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巡察の報告を終えた総司が、副長室に常備してある総司専用の菓子箱を開けて寛ぎだしたのを見つつ、歳三は何気なく山崎から報告を受けた話を話し出した。 「大坂の内山が、殺されたそうだ」 「大坂の内山? 誰です、それ?」 二人分の茶を淹れながら、総司は聞き返した。 名前に覚えがなかったからだ。 「相撲取りとの乱闘で……」 歳三が思い出させるように言うと、総司はちょっと考え込んでいたが、ようやく思い出したようだ。 「ああ、思い出した。確か奉行所の差配違いなのにしゃしゃり出てきたって、先生が苦り切ってた与力だ」 総司は自分に何らかの関わりがある人間の顔や名前を覚えるのが得意である。 子供の頃から近藤家という他家で世話になり、また人に指導する立場になった所為もあっての特技であった。 幼い頃から他人の間で育った総司の、処世術とでも言うべきものだろうか。 その総司が、歳三が思い出させるまで全く覚えていなかったと言うことは、内山と言う存在が総司にとってたいした影響を及ぼす人間ではないと言うことを意味していた。 言い換えれば、近藤にも影響を与えない人間であると言うことだ。 「当たりだ。その与力が先日殺されてな。天神橋の袂に梟首されたそうだ」 「へぇ。そんなことがあったんだ」 相槌を打ちつつ、総司は菓子の一つと茶を差し出した。 「お前、誰の仕業だと思う?」 総司の淹れたお茶は美味い。 温度も味も、申し分なく歳三の好みである。 そのお茶を飲みながら、歳三は総司の見解を聞いた。 「誰の? う〜〜ん、長州とか土佐じゃないの? 前にも江戸に戻る途中の与力を、殺したことがあるって聞いた気がするし」 総司たちの前身である浪士隊が上洛前の出来事である。 天誅の嵐が吹き荒れた当初のことだ。 「まぁ、それが妥当なところだろうな」 総司の意見を聞き、歳三は頷く。 どう考えても与力を殺すなど、昨今勤皇を名乗る無頼の輩のしそうなことだ。 だが、見過ごしには出来ない噂もあるのだ。 「斬奸状もあるんでしょう?」 斬奸状とは、悪人と勝手に断じた者を斬り殺すのが正当だとして、その理由などを書き記した書状のことである。 「ああ、ある」 内山の場合も、ご多分に漏れず首のそばに立てられていた。 『私欲に任せ諸色高値の根源を醸し、万民の悲苦を厭わず、その罪天地に容れる所也 天下義勇士』と。 「へぇ、天下義勇士ねぇ。大層な名だね」 総司が可笑しそうに笑う。 名前が大層なものほど、中身が伴わないものだと言う風に。 「で、そんな話をするってことは、俺たちが動くの?」 あまり頼りにならぬ奉行所の代わりに犯人探しをするのか、と言う意味だが歳三は首を振った。 「いや、そんなことはしねぇ。そんな要請なんざ、きてねぇよ」 「そう……」 ならば、何故こんな話をしだしたのか、総司には不可解で首を傾げてしまった。 「ただ、一部には俺たちの仕業だと言う者もある」 「俺たちの? 何で?」 思いもしないことに、総司は首を傾げた。 内山という与力の死が、何故新撰組の仕業とされるのか、総司には不可解でしょうがない。 「近藤さんが赤っ恥を掻かされた、その腹いせだとさ」 歳三は不機嫌そうに、煙管に火をつけ一服吸った。 「は? それって、あの時に横槍って言うか、そんなのを入れられたから?」 「ああ、そうだ」 総司の言葉を、歳三は煙を吐きながら肯定する。 「ふ〜〜ん。そんなに根に持つ人じゃないけどねぇ。先生は」 どうにも釈然としなくて、総司はごろりと寝転びながら言った。 「それに、生粋の武士ではないと罵られたからだ、とも……」 歳三は山崎が仕入れてきた大坂での新撰組の噂を逐一教えてやる。 「え? そんなこと言われたの? 初耳だけど」 驚いた総司は、がばりと起き上がって歳三に詰め寄った。 「いや、まさか。俺もそんな話は聞いてない」 その様に歳三は苦笑を浮かべて、否定してやった。 「へぇ。だったら、どっからそんな噂が出るのやら。見てきたように物を言い、とは言うけどさ」 ほっとしたように菓子をぱくりと口に入れて、代わりに心底呆れたといった表情を総司は浮かべた。 「それにしても、一年も経ってからとは、不自然じゃない?」 行儀悪く胡坐をかき、足首を掴んで体をゆらゆらと揺らしながら、歳三に質問をした。 「まぁな。だが、大坂での金策に邪魔だったなんて、言いふらす奴らがいるらしい」 確かに金策というか、商人に献金させていた事実はある。 けれど、それは会津藩からの依頼もあってのものだ。 芹沢がいた頃のような押し借りではない。 「金策って……」 だから、総司は言葉に詰まったのだが、同じだとみなす者が多いのも事実だろう。 「それに、大坂の与力の風聞が良くなくて、探索していたのは事実だからな」 それに、もう一つ誤解を生む下地があったことを、歳三は総司に思い出させた。 「ああ。でも、それは内山って与力を調べてたわけじゃないでしょう?」 「もちろんだ。一与力だけを調べてたわけじゃない」 総司の言うとおり、内山の行状を調べていたわけではない。 大阪奉行所の与力の悪い噂があるから、外部である新撰組がその内情を調べてくれと依頼を受けた末でのことだ、 その結果がどうであれ、新撰組が直接手を下すことなどありえない。 まして、それが私怨だなどと、勘違いも甚だしいことだ。 噂を撒かれる種は少なくしなければならないが、新撰組を敵視するものによって、どうしても悪い噂が撒き散らされる。 歳三にとって頭の痛いことだった。 それともう一つ、歳三にとって頭を悩ませることがあった。 それは、総司のことだ。 総司が近藤をどう思っているか、と言うことであった。 将軍家茂の護衛をするまでになり、名実ともに武士に成れたと喜ぶ近藤の浮かれようは、端で見ていて可笑しく感じるほどだ。 性格が変わったのかと思うほどに。 元が同じ百姓の出である歳三には、理解できない話ではないのだが、微禄とは言え武士の出である総司はどう思っているのか、それは歳三にも図りかねた。 だから今、近藤の好からぬ噂が流れて、それを総司がどう判断するか、歳三は不安だったのだ。 「もし、近藤さんが犯人だったら、どうする?」 そんなわけで、歳三は気になって聞いてみたのだが、 「え? 先生が? 有り得ないでしょ」 総司はからからと一笑に付した。 「だから、もしも、だ」 「そう言われてもさ。先生がするなら俺に一声あるでしょう? それがなかったんだから、有り得ないよ」 総司に言う通りではある。 芹沢の暗殺の時でさえ、奴に懐いていた風であった総司を、その討ち手に入れたのだ。 内山如きであっても、いやそれだからこそ、総司の手を借りぬわけがないのだ。 「それにいくらなんでも、幕府の役人をどんな理由があれ、斬るなんてことはしないでしょ」 「本当にそう思うか?」 噂は所詮噂だと、総司は思い切れるのだろうか。 それほど近藤を信じられるのかと、歳三は不安に思っていた。 「当たり前じゃない。噂は噂。俺がそれを信じるわけないでしょ」 俺は自分の目に見えることしか信じないよ、と総司は皐月の空のように晴れやかに笑った。 「どんなに変わったように見えても、先生は先生だよ。歳さんが歳さんであるようにね」 自分自身に疑心暗鬼になっていた歳三の胸に、総司の言葉はすとんと落ちた。 「噂ほど当てになんないものはないよ。偶に本当のことも混じってたりするからややこしくなるけど」 歳三が手にしていた煙管を取り上げて、総司は唇を寄せた。 緩く歳三の膝に手をつき、それ以外のどこにも触れずに、ちゅっと唇を啄ばむと、自然と歳三の口が開く。 総司はそのまま舌を忍ばせて絡めて、歳三の口に微かに残る煙草の香りを楽しんだ。 「だって、歳さんがこんなに可愛いの、誰も知らないもんねぇ。噂に惑わされてさ。もっとも、だから俺一人が独り占めできて嬉しいけどさ」 歳三の愛撫にほんのり頬を染めて応える歳三は、本当に可愛いと総司は思う。 鬼と言われつつある歳三の総司に見せる姿は、どれも総司にはいとおしく愛らしささえあるものだ。 腕の中に閉じ込めて、誰にも見せたくないほど。 「馬鹿。それを言うならお前もだろ」 今度は歳三から、総司の口を塞ぐ。 項に手を回し、貪るように口付けてくる。 こういう負けず嫌いなところが、可愛いと総司が思う所以でもあるのだが、歳三は気づいているのかいないのか。 「俺?」 思う存分貪って離れた口を残念に思いながら、総司は首を傾げる。 既に図体もでかくなって、可愛いとはお世辞にもいえないと、総司は思うのだが。 しかし、そういう幼い頃から癖になっている姿が、歳三には欲目もなしに愛しく可愛いのだ。 「ああ、俺にはいつまで経っても、可愛い総司だ」 だから、つい甘やかすのだと、歳三は艶やかに笑った。 「ふふっ。なら、もっと甘やかしてよ」 子供じみた甘えた仕草で、総司は歳三を自分の下に引き込み、上から見下ろすように歳三を包み込んだ。それだけで歳三は甘く熱い吐息を吐き、白い腕と脚を総司に絡ませた。 それに応えるように、総司の手が歳三の体を弄ってゆく。 肌蹴られ肌寒さを感じる間もなく、辿る総司の唇に触れられた歳三の体は熱を帯びていき、それに煽られて総司も熱を孕んでいく。 後はただ、互いの熱い肌に溺れてゆくだけ。 |
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最初シリアス風だったのに、最後は甘々になっちゃいましたね〜。 やっぱりというか、なんというか。 それにしても、思いついた文章を思いつくまま繋いだら、いつも以上に支離滅裂になったような気も……? |
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