密やかな雨の中



歳三と、総司を筆頭とする一番隊が、今回の大坂出張にあたったが、残務整理をするため歳三が残ることになり、護衛には総司が居れば充分と、二人を残して他の隊士は先の船便で帰らせた。


船に乗っている途中から足繁く降ってきた雨は、伏見の船宿に着いても止む気配も見せず。
そこから船を乗り換え、高瀬川を上って、舟入についても止みそうになかった。
恐縮する船宿の主人より傘を一本借り受け、外へと出た。
「えろうすんまへん。この大仰な雨で、傘はこれしかおまへんのや。堪忍どっせ」
宿に常備してある宿の名前入りの傘は、先に降りた客に貸し出しなくなってしまっていたのだ。
しかし、新撰組の副長である歳三を濡れさすわけにはいかぬと、宿の主人は家人の物を差し出してきた。
ここから屯所まで傘もなしに歩けば、ずぶぬれになり風邪をひくのは確実と、主人の好意を受け入れ二人は宿を後にした。
「いや、有り難く借り受ける」
大の大人二人が入るには無理があっても、ないよりはましである。


さて、そういった成り行きで、一つ傘で帰ることになった二人だが、こういうことになれば沖田が傘を持ち、歳三に差しかけることにどうしてもなる。
総司は濡れぬようにと、傘を差し掛けるのだが、歳三は体を離して行ってしまう。
大きくもない普通の傘だから、くっ付かなくては濡れるというのに。
案の定、斜め後から反対側を見れば、肩が濡れて着物の色も変わっているほどだ。
もちろん、歳三に傘を差しかけようと苦心している総司も、傘を差すのが無意味なほど背中が濡れている。
どうしようかと思案に暮れる総司だったが、ふと良いことを思いついたとばかりに、歳三の腰を抱き寄せた。
「なにするっ」
総司の唐突な行為に驚いた歳三は、抗議の声を咄嗟に上げたが、総司はどこ吹く風だ。
「だって、歳さん。こうして差していないと、結局二人ともずぶ濡れだよ?」
歳三が総司との相合傘を照れて、体を離そうとしているのを知っていながらの、総司の台詞だ。
歳三も自分の片側が濡れ、見返した総司も濡れているのを見ては、黙り込むしかない。
自分はともかく、総司に風邪を引かせたいわけではなかったから。
しかし、男と女の相合傘という道行なら別だが、男同士体を密着させて歩いている図というのは、どうにも絵にならぬものがある。
江戸の頃ならいざ知らず、新撰組を束ねている今となっては、どこで歳三と総司の顔を見知っているものに出くわすとも知れず、この状況は素直に喜べない。
どうしてこの状況を破ろうかと、歳三が物思いに沈む中、総司の熱い吐息が耳元で聞こえてきた。
「歳さん……」
歳三が気づいた時には遅く、歳三はすぐ傍の路地に総司に腕を引かれて、連れ込まれていた。
「そっ……!」
今度は抗議の声を上げる暇もなく、総司の顔が目の前にある。
「んっ! んんっ……んぅ……」
口を塞がれ、思う様貪られて、離れる頃には息も上がってしまっていた。
「そう、じ」
睨みつけてみても、総司の熱情が移ったかのように、歳三もそれに応えた後では、威力はないに等しかった。
「ごめん。だって、せっかく一緒にいるのに、歳さん振り向いてくれないんだもの」
屯所を離れた大坂でも、他にいる隊士の手前、二人っきりになる時間などはなく、むしろ人数が少ない分、京にいるより忙しかった二人だ。
「ばか」
宥める歳三の声は、優しく甘い。
「だって……」
総司のそんな不貞腐れるような言い方が、歳三の苦笑を誘った。
激しさを増す雨に、まだまだ止みそうにないなと歳三は思い、この分ならば少々ゆっくりと雨宿りをして遅くなっても構うまいとふんだ。
いや、はなから雨宿りしても良かったのだが、何故か気が急いていた歳三は帰りを急いでしまったのだ。
だが、こうして軒先で体を寄せ合っていると、互いに伝わる体温が離れがたく温かく、歳三は総司を引き寄せた。
「お前だけじゃ、ないさ。一緒に過ごしたいのは……」
唇を啄ばみ、口を開き、舌を差し込み、大胆に蹂躙する。
そんな貪りあう二人の姿を、激しい雨と総司の持つ鮮やかな傘が隠していた。




一応傘で隠しているのが、総司の良心って奴です。
でも酷い雨で、人通りが皆無だと思ってくださいませ〜〜。



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