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天然理心流では、ひと月に一度、多摩周辺を回っての出稽古がある。 試衛館道場として、江戸に道場を構えているが、天然理心流の基盤は、多摩の地域であった。 三代目の周助か、その養子に入り四代目を継ぐ勝太の、どちらかが稽古を付けに回るというのが、ここ数年の遣り方だった。 江戸に残った方が、江戸の通い弟子たちの面倒を見るのだ。 しかし、今日はいつもと違った。 周助と勝太の二人揃っての、出稽古である。 そして、その二人の傍らに、もう一人、小さな剣客の姿もあった。 今回は一等先に立ち寄った先は、日野の佐藤家だった。 それには、訳がある。 今日はそう、宗次郎が一緒だったのだ。 宗次郎が、試衛館に弟子入りして、半年が経ち、みつに赤ん坊が生まれたこともあり、一度顔を見せようという、周助の心配りであった。 みつは、一昨年の秋に体調を崩し、婿の林太郎の生家である日野で、宗次郎とともに過ごしていた。 林太郎は、白河藩の江戸屋敷での働きがあり、また宗次郎の面倒は見れないとの理由からである。 それが、昨年妊娠が分かり、そのまま日野で過ごして、今年の正月明けに元気な男の子を産んだのであった。 佐藤家の当主・彦五郎に挨拶を済ませ、勝太は勝手知ったる、といった風情で、宗次郎を伴って裏庭へと回ってきた。 周助は彦五郎と共に、表座敷に上がりこんでいよう。 「よく居たな、歳」 歳三の自室といった趣になっている部屋の縁側で、歳三が胡坐をかいて待っていた。 表の声は、ここまで聞こえていたのだろう。 「何言ってんだ。この前行った時、桜の見頃に出稽古に来るって、言ってたじゃねぇか」 「そりゃ、言ったさ。だが、本当に居るとは思わなかった。さすが、宗次郎の威力は強いなぁ」 「宗次?」 歳三と宗次郎は、思わず二人顔を見合わせた。 「宗次郎が一緒に来るって言ったからだろう? 歳がちゃんと居るのは」 いつもはいるとは限らんだろう、と勝太は笑った。 その言い様に、歳三はふんっ、と鼻を鳴らした。余りに図星な所為だろう。 それが、なおさら勝太の笑いを誘った。 顔を逸らした歳三だったが、宗次郎の視線に気づき、振り向いてその格好を見た。 紺の絣に、同じ色合いの袴姿。 先日、みつから託り、試衛館に持っていった着物である。 みつは、赤ん坊が生まれるからと、宗次郎を試衛館に預けた呵責があるのだろう、せめて着る物ぐらいはと、せっせと針仕事をしていた。 その袴姿に、小さいながらも一人前に、竹刀道具を担いだ姿は、随分と様になっているように見える。 もっとも、後ろから見れば、竹刀道具が歩いているように、見えるだけだろうが。 「それ、一人で担いできたのか?」 宗次郎には重いだろうとの、懸念を感じて言えば、 「はいっ!」 と、宗次郎の元気な声が返ってきた。 それに、つい勝太のほうへ、歳三が視線をやれば、頷く仕草があった。 「随分、頑張ったよな」 ぽんっと、宗次郎の頭に手を乗せて、勝太は笑ったが、どこか苦笑気味で、少し言葉通りでない雰囲気だった。 後で話を聞くかと、歳三は決めて、庭に降り立ち、宗次郎の担いでいる荷物を取り上げて、縁側にと置いた。 「宗次。お前の来るのを、のぶ姉も楽しみにしてたぞ。まだ会ってないだろう?」 「うん」 宗次郎が大きく頷く姿を見て、歳三は笑いながら、手を差し出した。 「じゃ、茶菓子を貰いに行って、顔を見せてこよう」 「はい」 歳三の手をしっかり握り、母屋へと向かう二人の後姿を、勝太は微笑ましげに見ていた。 茶菓子を持って戻ってくると、勝太は縁側にごろんと横になっていた。 「おい、温くなってきたとは言え、転寝してると風邪ひくぞ」 歳三が苦笑しながら言うと、勝太は薄目を開けて、 「ああ、分かってるが、つい、な」 大きな口を開けて、欠伸をした。 その口の大きなこと。あの無骨な拳骨を、出し入れするだけのことはある、と歳三は妙な感心をしてしまった。 「ほら、茶だ」 眠気覚ましにと、持ってきた熱い茶を、歳三は手渡してやった。 その間に、茶菓子の大福を盆に載せていた宗次郎は、盆を縁側に置いてから、沓脱石から上へと上がり、ぺたりと座り込んだ。 行儀よく座った宗次郎は、 「はい、若先生」 と菓子鉢を差し出した。 「おう、ありがとよ」 そう言って、にこにこ受け取る勝太に、歳三は笑いを噛み殺した。 いつ聞いても、宗次郎の勝太に対する「若先生」との呼び名は、慣れることなく笑いを誘う。 なんでも、周助の御内儀からそう呼ぶようにとの、厳命らしかったが。 宗次郎を間に挟むように、腰を下ろした歳三だったが、先程彦五郎から聞いた予定を伝えた。 「今日は夕方に軽く稽古をして、本格的なものは明日にするそうだぜ」 「そうか。思ったより、来るのが遅くなったからな」 宗次郎が一緒だったため、普段着くよりも遅くなったのだ。 「なにやら先生と彦兄とは、相談事があるらしいし」 「ああ、そうみたいだな。俺もこれを喰ったら、顔を出すよ」 そう言いつつ食べる大福は、勝太の口なら一度に、菓子鉢の分全部が入りそうだった。 一頻り大福を食べ、満足したのだろう勝太が、周助の彦五郎の元へ顔を出すというので、歳三も湯呑みを厨に返しに一緒に立った。 宗次郎は一人、歳三が新しく作ってやった竹とんぼに興じている。 「宗次の奴、本当にあれを一人で持ってきたのか?」 「ん?」 竹刀道具を指で指し示し、 「ああ、あれか」 勝太は、思い出したのか、偲び笑った。 「いや、まぁ。頑張ってはいたんだが、やっぱり少々重いようでな。途中、後ろから分からぬように持ってやったりしたよ」 「だろうな」 子供足では、江戸と日野は結構遠い。それを剣術道具一式を持ってとなると、相当大変だろうと思う。 それなら、ここに宗次郎の道具一式を別に置いておくのも、良いかもしれない、と歳三は思った。 が、内心で思ったこととは別のことを、歳三は聞いた。 「しかし、今回はみつさんと赤ん坊に会わせる事が、目的だろう? 道具は要らなかったんじゃないか?」 「いや、義母上の手前、そうもいかなくてなぁ」 義母上の悋気を蒙っている宗次郎を、ただ姉に会わせるだけだと言っても、それを信じる相手ではない。 裏があるのでは? 宗次郎の母親と逢引でも? と要らぬ考えを巡らすに違いなかった。 だから、わざわざ重い道具を携えて、連れてきたのだ。 あの煩い義母上も、剣術のことでは、嘴を挟めない。 「まだ、疑ってるのか? 先生の子だと」 「まぁ、なぁ」 「みつさんも、もう少しすれば江戸の白河の藩の長屋に戻る、と言っていたらしいぞ」 「そうなのか?」 「ああ、のぶ姉が、そう言ってた。だからその時は、試衛館に寄って貰って、挨拶して貰うといい。そうずれば誤解も解けるだろう」 「そうだな。それがいいな。しかし、上手く解けるかなぁ。義母上も頑固だから……」 みつと宗次郎は、瓜二つというわけではないが、それでもよく似ている。 一目見て、姉弟だと判るほどに。 だから、宗次郎を周助の子だと疑うのなら、みつも疑わなくてはならなくなる。 そこまで、依怙地な人間でない筈だった、御内儀は。 大体、彼女が拗ねたのには、訳がある。 宗次郎を内弟子とすることに、周助が一切の相談もなく一人決めしたこと。 それと、みつが身重だったこともあり、顔も会わさなかったことなどである。 その辺を、上手くあしらえば、悪い人間ではないだろう。 なにより、宗次郎がこれからずっと世話になる人間だ、少しでも円満な人間関係を築いてやりたい歳三だった。 |
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