護り刀



去年は将軍御上洛を願うため近藤が江戸に来たが、今回はそんな目的もないため歳三がやってきた。
今回は純粋に、江戸での隊士募集に尽きる。
歳三は試衛館に腰を落ち着けて、隊士募集を行う予定だ。
同行者は、伊東甲子太郎と斎藤一だが、伊東は夜には自宅に戻り、ここには昼間だけやってくることになっている。
伊東なんぞと一つ屋根の下では息が詰まると、歳三が甘言を弄し言いくるめたのだ。
斎藤の場合は、帰る家は既に兄が家督を継いでいて、斎藤の居場所などなくなっている。
だから、試衛館に歳三と一緒に寝泊りすることになった。
また、昼間は伊東のみならず、去年近藤に先駆けて江戸に入り、隊士募集に奔走していた藤堂が引き続き動いていたから、その報告に来る手筈になっている。
そんな事情はさておき、江戸についた歳三はいったん試衛館に草鞋を脱いでから、周斎の隠居所へと足を向けた。
もちろん斎藤も同行している。江戸には伊東の知己も多く、歳三の身の安全を図るための処置だ。
「お久し振りです」
紋付羽織袴姿の歳三は、周斎の前に座り頭を下げた。
斎藤は二人の邪魔にならぬように、別室で休んでいる。
「おお、二年ぶりだなぁ。歳」
「はい」
江戸にいた頃と違う歳三の威儀ある姿に、周斎は目を細めてしみじみと見た。
「お加減はいかがですか?」
周斎は脚気でだいぶ具合が悪いと聞いていたのだが、今見る限りではそうでもないようだ。
「おお、昨日今日とずいぶん良いわい」
からからと豪快に笑う周斎に、歳三はほっとした。
「先生。これを総司から預かってきました」
挨拶もそこそこに歳三が懐からおもむろに取り出したのは、袱紗に包まれたもの。
「以前、総司が用立てていただいた金子です」
周斎の前にすっと差し出し、再び頭を下げた。
総司が新撰組での働きによる手当てやら報奨金やらを、二年間貯めたものだ。
周斎は、歳三と袱紗を交互に見比べていたが、やがて、
「歳よ。総司が返すよりは、お前が返すのが筋だろうが」
周斎が言うのも無理はない。
総司が周斎に借りた金子と言うのは、歳三の刀・用恵国包を質受けするために、総司が借りた金だからである。
「ええ、総司にもそう言ったんですが、借りたのは自分だからと、言うことを聞きません」
この金子を預かるにあたって、総司と歳三は随分揉めた。
元を正せば歳三の行いが招いたことだから、己が返すと歳三が主張をするが、いいや元はどうであれ借りたのは自分だから、と譲らない総司。
押し問答を繰り返し、結局歳三が総司の意を汲み、折れて預かってきたのだ。
「わしが、総司から受け取れるはずがなかろう」
周斎は用立てるにあたって、出世払いで返せ、とは言ったがそんなものは本心ではない。
それは単なる言葉の綾だ。
年端もいかぬ時分から可愛がっていた可愛い愛弟子が神妙に頭を下げたのだ、それだけで何でもかなえたくなるではないか。
「そうも、言ったのですが……」
歳三は苦笑を頬に刻むしかない。
それぐらい総司にも分かっているはずたが、一種のけじめと言うことだろう。
総司と歳三の仲を半ば公然と認めさせたことへの。
そう斟酌して、歳三は預かってきたのだ。
「総司に持って帰れ。とは言っても、返せば今度は早飛脚で送ってきかねんな、総司の奴」
総司の性格を知り尽くした師匠は、溜息をつく。
「はい、多分総司の気性なら」
歳三にも想像できる出来事だ。
それだからか、周斎は袱紗を引き寄せ、金子を一度手にした。
ずっしりと重い金子は、総司が殺めた命の代価か。
はらりと袱紗を開けば、思いのほか多額の金子で、
「こんなに、貸してねぇぞ」
周斎が言えば、
「はぁ、なんでも利子だとか」
「利子? 総司も律儀なことよ」
呆れるような口調の中にも、愛弟子の心遣いに周斎が嬉しく思っているのは伝わってくる。
「では、これは確かに受け取った、と総司には言え。が、実際わしが懐にいれれるわけがない。お前に預ける。総司が金子を入用になったときに使え」
周斎は金子を包み直し、歳三の前に置いた。
「分かりました。それまで大事に預からせていただきます」
歳三は周斎の愛弟子を思いやる心ごと押し戴いて、金子を仕舞った。
いずれ総司にも周斎の心遣いが伝わる日も来よう。
「で、先生。代わりといってはなんですが、これをお納めください」
先の袱紗を脇に置き、歳三が取り出したのは別の袱紗。
「質受けした私の刀代です」
先に周斎が言ったように歳三が返すのが筋だし、周斎が総司からの金を受け取るはずがないのは明らかだったが、歳三からなら受け取ると踏んでの行為だ。
「ほ……。お前からかい?」
ちょっと驚いたように目を開き、からかうような素振りである。
「はい」
だが、歳三は神妙に頷いた。
「よかろう。これは頂戴しとこうかの」
思ったとおり、周斎は歳三からは素直に受け取った。
「ありがとうございます」
一つ肩の荷が降りたと、歳三はほっとした。
「それで、当の刀を差しておるのか」
周斎は歳三の脇に置かれている刀を見遣ったが、以前に見た拵と違っていたので、そう聞いた。
「はい、これがそうです。京で拵えだけは新たに誂えましたが」
歳三は脇に置いていた刀を、周斎の前に置き直した。
「違う刀を差してるように聞いていたがの」
会津お抱えの刀鍛冶・十一代目和泉守兼定の刀を愛用していると、周斎は近藤から聞いていた。
「普段は違う刀ですよ。これは替えがありませんから」
和泉守兼定を替えがきく刀と言ってしまえるあたり、歳三の想いの深さがよく分かる。
「京は物騒で、とても使えません」
値の張る和泉守兼定の刀より、一段落ちる用恵国包の方が大事と言い切る歳三の、それは掛け値ない本音だろうか。
「ほっほっほ。重くはないか?」
刀に託した総司の想いが、と周斎が言外に匂わせた意味を、歳三は過たずに理解し、
「いいえ、けっして。これは私の護り刀です。二度と手放そうなどとは思いません」
刀に託けて宣言した。
きっぱりと言い放つ歳三の姿に、周斎は清々しさを覚え、成長したなと、目を細めた。






>>Menu >>小説 >>双つ月 >>護り刀