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総司が、ぱたぱたと足音を立てて、土方の部屋へとやって来て、 「ねぇ、歳さん。初天神に行きませんか?」 無遠慮に障子を開けるなり、言った。 以前は、その無作法に、いちいちお小言を喰らわせていた歳三だったが、総司が他の人のいるときなどには、そんな振る舞いを一切しないことに気付いてからは、ただ好きなようにさせていた。 「初天神?」 「ええ。上七軒の北野の天満宮で、あるそうですよ」 北野天満宮の御祭神菅原道真の誕生日と、薨去の日である二十五日に併せて、御縁日が開かれるのだが、年の明けた一月二十五日は、特に初天神と言われ、大層賑わうのだ。 「明後日なんですけど、どうですか?」 歳三は、自分の仕事の内容を確認したが、今のところは行けそうだ。 「お前は非番だったか?」 総司の予定に頭を巡らせ聞けば、 「昼はね。夜は当番ですけど、それまでには戻れるでしょ」 そう、返事が返ってくる。 まぁ、総司が歳三を誘いに来たときから、その辺はちゃんと確認しているだろうとは思ったが。 「今のところは、特に用事も入ってないから、行ってもいいが。だが、急用が入れば駄目になるぞ」 それぐらい分かっているとは思いつつ、念のため、歳三が確認すれば、 「ええ、分かってますよ。いくら俺でも、そこで駄々を捏ねるほど、子供じゃないですよ」 と、総司の膨れっ面が応えた。 その仕草に苦笑しつつも、 「それならいい」 歳三は応えを返した。 忙しい歳三を慮って、休養させようとの総司の意図だろう。 なら、それに乗ってやるのも悪くないと、歳三は思う。 大概、己も総司には、甘いと笑いながら。 当日、稽古を終えた総司は、朝餉を食べている歳三に、予定が大丈夫か聞いてきた。 「ああ、大丈夫だ。一通り終えてある」 「そう、良かった。先生にも、ちゃんと許可を貰っているから……」 「手回しがいいな」 「そりゃ、ね」 総司は茶目っ気たっぷりに、片目を瞑って見せた。 「じゃ、食べたら出掛けましょう」 「そんなに、すぐか?」 「ええ、その方がゆっくり出来るでしょう?」 夜までゆっくり出来ないからと、にっこりとそう言って、総司は立ち上がった。 「それに、朝からは祭典があるらしいですよ。折角だから、それを見ましょうよ」 稽古着のまま歳三の元を訪れていた総司は、 「じゃ、私は着替えてきますから、歳さんも着替えてくださいね」 歳三に着替えるように言って、出て行こうとした。 「おい、この格好じゃ駄目なのか?」 歳三は自分の格好を見てみたが、出掛けるのに不都合な格好とは思えなかった。 「だって、それ地味じゃないですか」 歳三の着てるのは黒の着物だ。確かに地味ではある。 「折角、縁日に出掛けるんですから、もう少し明るい色のを着てくださいよ」 黒も似合うけど、淡い色も似合うんだから、と真顔で言われて、歳三の顔がほんの少し紅くなった。 上七軒には、何度も足を運んだことのある歳三だったが、天満宮自体に足を向けるのは、初めてだった。 足を踏み入れてみて、流石に天満宮の総本山だけのことはあると、唸った。 初天神の所為もあるだろう、縁日目当ての凄い人込みだ。 うかうかしていると、迷子になりそうだった。 総司に引っ張られるようにして、祭殿前で行われる祭典を見て、縁日へと繰り出した。 二人とも、こざっぱりとした紬を着ていた。歳三は白っぽいものを、総司は青いものを。 結局、総司に甘い歳三は、総司の言うとおり着替えたのだ。 総司は総司で、歳三が着る物を、持っている中から想像し、合わせるような物を選んでいた。 露店には、様々な品物が並び、道行く人の目を楽しませる。 植木や骨董、古着などを扱う店もある。 「骨董が多いですね。一さんが好きそうだ」 「そうだな。確か奴も今日は非番だったろう。来てるんじゃないか?」 「いえ、今日は来てないと思いますよ」 「何でだ?」 断定的に総司に言われて、歳三は疑問を呈した。 「だって、俺たちがここへ来ると言ったら、『じゃ二人に中てられないように、行くのはやめよう』って、言ってましたから」 「お前、それ……」 歳三は総司の台詞に、二の句が告げなくなっていた。 (もしかして、ばれてるのか? 総司との関係が……) そう考えると、血の気が引きそうだ。 「そんなことは、どうでもいいじゃないですか。楽しみましょうよ」 「どうでもいいって、お前」 「ばれてても、俺は気にしませんよ。歳さんとのことなら」 にこにこと、邪気のない笑顔で言われれば、歳三は溜息を吐くしかなかった。 あちらこちらと、楽しげに品定めをしていた総司だったが、急に思いついたように歳三を振り返った。 「そうだ。歳さん、筆を買いましょうよ。確かこの前、そろそろ買い換えないと、って言ってませんでしたか?」 「ああ、言ったが……」 「じゃ、ここで買いましょう。ここって書の神様でもあるんでしょ。縁起がいいじゃないですか」 「この中から、筆屋を探すのか?」 露店の多さに、少しうんざりした気持ちで歳三が言えば、 「それぐらいなんですか。そんな歳でもないでしょうに」 呆れたように歳のことを持ち出されて、思わずむっとした表情を浮かべてしまった。 「そんなに剥れないで。可愛いけど、さ」 さっと、総司は歳三の手に口付けて、慌てる歳三を気にすることなく、その手を引っ張って店探しに歩き出した。 「これなんか、どうです。書きやすそうだけど……」 総司は歳三の好みも考えながら、書きやすそうな筆を選んで見せた。 「これか」 総司に選んでくれと言っていた歳三は、筆を受け取り、筆の具合を確かめた。 穂先の細さといい、軸の加減といい、歳三の好みに合っているようだ。 さすがに俺の好みをよく分かってると思いながら、歳三が総司を見遣ると、もう一本別の筆を選んでいた。 「お前も、筆を買うのか?」 何気なく聞けば、 「いえ、俺のじゃなく、山南さんに買っていこうかと思って」 と思いがけない返事が返ってきた。 「山南に?」 「ええ、山南さんには、いい土産でしょ。今度行ったら渡そうと思って」 しゃがみこんでいた総司は、そう言って歳三を振り仰いだ。 「…………」 総司に他意のないのは分かっているが、山南と揉めている自覚のある歳三には、返す言葉がなかった。 「ねぇ、歳さん。山南さんのこと、気にしてるの?」 「…………」 先程、山南の名を出したときから、頑なな歳三の様子に、内心溜息を吐きながら、総司は梅園の方へと、歳三を誘った。 山南は西本願寺への屯所の移転問題で、歳三と対立したまま、病の療養と称して、大津に引き篭もってしまっている。 昨年の伊東たちの入隊以降、隊に復帰し元気を取り戻したかに見えたのだが、西本願寺への移転が取り沙汰され、山南の意向に土方たちが従う意思がないと分かると、また舞い戻ってしまったのだ。 山南にも、屯所が手狭になっているのは重々承知しているが、己の節を曲げたくないのだろう。 だが、総司には、山南も歳三も、どちらも大切な人間なのだ。 仲良くしてもらいたいと思うのは、我侭だろうか。 だから、少しでも山南の気持ちを解そうと、近々見舞うつもりで、総司は筆を買ったのだ。 「歳さん、ほら」 物思いに沈んだままの歳三に、総司は目の前の梅の枝を指し示した。 そこには、白梅が一輪、花開いていた。 たった一輪。けれど、その凛とした姿が美しい。 今、総司の前で梅に見入り、佇むその人のようだ。 「歳さん」 魅入ったままの歳三の後ろから、総司は覆いかぶさるように抱きすくめた。 歳三をこうして、何者からも守れることを願いながら。 「歳さん、今度は満開の時に、来ましょう」 目を閉じて万感の想いを込めて、耳元にそっと囁けば、歳三が自分の前に廻った総司の腕を掴んで、そっと頷く気配がした。 |
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ちょっと、最後のほう、話が重くなってしまいました。ふう〜。 |
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