生魄



夜半に総司は、ふと此処にある筈のない気配を感じて、眼を覚ました。
月明かりが好きだからと言って、締め切っていない雨戸の間から、差し込む月光が障子を通して、足元を煌々と照らしていた。
が、その足元の障子が一枚開けられていて、そこには居る筈のない人の姿が、浮かび上がっていた。
「歳さん?」
その姿は、ゆるく着込んだ寝巻き姿で、どこか頼りなげに立っていた。
夢を見ているのだろうかと、総司は起き上がり手を伸ばした。
「歳さん」
だらりと下げられた手に触れようとする寸前、歳三はぴくりと体を動かし、触れることを厭うように避けた。
その行為に、これが現実と、総司は何故か胸に受け止め、にっこりと微笑むと、歳三を手招いた。
「ここへ、おいで。歳さん」
それでも、根が生えたように、歳三は動こうとしない。
「ねぇ、ここへ来て?」
動かぬ歳三に悲しそうな表情を見せると、歳三はおずおずと近づいてきて、総司の差し出された手を取った。
「これは、夢か?」
「夢じゃないよ。こうして触れられるもの」
確かに感じる手の温かみ。それが夢幻でないと、二人に伝えていた。
「どうやって、ここまで来たの?」
総司が穏やかに、しかし、気になることを問い掛けた。
「分からん。が、気付いたら、この庭にいた」
「庭に?」
歳三の言葉に、総司がふと歳三の足を見ると、裸足のその足は、土に汚れていた。
しかも、その片足には痛々しくも包帯が巻かれていて、歳三が怪我をしたことを物語っていた。
「歳さん、怪我したの?」
「あ、あぁ……」
総司の見詰める自分の足を見て、歳三は隠すような仕草をしながら頷いた。
「いつ?」
「四月二十三日だ」
「そんなに前?」
総司が驚くのも無理はない、今は閏四月の半ばである。
既に二十日近くも経っているにも拘らず、大袈裟なほどに巻かれた包帯は、歳三の怪我の重さを物語っているようだ。
「一体、如何して?」
その足にそっと触れながら、総司は怪我の経緯を聞いた。
「鉄砲で、撃たれたんだ」
「鉄砲で?」
総司は近藤が撃たれた時のことを思い出して、まさか近藤が以前のように剣を持つことができなくなったように、歳三が歩くことができなくなるのではと、案じた。
「ちゃんと、歩けるようになるの?」
「ああ、大丈夫だ、それは。松本先生の見立てだからな」
歳三の言葉に、総司はほっとすると同時に、懐かしい名を聞いて目を輝かせた。
「松本先生? 今、歳さんの所にいるんだ?」
「ああ、そうだ」
「そう。ちゃんとお別れの挨拶もできなかったから、気になっていたんだ」
そういった話をしながらも、総司は歳三がここへ現れた理由を探していた。
ここにいる歳三は、しっかりと触れることはできるが、生身の体ではない筈だ。
なぜなら、流山へと布陣する前から、隊を整えて会津へと転戦すると言っていたからである。
容保公の下で、官軍を名乗る薩長と戦うのだと。
そして、流山から会津へと向かう前に、一人総司に会いに来ていた。
これから、会津へ行くと。お前も必ず追いかけて来いと。
その歳三がここに、生身でいるわけがないのだ。
しかも、気がついたら庭にいたというのでは、尚更である。
歳三が怪我をしたのが、二十日ほど前。
その時に、ここに現れたというなら、まだ話は判る。
けれど、何故今なのかが分からないのだ。
戦いの最中に、歩くことが満足にできないようでは、足手纏いになる。
きっと、皆と離れて静養しているに違いない。
けれど皆が戦っているのに、自分ひとり動くことがままならないのは、蚊帳の外に置かれたようで、歳三には辛かろうと思う。
だが、それだけで歳三がここに現れるとは、到底総司には思えなかった。
もっと別の重要な要因が、なければならなかった。
どちらからともなく抱き合い、口付けを交わしてゆく合間に、二人の角度が変わり、今まで月を背にしていたため、良く見えなかった歳三の顔が露になった。
そして、歳三の泣き腫らしたような赤い目を見て、総司は唐突に思い至った。
近藤の身に何かあったのだと。
だから、歳三は一人耐えられず、千里の道を魂魄だけが、総司の元へと駆けて来たのだと。
歳三がここまでなるということは、近藤の身に起こったことは、想像に難くない。
それは、死だ。それも、戦場での死ではないだろう。
戦場での死なら、歳三も納得づくで、こんな風になることはないだろうと思う。
ならば、近藤は薩長にでも囚われの身になって、その上で新撰組憎しの奴らに、処刑でもされたのだろうか。
そういえば、先月の末ごろ母屋が騒がしかったことがある。
後で、お内儀に聞いても、全く要領を得なかったが、あのときに近藤の消息を伝えるものがきっとあったのだ。
そこまで考えて、総司は喪失感に襲われた。
歳三は、総司にとってもっとも大切な人だが、近藤も掛け替えのない存在だった。
幼き自分を庇護し、導いてくれた人なのだ。
それが、その死を知らず、病に倒れた自分より先に逝かす事になろうとは、総司には想像をしたこともなかった。
歳三の打ちひしがれた姿は、江戸と会津という距離の所為で、近藤の死を今知ったところなのだろうと、総司は想像した。
「歳さん、悲しまないで」
歳三の額や頬に口付けながら、
「私がいるから。まだ、私がいるんだから……」
慰めともつかぬ言葉で、総司は歳三を慰めた。
先に逝くと知っていながらの言葉の、なんと無意味なことか。
それでも、歳三は頷き、総司にしがみついた。
そして、夢じゃないなら、言葉だけでなく慰めろと、歳三は布団の上へと総司を押し倒した。
総司の頭を抱え込み、歳三は総司に接吻の雨を、顔のそこここに降らす。
縋り付いて来た歳三の腰に手を回し、総司はしっかりと安心させるように抱き締めてやった。
「総司」
啄ばみあうような接吻を繰り返し、次第にそれだけでは飽き足らなくなったのか、深く口を吸い合い、互いの口腔へと舌を進入させていく。
更に深くと、幾度も角度を変えて、舌を絡ませあった。
その合間にも互いの手は、寝巻きの上から、躯の線をなぞるように、それぞれの躯をさ迷いはじめていた。
歳三は総司の布団を剥ぎ取り、慌しく帯を解き、その痩せた肌に直接手を滑らした。
総司との最後の逢瀬より、更に痩せていたのだが、今の歳三にはそれに気付く余裕がなかった。
二度と会えぬと思っていた総司との予期せぬ邂逅に、早くその存在を躯すべてで、感じ取りたかったのだ。
総司の手も歳三の帯を解き、肌蹴た合間から内へと手を滑らせていった。
それだけで、ぴくりぴくりと反応する歳三を愛しく思いながらも、総司の手はあちこちをなぞってゆく。
総司の上に被さった歳三は、徐々に体をずらして、手と唇で総司の躯を辿りながら、下へ下へと降りていった。
それを歳三の好きなようにと黙って見ていた総司だったが、下帯を外されて半ば立ち上がったものに舌を這わされると、
「っ……」
と、息を呑んだ。
それだけで快感が、総司の背を駆け抜けてゆく。
すっぽりと歳三の口に含まれしゃぶられると、とても長くは耐えられそうになかった。
巧みな口淫に、すぐに達してしまいそうだった。堪え性がなくなっているようだ。
「歳さん」
だから総司は、促すように歳三の髪を梳きながら、歳三を呼んだ。
呼ばれて、総司を銜えたまま上目遣いで見上げる歳三に、くらくらとするものを感じながら、
「尻を、こっちに向けて」
そう、総司が促すと、歳三の顔が赤く染まったのが、夜目にも分かった。
総司がなにをしようとするのか、良く分かってのことだろう。
「歳さん」
と、再度名を呼べば、歳三は総司のものを銜えたそのまま、おずおずと総司の方へ尻を向けた。
総司は向きを変えて近寄ってくる足を引っ張り、歳三に自分の顔を跨がせた。
まだ羽織ったままの寝巻きの裾を、邪魔になるとばかりに絡げて、歳三の白い尻を露にした。
これから施される愛撫を期待しているのか、歳三の尻は早くも色づき始めていた。
目の前の歳三のものの先端をちょろっとだけ舐めて、総司は舌をその裏側に沿って這わせていった。
それ自体には、それ以上触れもせず、更に後ろへと舌を這わせてゆき、既にひくひくとひくついているそこを、
まずは舌先で、ちろちろと舐めた。
「っ、んぁ……」
総司を口に含んでいるため、歳三の口から漏れる言葉は意味を成さないが、快感を得ているのは更に色を増した躯で分かる。
もっと色付けとばかりに、口に含んだ唾液を塗り込むように、舌でたっぷりと送り込み、ねっとりと舐めあげる。
または、舌の先端をすぼませて、突付き差し込むと、内側の敏感な襞に触れると、歳三の尻が揺れて、先端からは滴が滴り落ち、総司の胸を濡らしていった。
「ふ、ぁ……、あ……」
舌だけでは足らぬと、貪欲なそこが物欲しげに開閉し、もっとと先を促している。
総司の唾液に塗れて、てらてらと滑っているそこに、総司は指をつぷりと根元まで突き入れた。
「んっ!」
久方振りでも、愛撫に慣れた歳三の躯は、何の苦もなく呑み込んでいく。
総司が覚えている歳三の良い箇所をくりっと突付くと、びくりと躯が跳ねるが、それでも歳三は総司のものを放さずに、舐めしゃぶっている。
突き入れた指を抜き差しすれば、唾液に濡れたそこが、ぬちゃぬちゃといやらしい音を立てる。
「気持ちいい?」
総司がついそう聞けば、歳三は言葉で応える代わりに、むしゃぶりついている総司のものを、きつく吸い上げた。
「歳さん」
そんなことをしたら、果ててしまうと、総司は抗議して、指を引き抜こうとした。
「っ、んんぅ……」
それに嫌だとばかりに、歳三は尻を絞るが、総司の指は引き抜かれてしまった。
「そ、うじ……」
総司を放し、恨みがましい目で振り向いた歳三は、愛しげに自分を見遣る総司の目に、絡め取られてしまった。
しっかりと捉えていた尻を離し、総司が歳三の躯を反転させると、その意図を察した歳三は、総司の上に跨ったまま向き直り、自分が高ぶらせた総司のものに手を添えて宛がい、腰を自分から下ろして行った。
ゆっくりと総司のものが、歳三に呑み込まれてゆく。
「ふっ、ん、ぅ……」
すっかりと中に納めた歳三は、この質感が歳三には何よりも愛しく、その顔には陶然と微笑が浮かんだ。
そして、総司の胸に手をつき、それで躯を支えて、上下に腰を動かし始めた。
腰を上げては下ろし、その度に奥を穿つ総司のものを締め付けて。
自分の上で淫らに動く歳三を満足げに眺めながら、屹立し蜜を滴らせている歳三のものに、総司は触れた。
その瞬間、歳三の中が一際きつく締まり、総司は耐え切れずに放ってしまった。
「あっ! あ……あぁ……」
最奥に総司の迸りを受けて悦びに震える躯ではあったが、総司に握られたままの歳三自身は、果てることもできず、びくびくと痙攣するのみだった。
「そう、じ」
果てさせてくれと、懇願する歳三を、総司は引き寄せ、宥めるような接吻を額に一つ落とした。
それだけでも感じるのか、それとも歳三の中で質量を失わぬ総司が歳三を苛むのか、涙を滲ませた目を向けた。
総司はその姿にうっとりとしながら、歳三の手を取り、歳三のものへと導いて握らせた。
「ほら……」
歳三の手の上から握りこみ一緒に扱くと、歳三の中が総司に絡み付いてくる。
その感触を楽しみながら、総司の手は歳三の上を彷徨ってゆく。
総司が手を離しても歳三は、自分で扱き高めていった。
まるで、総司に見せ付けるように。
ゆらゆらと、総司の上で揺蕩うように揺れる歳三は、とても美しかった。
「総司」
総司の名を呼ぶ自分に、力強く頷く総司に満足し、歳三は手淫を激しく上り詰めて、その絶頂に総司をもう一度迎え入れて、気を失うように総司に倒れ込んだ。
「歳さん、大丈夫?」
荒い息を吐く歳三を心配そうに覗き込む総司に、
「夢、じゃないな? 総司」
総司の胸に手を這わしながら、歳三は不安な問いをした。
「うん。夢じゃないよ」
安心させるように総司は微笑み、歳三の小指を噛んだ。
「っ……」
「ね、痛いでしょう? だから、夢じゃないよ」
夢なら痛くしたら覚めるでしょう? と、総司は笑う。
「ほら、もう一度、確かめる?」
今度は、総司の指を、歳三が噛めと、総司は歳三の口許に、自分の小指を差し出した。
目の前に来た総司の小指に、歳三は口を開き、がりっと噛んで、痛そうに眉を顰める総司に、ほっとしたように寄り添った。




おや〜? というような話になっちゃった。何ででしょうね?(苦笑)
牡丹灯篭のような話を目指したのですが……。



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