!! と、書いたのはいいんですが……(溜息) それになにより、短くて済みません、本当に。 |
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