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コンッと小気味よい音が耳に響き、総司は目を覚ました。 腕の中に居たはずの人がいないのにそれで気づいて、寝ぼけたまま手探ってみても行き当たらぬ。 夢うつつを彷徨いながら、辺りを見回しふと窓辺を見れば、その探し人が腰高の障子を開けて、青白い月光を浴びていた。 透き通るような白い肌と、艶やかな黒い髪の対比が、月の光を吸い尽くすかのように美しかった。 紫煙が一筋、窓の外へと流れていき、月に絡まる雲にとけていく様は、まるで一幅の絵のようで、誰にも邪魔のできない空間のようであった。 しばし、見蕩れていた総司だったが、ぼうっと外を見たまま、自分を見ない歳三に焦れ、我慢できずにとうとう声をかけてしまった。 「歳さん」 歳三に降り注ぎ、独り占めしているかのような月に、嫉妬したのかもしれない。 掛けられた総司の声に驚くこともなく、歳三は静かに振り返り、 「起こしたか?」 穏やかに問うた。 「いいえ」 総司はそれに、ゆるく被りを振る。 確かに総司を起こしたのは、歳三が煙管を煙草盆に打ちつけた音だったし、それがなくても歳三が腕の中にずっと居なければ、それで目を覚ましただろう。 どちらにせよ、歳三が起こしたには違いがないが、それは総司の事情というもので、歳三には与り知らぬことだと、総司は否定したわけだ。 「そうか」 そんな意図が伝わったのか、歳三はかすかに笑っただけだった。 寝そべる総司から、垣間見える屋根の雪は、寝ている間に積もったものらしい。 道理で冷えるはずである。 歳三の吐く息も、仄かに白く見える。 「夜着の列を見るのもいいけど、こうして歳さんのだけを見るほうが、やっぱりいい」 「馬鹿……」 総司の言ったのは、以前歳三が詠んだ句のことだ。 総司は歳三が句をしっかりと覚えていて、こうして二人きりのときに時々歳三をからかうのだ。 それも言葉遊びのような、睦言の一つのようなものだから、歳三も文句は言わない。 それどころか、くすぐったそうな照れた表情を見せる。 だから、総司も止められなくて、繰り返すことになるわけだ。 そんな他愛もないやりとりをしながら、布団の端ぎりぎりまで、総司はすり寄っていき、 「ねぇ」 と言って、歳三が肩に羽織っていた夜着を、するりと滑り落とした。 「総司」 総司の悪戯な手を窘めるような歳三の声だったが、 「寒いだろうが」 その声は柔らかく、無理矢理奪い返すこともしないし、裸の肢体を惜しげもなく晒していた。 「うん。そこにそのままいれば、ね」 総司の言葉の続きを待つように、総司を見る歳三の眼は優しい。 「でも、俺の腕の中は暖かいよ」 そっと広げてみせた腕の中の居心地の良さは、総司に言われるまでもなく歳三が一番よく知っている。 居心地が良過ぎて、いつまでも居たいと思うほど。 けれど、引き寄せるでもなく、歳三自ら来て欲しいと望む年若く我侭な恋人に、微苦笑を浮かべた歳三は、そのまま根競べをしても勝てるはずもなく、早々に白旗を揚げることにして、音もなく障子を閉め総司の包まる布団に潜り込んだ。 閉じられた障子の向こうで、二人のそんな姿を見損ねた月は、空の上でほっとしたかもしれない。 |
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二人の姿を見れなかったお月様は、もしかしたら悔しがったかもしれません。皆様が月なら、どちらに思われますか? |
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