追儺の鬼



いつもに比べて少ない書類と格闘していた歳三だったが、部屋の外に人の立った気配でそちらに顔を向けた。
一拍置くようにして障子が開き、顔を見せたのは歳三が思ったとおりの人物、総司だった。
「巡察、無事滞りなく終わりました」
後ろ手に障子を閉め、右手に持っていた刀を置き、歳三の目の前に端座しながら総司は言った。
「何事もなく、か?」
「ええ、我々を見て逃げる人もいなかったし、ね」
近頃は、新撰組と知って突っかかるものは少なくなった。
だがそれを手放しでは、喜んでおられぬ。
その分、巧妙に隠れている気がしてならぬからである。
「はい、歳さん」
そう言って総司が歳三に差し出したのは、懐紙をおひねりのようにしたもの。
「今日は節分でしょ。だから、豆菓子」
歳三がそれを開くと、色とりどりに染められた豆菓子で、一つ摘むと口に放り込んだ。
かりかりっと、噛み砕くと香ばしい香りがする。
甘くないそれは、歳三の好みにも合った品だった。
「ところで、歳さん。今夜、出掛けませんか?」
歳三の後ろの書類を数えるように見ながら、総司は聞いた。
「出掛けるって、何処へ?」
思い掛けない誘いに、ぼけっとしたまま歳三は聞き返した。
「家の近くにある寺で、夜に節分会があるらしいんですよ。そこへ行きません?」
『家』というのは、二人が借りている休息所のことだ。
「わざわざ行くのか?」
歳三が言うのも、もっともだ。
なにせ、ここ壬生では節分に行われる有名な壬生狂言があるのだ。
それをわざわざ違う場所まで行こうというのは、酔狂なことだと思ってもしかたがない。
「こっちは二度目だけど、向こうはまだ見てないからね。一度見てみたいと思って」
総司の誘いには弱い歳三のこと、自分の周りの書類を確かめるように見回して、夜までには間に合いそうだと見極めをつけた。
もっとも、総司も歳三の仕事量を見越しての誘いではあったろうが。
「判った。なんとかなるだろう」
「そう、よかった。夜に篝火を焚いて行われるらしいんで、それが綺麗だって」
仕入れた情報を歳三に言いながら、総司はにこにこと嬉しそうだ。
その総司の顔を見るだけで満足する自分に対し、歳三は苦笑うしかない。
「しかし、都人に鬼と恐れられる俺たちが節分会、とはな」
自嘲するかのような歳三の哂いと呟きも、総司は何処吹く風で、
「いいじゃないですか。それも一興でしょ」
からからと笑った。
「それに、長州の妄執の鬼を、祓うのが俺たちだし。案外的外れじゃないですよ?」
「なるほど、それもそうだな」
総司の言い分に、歳三の気分も晴れた。
「じゃあ、先にいつもの茶屋で待ってるから、段取り終わったら来てくださいね」
総司は歳三の唇をちゅっと盗んで、風のように出て行った。






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