相合煙管



久方振りに、存分に抱き合った後、煙草盆を枕元に引き寄せ、うつ伏せで煙管を歳三が燻らせながら、
「そういや、お前。俺の前と他の奴の前と、随分言葉遣いが違うな。何で、わざわざ使い分けるんだ?」
ふと思いついたのか、歳三は自分のほうに横に向き、首筋から背中を撫でる総司に問い掛けた。
「何で今更?」
そんなことを言うのかと、総司は手を止め、首を傾げた。
「いや、今更って言うか。気になったんだよ、ふいに。面倒だろう?」
歳三が何故今気になったかというと、それは今日の出来事に遡る。


今日の昼、近藤に会津からの使いが来たのだが、生憎と近藤は芹沢たちと出掛けていて、戻ってくるのは夕刻の予定だ。
そこまで先方を待たすわけにも行かず、しかたなく歳三が代理で出掛けることになった。
前々から、近藤の代理は歳三と山南が務めることを伝えていて、了承も得ているから問題はない筈である。
供には誰をつけようかと思ったが、考えてみれば近藤たちと殆んどの者が一緒に出掛けていて、屯所である前川家に残っていたのは、総司の他は京で集まった隊士しかいなかった。
もっとも、総司は屯所にじっとしていたわけでなく、壬生寺で子供と遊んでいたのだが。
まさか入りたての新参者を連れて行く気にわけにはいかず、それで仕方なく歳三は、総司を伴って出掛けたのだ。
子供たちとの遊びを中断された総司は、ちょっと不貞腐れていたが、歳三はきっぱりと無視した。
総司と違って、遊ぶ暇などない歳三には、少し意地悪な気持ちもあったことだろう。
なにしろ、総司と一緒にいる時間すら、京へ来てからはとんと取れぬのだから。
ただ歳三は、総司を伴って歩きながら、大丈夫だろうかと思った。
総司はとても幼いところがある。
今日も、子供たちと遊んでいたのが、よい例だ。
これから行く会津藩は、東北の藩らしく重厚な落ち着きのある人が多い。
会津藩の重役とも言える面々を前にして、しゃんとした態度や言葉遣いができるだろうか。
そういった重役方と直接話す機会は無くとも、ちゃんとした応対ができるものかと。
総司の態度が、まだまだ認識が浅い浪士組の印象を、決めることにも繋がりかねない。
だが、それは歳三の杞憂に終わった。
それどころか、見直したぐらいだ。
なにせ、時勢や国事など、難しいことは分からないと、いつも言っている総司であったから。
先方の質問などに、総司は的確に、受け答えをしてみせた。
はきはきと明瞭に答える様は、印象も頗る良かったようだ。
公用方から、
「見掛けに似合わず、しっかりした方ですな」
と歳三は耳打ちされたぐらいだ。
確かに、総司の姿勢は、歳三が普段見慣れている総司と違って、子供っぽいところが無く、しっかりしていて目を瞠るものがあった。


だからこその、歳三の言葉になるのだ。
何故俺のときに、そんな素振りを見せないのかと。
「だって、名前を改めたとき、字面は変わったけど、呼び名はあんまり変わんないねぇ、って言ったらさ。それだったら、皆が意識するように、言葉遣いを改めたら如何だ? って、言ったの歳さんでしょう?」
「あ、あぁ……」
思い出したように歳三は頭を巡らして。
「それで、歳さんにも変えたら、すっごく淋しそうな顔を、したじゃない?」
「おいっ。俺がいつ、そんな顔をしたんだ」
総司の言葉に、とんでもないと抗議の声を歳三はあげたが、
「あれ? 自覚無かったの?」
茶目っ気たっぷりに、総司が歳三の顔を覗き込めば、
「うっ……」
言葉に詰まった歳三だった。
「ほら、やっぱりあったんだ」
くすくすと、総司は喉の奥で笑う。
「でもさ。俺、元から歳さんにだけは、言葉遣い違ったよ?」
姉上なんか、二親がいない分、言葉遣いとか躾に厳しかったし。
そんな姉上の前で、歳さんに使っているのと同じ言葉を喋ったら、仰天してしまう、と総司は言った。
「人のことは言えないと思うけどなぁ。歳さんも人前と、俺の前とはぜんぜん態度が違うじゃない? 俺の前では、多摩のバラガキのまんま」
総司は歳三の持つ煙管を手ずから一口吸い、
「でも、俺にはそれが嬉しいし。それで、いいじゃない?」
口移しに煙を与えるように口付けて、歳三もそれに応えて口を開き、収まりつつあった熱が、また燻りだすのを感じてしまった。




予定通りなのやら、そうでないのやら、わかんない話になってしまいました。
いつもそうじゃないかと言われたら、反論ができないんですが。
まぁ、とにかく。土方さんの前と、他の人の前では、総司の態度が全然違う、ということを書きたかっただけです。伝わってるといいなぁ。



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