途が別つ時



総司がいつもの如く、歳三の部屋でお茶を飲んでいると、書類を整理していた歳三が、ふと思いついたと言うように、総司に声を掛けてきた。
「総司」
「ん? なに?」
仕事中に珍しいことだと思いながら、気安く返事をした総司に、歳三はとんでもないことを問い掛けてきた。
「お前、もしも俺が、近藤さんと袂を別ったら、どちらを選ぶ?」
「はぁ?」
突拍子もない質問に、総司の声が裏返った。
が、すぐに気を取り直して、殊更明るく言い切った。
「やだなぁ。そんなこと、ある訳ないでしょ」
近藤と歳三の仲は、時折り総司が妬くほど、親密なものがある。
その二人が、袂を別つなど考えたこともなかった。
「いや、なにがあるか分からん。近藤さんは、結構煽てに弱い。芹沢と一緒になって、一時期天狗になってたこともある」
確かに、容保公の前で上覧試合をした後ぐらいから、近藤は何を勘違いしたものか、己のすることが試衛館の皆の総意であるかのように錯覚し、皆に諮らずに一人決めした時期があった。
「芹沢亡き今、近藤さんが再びそうならんとも限らん」
あの時は、まだ芹沢が居たから抑えられていたが、芹沢が居ないとなれば、どうなることか。
元々、お山の大将なだけに、乗せると思った以上の力を発揮するのだが、一つ間違うと大暴走する恐れがあった。
「新撰組のただ一人の局長となり、試衛館以外の隊士たちが集えば、近藤さんに取り入ろうとする者も現れるだろう?」
新撰組の隊名を正式に貰い、隊士になりたいと言うものも増えてきた。
その中には武士もいるが、多くは違う有象無象である。
「その時、俺たちを疎ましいと思うかも知れん」
会津藩の預かりとはいえ、幕府の一角を担うことには間違いがなく、その局長に取り入って、確たる地位を得ようとする者も現れないとは限らない。
歳三は、それを危惧するのだ。
「また、俺が副長の地位に飽き足らず、近藤さんを排斥するかも知れんぞ」
近藤だけでなく、歳三自身も近藤を追い落とそうとするかも知れぬと、歳三は悪ぶった。
「そんなこと、天地がひっくり返ってもないですよ」
どちらの場合も有り得ないと、総司は笑って逃げようとするが、
「万に一つ、あるかも知れん。その時、お前は如何する?」
いつも総司に見せる表情ちは違う歳三に、笑いを引っ込めた。
「…………」
歳三は追及を緩めず、総司に問う。
「近藤さんが、俺を除こうとすれば、如何する」
じっと歳三の目を見て、暫く考える風を見せながら、内心溜息を吐きつつ、
「その時は、歳さんを連れて逃げます」
仕方なく総司は答えを返した。
「先生には刃を向けれないから、歳さんを連れて一緒に逃げますよ」
幼い時から総司を可愛がってくれた近藤には、どんなことがあっても刃を向けることは、総司にはできなかった。
それはきっと、近藤が本気で総司を殺そうと思っても、同じことだろうと思う。
近藤ですら総司に勝てないと言われても、それは真剣でのことではありえなかった。
「なら、逆に俺が近藤さんを、亡き者にしようとしたら?」
歳三が更に総司に聞けば、今度は覚悟していたのか、総司は即答した。
「歳さんを殺します」
それこそ、何の躊躇いもなく。
「俺を?」
歳三は特別驚きはしなかったが、あまりにあっさりとした総司の言葉に、つい聞き返した。
「ええ、苦しまないように、一太刀で斬ってあげます」
近藤に叛旗を翻す歳三は、歳三でない、と総司は言う。
「でも、私もすぐその後を追うけど」
「後を……」
「だって、歳さんが居ないのに、俺が生きていても仕方がないでしょう?」
にっこりと、それがさも当然といった風情で、総司が笑う。
その顔には、一点の曇りもなく。
「…………」
総司にそう言われて、笑い掛けられては、歳三には何も返す言葉がなかった。
総司に殺されるのならそれも悪くないと思う自分がいて、それになお、総司が後を追ってくれるということが、身が震えるほどの歓喜を歳三に齎していた。
「それに、歳さんは寂しがり屋だから、傍にいててあげないと……」
重苦しい雰囲気を払拭させるべく、冗談交じりに総司が言うと、
「ばか。それは、お前の方だろうが。いつまでも、甘ったれで」
歳三も総司の意図を察し、総司の頭を小突いて笑った。
「うん。だから、いつでも、いつまでも、傍にいさせて」
歳三の言葉どおりに、総司は歳三に抱きつき甘えて見せた。




総司には、近藤さんは殺せないけれど、土方さんは殺せます。
実際はそんなことは、起こり得ないことでしょうけど。
つまり、崖で近藤さんと土方さんが助けを求めていて、どちらか一方しか総司が助けられないのなら、総司は迷わず近藤さんを助けて、土方さんを見捨てます。
でも、崖から落ちた土方さんを追って、総司も飛び降りちゃう。
そんな感じを目指しました。雰囲気出てますでしょうか?



>>Menu >>小説 >>双つ月 >>途が別つ時