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雪のちらつく寒い日が続く、そんなある日のこと。 表には現さぬが冷え症な歳三の部屋には、真っ赤に炭が熾っていて、上に掛けられた鉄瓶がしゅんしゅんと湯気を立てていた。 「総司、暇だったら手伝え」 歳三は副長室でごろごろしている総司に声を掛けた。 歳三はずっと書類と格闘していた。沖田が部屋へ訪れる前からずっと。 そんな歳三にも総司は構ってくれないと拗ねることなく、自分気侭に他愛ない話を喋っていたのだ。 忙しい最中にも時折り自分の話に相槌を打ってくれるのを、嬉しく思いながら。 歳三の後ろでいつものように寝そべって菓子を食べていた総司は、むくりと体を起こして、 「何を?」 書き物をしている見慣れた歳三の背に問い掛けた。 墨でも摩るのかと思ったが、案に違って歳三が総司に渡したのは、筆と紙だった。 意図することが掴めず、総司が首を傾げたのを気配で察したのか、振り向きもせずに言った。 「もう暮れだが、賀状を書いてる暇がねぇ。お前、代わりに書いてくれ」 「は?」 思わず、呆けた声が総司の口から出た。 それほど思いもかけぬ言葉だったと言うことだろう。 「ごく簡単でいい。賀状を書いてくれ」 もっとも歳三はそんなことなど歯牙にもかけずに、総司に素っ気無さを装って強要した。 「…………」 歳三の言い分も判らぬことはない。 歳三の隊務と言えば、昼も夜もないような状態だ。 巡察も昼夜とあるから、その報告も受けるし、監察の報告も昼にあるとは限らない。 京都守護職である会津藩に提出する書類作りから、隊内の書類まで歳三の目の通さぬものなど一つもない。 それこそ寝る間も惜しむような日々だ。 また、細々とした雑務もある。どれも歳三でなければ捗らないことだろう。 そんな意味では、お決まりの文句を並べるだけの年賀状など、誰が書いても同じことかもしれない。 そう思って総司は、 「どこに書くんですか?」 と聞いた。 「彦兄と、鹿之助さんのところに、とりあえず書いてくれ」 どちらも天然理心流の有力な後援者である。 浪士組が東帰して、京へ残った試衛館の連中が、芹沢と共に会津の預かりになって、恩賞を貰うようになるまで、金銭的な援助を幾度もして貰った相手でもある。 新撰組の副長とはいえ、蔑ろにできる相手ではなかった。 「う〜〜ん、それって拙くない?」 総司は歳三に近寄って顔を覗きこんだ。 「何が、だ?」 「だって、おのぶさまも見るでしょう?」 鹿之助への賀状はともかく、彦五郎に送るとなれば、当然歳三の姉ののぶも見ることになるだろう。 「そりゃあ、な」 何を当たり前のことを、と歳三は言ったが、だからこそと総司は思うのだ。 「だったら、歳さんの蹟(て)じゃないのは、良くわかるじゃないですか」 だが、折角届いた賀状が弟の筆跡でないと分かれば、のぶが落胆するんじゃないかと、総司は危惧したのだ。 「構わん。どうせ賀状だ。誰が書いても、ありきたりの文面だろ」 もっと暇な時に近況を知らせるさ、と歳三はあっさりと言った。 「それに、ほかの奴に書かせれば怒るだろうが、お前の字なら喜ぶだろう」 新撰組にも字の上手い奴はいて、会津へと出す文書などはそんな者に代筆させることもあるが、故郷へ送る手紙にはそんな無粋なことはしたくないし、総司の筆だということは見ればすぐに判るだろうから、一石二鳥だろうと歳三は嘯いた。 そこまで言われてしまえば、総司に逆らう気はない。 歳三の言に従うべく、傍らに予備に置かれてある小さな文机を引っ張り出した。 |
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本来残っている総司代筆の賀状は、佐藤芳三郎宛と土方隼人・土方伊十郎宛の年賀状なんですが、そこは創作と言うことで宛先を変えました。 |
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