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雪がしんしんと降り積もる朝。 小さな庭先には、誰の跡も付いていない雪景色で。 総司が雨戸を開けると、布団にいる歳三の元まで、薄日が差し込んできた。 「お前、本当に良かったのか?」 きらきらと雪に反射する日の光に目を細めつつ、すっかりと高く背の伸びた総司の後姿を、歳三は眩しげに見上げた。 「何がです?」 振り向き首を傾げて総司は、歳三に問い返す。 「俺たちと、京へ上ることを決めて。お前だけは、悩まなかっただろう?」 総司は、くすっと笑いながら、 「なんだ、そんなことか。ええ、別に悩まなかったですけど。先生も歳さんが、京へ行くなら、俺も一緒に行きますよ。当たり前でしょう? それに、他の皆も行くのなら、尚のことですよ」 障子を閉めて、歳三の元へと戻ってきた。 「だが、俺や勝ちゃんが京へ行くのは、武士になるためだ。けど、お前は違うだろう? そんなこと、思ってもいないだろうが」 微禄とはいえ、武士の出てある総司には、百姓の出である近藤や歳三と違い、武士になるという夢はない。 それに、総司ほどの腕があれば、今はまだ若いが故難しいが、もう少ししたら剣術師範としての召抱えもあるに違いない。 「そりゃ、別に思いませんけど」 それがどうかしたのかと、総司は首を捻る。 「京へ上ったら、平穏な事なんかないぞ」 「そうでしょうねぇ。なんか『天誅』とか言うのが、流行ってるらしいし」 ぺったりと、歳三の横に座った総司は、噂を思い出すような仕草をした。 「人を、斬らざるを得ないぞ。ここに居れば、いくら物騒になったといっても、そんなことになる可能性は低いんだ」 総司ののほほんとした風情に、本当に分かっているのかと、つい歳三は心配になる。 「別に、人を斬っても、構いませんよ、俺は」 「なに?」 総司のさらりとした物言いに、歳三が驚きの声をあげた。 「だから、別に人を斬るのは、俺は構わないよ」 だが、総司は飄々として、 「それが、先生や歳さんの行く途の先にあるなら、俺はいっこうに構わないんだ」 にこにこと微笑を見せながら、総司はあっさりと言った。 「お前……。それは、人を斬ったことがないから、そんなことを……」 こいつは、人を斬ることの恐ろしさを知らないから、そんな呑気なことを思うのだと、歳三は思った。 「うん? そうかも知れないね。だけど、きっと俺は、それで後悔はしないと思う」 二人と共に在れないことを思えば、そんなことはどうってことない、と。 近藤と歳三。どちらも総司にとっては、掛け替えのない存在で。 どちらも天秤に掛けられないほど、大事なのだ。 その二人の役に立つと言うのなら、人を斬ることなど造作もない。 「大丈夫。歳さんとは京へ上る意味は違うかもしれないけど、俺もちゃんと後悔しない途を歩みたいから行くんだよ」 たとえ、この手が血に塗れ、誰かの刃の元に平伏そうとも、二人と離れた場所で、離れたことを悔いつつ生きるよりは、余程ましだと思うのだ。 「だから、そんな顔しないで……」 どこか痛ましげな表情の歳三の唇を、総司は愛しげに啄ばみ、誰も居ぬ沈黙の中で、残り少ない江戸での朝を二人過ごした。 |
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上洛前の一夜と言ったところでしょうか? いろいろと、それぞれが思うところはあったでしょうが、やっぱり総司にも自分で考えた途だと思うので、こういった話になりました。 |
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