公用に出て行みちや春の月
黒谷へと呼び出された歳三は、総司を伴って出掛けた。
黒谷などに新撰組の用で副長として出掛けるときは、必ず一人は供をつけるようにしている。
新撰組と知って、襲ってくる輩からの護衛のためである。
気心が知れていたし、一人だけの供のときは、総司や井上、斎藤などを供に連れて行くことが多かった。
特に総司は、歳三にとっても、もっとも気楽な相手だ。
だからついつい、総司に声を掛ける機会が多かった。
それに、総司は歳三と情を交わした相手であるから、その道行きは公のものではあっても、逢引に似たものになり、自然心が浮き立つのだ。
副長と一番隊隊長という間柄である、人目もあるからそうそう二人でいちゃつくことも出来ぬ、と歳三は思っていた。
だから、これぐらいは特権だろうと、副長としての権限を大いに利用している。
もっとも、二人の関係は試衛館の頃からの人間には、ばればれであったし、勘の良い人間などは気付きつつある。
それは、普段の歳三の総司に対する接し方を見ていれば、よくわかるのだ。


総司は歳三の半歩後ろを、歩いてゆく。
京へ来てからの総司の癖のようなものだ。
新撰組というだけで、売名行為の浪士たちに命を狙われる。
ましてや歳三は、副長であるという地位から、それほど顔を知られていないにも拘らず、血気に逸った輩に狙われることも度々で。
後ろからの敵に対処するために、横並びに歩くのではなく、斜め後ろを歩くようになったのだ。
もっとも、それはこういう公用の時のことであり、私用で一緒に出歩くときは、必ず並んで歩くようにしている。
総司が後ろを歩くことを、言葉には出さないが、歳三が淋しく思っていることを分かっての、総司の行動であった。
歳三が供を伴って出掛けるときは、巡察などの用が入っていない限りは、総司が付いて行く。
ただし、花街での宴会を含んでいるときは、大抵その供は井上のことが多かったが。
これは、妓といるところを、総司に見せまいという、歳三なりの気遣いらしかった。
けれど総司は、そこまでしなくても良いと思っていた。
歳三が、花街に行くのは公用であり、仕方がないと思っている。
それぐらいの分別は、つくようになっているつもりであった。


二人、夕闇の迫った道を特に急ぐでもなく、歩いてゆく。
黒谷へと呼び出されたものの、それほど急用という訳でもない用件に、少しでも共にある時間を長くしようと、二人の歩みは遅かった。
無言ではあったが、その沈黙は心地よいもので、何も語らずとも互いのことを想っているのが判り、それが居心地の良い空間を作っていた。
その後ろから、朧の月が二人の後を、追いかけて行った。



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