仲直り



総司と歳三の喧嘩は、痴話喧嘩とも言うべき他愛のないものが多い。
もっとも、それほど頻繁にするわけではないが。
で、そんなときの二人は、どういう風かと言うと、取り立てて代わり映えはしないのである。
ただ互いに対する口数が少なくなり、いつも歳三に纏わり付いている総司が、歳三の元に行かなくなるというぐらいのものだ。
だから、二人が喧嘩をしているとは、気付かずにいるものも多い。
けれど、気の付くものは、二人がさっさと仲直りをしないものかと、気を揉む羽目になるだけである。


さて、そんな二人の仲直りの方法とは、一体どういう風なものか。
それは簡単。
たった一つの漆の箱があればよい。
この箱は黒漆を塗られ、歳三が好きな梅の花をあしらった金箔を施されたもので、歳三が京へ来てから買い求めたものである。
ただ、買ったのは歳三であるが、総司と一緒に選んだものである。
これは普段歳三の居室の、棚の上に置かれている。
その中に入っているのは、櫛と鏡、小刀に幾本かの細い組紐である。
つまり、総司の髪を結う道具類である。
総司の子供の頃から、総司の髪を結うのが、歳三の朝の日課で、それは総司が長じてからも変わりがなかった。
新撰組の副長と、一番隊長となっても、変わることが無く、いまだに続いていた。


それで、この箱をどうするかというと、仲直りをしたくなった方が、この箱を棚から取り出し、縁側に置いておくのだ。
それが、二人の仲直りの合図である。
総司は歳三の部屋には出入り自由だし、朝は夜番明けでない限り、喧嘩をしているとは言っても、隊務のこともあり、必ず歳三の元へ来るからである。
歳三が置くときは、『髪を結ってやるから、機嫌を直せ』という意味で。
逆に総司が置くときは、『ごめんなさい。私が悪かったから、髪を結って』という意味になる。
大人になるにつれ、素直に謝れなくなった二人であった。
だから、いつしかそういう風な暗黙了解が、二人の間で出来上がっていた。


さてさて、そんな二人、意地の張り合いも嫌気が差して、総司は稽古の終わった足で、歳三の部屋へと向かった。
総司が庭伝いに部屋へと来ると、歳三がこちらに背を向けて座っていた。
その姿に軽い溜息を吐きつつも、総司は視線をずらした先の縁側に、置かれている箱を見つけて、嬉しそうに微笑んだ。
置かれていた塗りの箱は、仲直りの合図だから、総司だけでなく歳三もそう思っていたということに、なるからである。
総司は沓脱石に上がったが、縁側の上には上がらずに、そのまま物も言わずに、箱の横に腰を下ろした。
歳三は一度もこちらを振り向かなかったが、総司が来たことは、その全身で感じていることだろう。
総司は特に気配を絶っているわけではなかったから。


総司が縁側に座り、手持ち無沙汰に箱の表面を撫でていると、衣擦れの音がして歳三の気配が近づいてきた。
歳三は総司の後に膝立ちになり、ほつれた髪を結わえていた紐を解いた。
「手を、退けろ」
歳三はそう言って、箱から総司の手を退かし、見事な金箔の施された蓋を開けた。
櫛を取り出し、丁寧に髪を梳いていく。
適度なしなやかさを持った髪が、歳三の手の中で綺麗に纏められてゆく。
そして、口に片方の端を銜え、纏めた根元を器用にきりきりと巻いていき結び終える。
総司の子供の頃からの手作業には、微塵の乱れもない。
この間、二人に言葉はなかったが、歳三が箱の蓋を閉めると、
「ありがとう」
総司がいつもの如く礼を言い、歳三に向き直った。


ぷいっとそっぽを向き、箱を手に立ち上がろうとした歳三を、総司はその手を掴み押し留めた。
「歳さん」
優しく、けれど力強く掴んだまま、総司がその顔をじっと見詰めると、
「悪かったな」
と、ぼそりと歳三は言った。
どうも、歳三は子供の頃から、悪戯をして怒られても、謝ることが苦手で、さらに悪戯を重ねるところがあった。
その謝るのが苦手な歳三が、精一杯の誠意を見せて謝ったのだが、ぶっきらぼうな物言いが総司の苦笑を誘う。
けれど、ここでそんな素振りを見せれば、歳三が拗ねるだけだと分かっているので、
「俺のほうこそ、意地を張ってごめんね?」
と、総司も殊勝に謝った。
「ああ」
「こっちを、向いて?」
歳三の頬に手を添え振り向かすと、総司はちゅっと唇を啄ばんだ。
「総司」
縫い止められたまま、唇を啄ばまれた歳三の顔が赤い。
「馬鹿。こんなところで……」
人に見られたらどうすると、歳三は慌てるが、
「だって、しばらくこうして、歳さんに触れれなかったんだもの」
総司はけろりとしたものだった。
それもそのはず、先程まで喧嘩していた二人が揃ってるこの場に、ほかの人間など怖くて近寄れたものではないだろう。
「もっと、触れたい」
そう思ってるからこその、総司の大胆な行動だった。


総司は頬に添えていた手を、首にずらし項を捕らえて、歳三を引き寄せた。
最初は軽く触れるだけの口付けを繰り返し、歳三の体から力が抜けていくのを感じて、徐々に深く合わせてゆく。
「んっ……はぁ……」
一頻り絡め合った後、離れた唇からは熱い吐息が、どちらからとも無く漏れて。
触れ合いたいと思っているのは、総司ばかりでなく、歳三も一緒だ。
そうでなくては、どこか潔癖なところのある歳三が、人目につくかも知れぬ場所で、総司の行為を受け入れるはずがなかった。
潤んだ目が、情欲を灯しているのが、何よりの証だろう。
とても舌を絡めあっただけでは、この熱は収まりそうに無かった。
いや逆に熱く火が灯った、というべきか。
つい、ちらりと部屋の方へと視線を走らせた歳三に、総司は気付くと下駄を脱ぐのももどかしく、縁側に上がった。
後は、締め切られた障子と、沓脱石の上に転がっている下駄が、何事かを暗示しているだけだった。




本当は、この後の甘いひと時が必要かなぁ? と思わなくもないんですが、ないほうがすっきりしていていいかなと。ダメ??(^_^;)
もっといちゃついた甘い二人をご期待の方には、申し訳ないで〜す。
とにかく、朝から濃密なときを過ごした二人に、間違いはないです。
特に『痴話喧嘩』の後という訳ではなく、仲違いした後は、いつもこんな感じで……。



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