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最初は、夢かと思っていた。 願望が見せる幻かと。 逢いたい、逢いたいと、毎日念じていたから、幻を見たのだと。 触れ合った躯は、暖かく現だと思ってはいたけれど。 翌日、目が覚めて、自分の小指に噛み跡が残っているのを見て、確かな現実だったのだと悟った。 でも、あれは生身の躯ではないはずで、となれば魂魄と言うべきものだろうか。 それなのに触れ合えるというのは、驚き以外の何者でもない。 歳さんがどうやってここへ来るのかは、知らない。 けれど、きっと月と関係があると思う。 あれから歳さんは、夜になると俺の元へやって来る。 ほぼ毎夜欠かさずに。 だけど、来ない夜もあって、何故だろうと首を捻って考えたら、そんな時は雨の夜や、闇夜のときで。 空に月のある明るい夜は、必ず来る。 でもある日、月が出ていたのに来なかったから、次に来たときに聞いてみたら、歳さんのいる所では雨が降ってたらしく、どうも此処と向こうと両方に月が昇っていないと、駄目らしかった。 それも、月の出に関係があるようで、月が空高く昇ってから、そっとやって来る。 だから来る時間は、まちまちだ。 月が昇りきる時間が、待ち遠しくて仕方がない。 今か今かと、障子に歳さんの影が映るのを待っている。 いつまで、こうして歳さんを待つことができるのか。 それだけが心配の種だ。 だって、俺の躯は、もう余りもたないだろう。 診察に来る医師は、そんなことはない、と気休めを言うが、自分の躯だ。 誰よりも良く分かる。 此処に歳さんが来た時に、悲しませたくはない。 できるなら、月のない晦日の日に逝って、歳さんが此処へ来る前に、今度は俺が歳さんの傍に行きたい。 それは叶わぬことだろうか。 副長の姿は、それは痛々しかった。 宇都宮で怪我をされ、歩くこともままならず、已む無く戦場を離れ、ここ会津で療養されるようになってから、気が塞いでいることが多くなった。 それこそ、先日局長の死を知らされてからというものは、尚更で。 慰められぬ自分にも腹が立った。 しかし、実際に副長を慰められる人間など限られていて、その人たちは既に副長の傍らには誰もいなかった。 そんな日々が過ぎようとしていたが、ある日を境に副長の機嫌が変わった。 どこか晴れ晴れとした表情で、うきうきと心浮き立つような素振りになった。 沈み込み陰りを見せていた顔も、色艶も良くなって生き生きと輝きだしたのだ。 と、同時に無茶をするようになった。 以前は部屋に篭っていることが多かったが、近頃は怪我が癒えていないにも拘らず、外を歩き回る。 ただ歩き回るだけでなく、会津公に請うて、局長の墓を建て、その様子を見に行ったりもするのだ。 そんな変わりようを、私は訝しく思っていた。 けれど、きっとそれは副長の指にある、赤い跡に関係があるような気がする。 いつからか、掠れることなくあるそれ。 とても気になる。 何かの暗示のようで。 しかし、それが副長の心の平穏になっていると、本能が告げていて、問うことすらできなかった。 不思議なこともあるもので、ある日ふと気付くと、総司の元へと行っていた。 寝巻き姿のまま、総司の療養している植木屋の庭先に立っていたんだ。 それまで、会津にいたから、俺は混乱した。 どうして此処にいるのかって。 けど、総司の顔を見たら、途端にそんなことはどうでも良くなった。 ずっと、逢いたい、淋しいと思っていたから、逢えたんだと。 それでも、触れれば消えるのではないかと、慄いていたが、総司の温もりに触れ、愛撫を施されて、我を忘れた。 でも、これが現のことか、それとも夢幻かと、不安になって総司に言えば、笑って小指を跡が付くほど噛まれた。 現実だよ、と。 そして、あくる朝、会津の宿で目覚めれば、小指の噛み跡と躯中に残る愛撫の跡が、昨夜の確かな証拠として残っていた。 翌夜、また総司の元を訪れた俺の眼に、俺がつけた跡が総司の指に残っているのを見つけて、俺は凄く嬉しくなった。 この噛み跡が、二人を繋ぐ絆のような気がするのだ。 そして、怪我をした当初は、戦いに出られぬことが嫌で、早く治れと思っていたが、近頃は治らなければ良いとさえ思う。 きっと足の怪我が治らないうちは、総司の元へと行く事が叶う気がしていた。 だから、じっとしてろと言う医者の言うことも聞かず、歩き回ってあまり治らぬようにしたりする。 その度に、島田にはお小言を喰らうのだが、そんなことはどうと言うこともない。 総司の元へと行けば、この怪我も優しく愛撫してくれる。 至福のときである。 ただ、不満は月夜のときしか、何故か総司に会えぬことだ。 夜毎、逢いたいのに。 逢って、温もりを感じ逢いたいのに。 今宵も月が昇る。 互いの指に、消えぬように、噛み跡を刻みに行こう。 |
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『生魄』の続きです。 総司と、島田と、土方さんの一人語りでお送りしました。 もう一編、この続きがありますので、お楽しみにお待ちくださいv |
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