見こして見ゆる
会津藩の本陣として使われている黒谷の金戒光明寺は、浄土宗の総本山である。
四万坪近い敷地を有したその構えは壮大で、寺というより城である。
総司は一人、その黒谷へと急いでいた。
歳三が黒谷へと出向いており、その出迎えである。
歳三は近藤と二人で訪れたのだが、細かな交渉ごとを公用方の人間とするのに、近藤を供の隊士と共に先に帰してしまい、先に帰ってきた近藤に、迎えにいくようにと総司は言い付かったのだ。


副長となった歳三はとても忙しく、共に出歩ける機会など殆どなく、江戸にいた頃は歳三にずっと引っ付いていた総司には、それが一番不満だった。
もっとも、そんな不満は見せぬようにしているつもりだが、それも怪しいものだと思う。
こうして、近藤に歳三のお迎えを言い付かるようでは。
それでも迎えに総司が行った時の、歳三の顔を思い描くだけで心が弾むようだ。
二人で帰る道すがらの、ほんのひと時が、総司にはなによりのご褒美だった。
真っ直ぐに屯所へ帰らずに、少しだけ回り道して帰ろうと、総司が誘えば、歳三も形ばかりの小言を言いながら、従ってくれるのだ。


共に帰る帰りが待ち遠しい総司が歩むその先には、金戒光明寺の三門が見えてきた。
その三門の屋根に掛かるように、春の昼中の月がぽっかりと、浮かんでいた。
その玲瓏とした美しさは、総司に迎えに来た歳三を髣髴とさせ、その顔を総司は早く見たくて堪らなくなった。
ほんの半日顔を見なかっただけで、本当に堪え性のないと、自問自答しながら総司の足は速くなっていった。



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