悋火

さらなる、おまけ


喧嘩両成敗として、謹慎処分になった沖田と斎藤だったがその実態は、沖田は体の不調で動けず、斎藤はそんな沖田の看病役だった。
もっとも、それを知るのは謹慎を命じた土方ぐらいのものだったが。
それはともかく、沖田の体調が元に戻るまでが謹慎期間と相成って、今日で三日目。
体調は随分と良くなっていたが、顔と手首の痣が完全に治るまではまだ駄目だと土方に叱られて、退屈を持て余しつつ部屋で黄表紙を読んでいた沖田が、血の匂いにふと顔を上げると、刀を手入れしていたはずの斎藤と目が合った。
いぶかしんで良く見ると、斎藤の利き腕の左の中指から血が流れていた。
手入れしていた刀にも当然のごとく血が付着していて、その刀で斬ったのだと知れた。
「おい、いったい何やってんだ?」
手馴れたはずの刀の手入れで斎藤が指を斬るなど、沖田でなくとも可笑しく思うのは当たり前だった。
しかも、それが利き腕の方であればなおさらである。
「…………」
無言で沖田を見ている斎藤に、
「さっさと、手当てをしろよ」
と、自分はその場から動かず、懐紙を投げて沖田は寄越した。
それに対し、血を止めようともせず、また血の付いた刀を拭おうともせずに傍らに置き、斎藤は沖田にじり寄った。
「なんだ?」
刀を何より大切にしている斎藤には珍しいこともあるものだと思いながら、近付いてきた斎藤を沖田は寝転んだまま見上げた。
「舐めてくれ」
「はぁ?」
思い掛けない斎藤の言葉に、沖田の口から頓狂な声が上がった。
「舐めてくれ。土方さんのは舐めてただろ」
「…………」
思い掛けない台詞で、呆れて物も言えない沖田に、斎藤は名を呼んで催促する。
「沖田」
「おい、まさかと思うが、この前の奴、それも原因だとか、言わないよな?」
この前とは、当然今沖田が寝付いている原因のことだ。
沖田が思いついた事を問えば、
「…………」
斎藤はただ沈黙を持って返すだけだが、否定をしないそれが、なによりも雄弁にそうだと告げていた。
「わっ、はっはっ〜〜」
沖田は大袈裟に腹を抱えて笑い出した。
笑われている斎藤は、血を流している指を沖田の前に突きつけたまま、睨むようにその様を見下ろしていた。
一頻り笑い転げた沖田は、笑いすぎて涙に滲む眼で斎藤を見上げて言った。
「お前と、土方さんは違うだろ。そんなとこで張り合うなよ」
「いやだ。沖田は土方さんには優しいが、俺には冷たい。同じようにしてくれ」
斎藤の不満はそこにあるのだ。
二人の仲を裂く気はないが、己に対してよりも土方に対して優しい沖田を見ると、妬ましさがどうしても付き纏う。
「そうは言っても、土方さんは俺の兄貴みたいなもんなだけだぜ? お前とはどだい違う」
特に分け隔てしているつもりのない沖田だった。
ただ、付き合いの密度の差が、どうしても自然と出るだけだ。
「まぁ、土方さんと同じ扱いをしてくれってんなら、してやるけど……」
沖田はそう言って、いまだ血を流している斎藤の指を、口に含んで舐めてやった。
ちろちろと、舌で傷口を舐めてやると、くすぐったいのか、斎藤の手が時々ぴくっと動くのをそ知らぬ顔で、望みどおりさらに銜え込んで舐めてやる。
その行為の所為でくぐもった声で、
「けど、斎藤。土方さんと一緒だって言うなら、寝るのもなしだからな?」
悪戯っぽそうな笑みを浮かべて言えば、
「な、に?」
斎藤は突然の言葉に呆然として。
沖田の寝ると言うのは、ただ一緒に眠るの寝るではなくて、閨を共にして情を交わす方の寝ると言う意味だろう。
どうして、そんな話になるのか、斎藤が混乱していると、
「だって、そういうことになるだろ?」
まだ血の滲む指から口を離し、沖田はその理由を答えてやった。
「土方さんと同じ扱いをして欲しいんだろ? だったら、俺と土方さんとには寝るなんて関係にはないから、斎藤とも寝ちゃあ駄目だろ」
斎藤の血が口の端についた沖田に見蕩れながらも、真面目な顔でそうのたまった沖田が、
「それで、いいんだったら同じ扱いをしてやるよ」
と、再び指を銜えようとすると、斎藤は正気に返ったようにばっと手を引いた。
「どうした? 舐めて欲しいんだろ」
手を出せと、沖田が手を差し伸べても、斎藤は嫌がって手を後ろに隠した。
沖田はその嫌がる斎藤にふざけるように、手を取り戻そうと揉み合った。
互いに引かぬ二人は手を掴みあって、くんず解れずして畳の上を転げまわった。
前に沖田を組み敷いた時と違い、斎藤の力は弱く、沖田に圧し掛かられて馬乗りされてしまった。
「いい加減に観念しな」
手を掴んで引き寄せる沖田に、
「嫌だ」
斎藤は手を取り戻そうと抗った。
「そんなに、俺と寝たいのか?」
くつくつと笑いながら、楽しそうに沖田が言えば、
「寝たい」
斎藤は即答をした。
「女の方が、柔らかくていいだろ?」
沖田が念押しするように聞くと、斎藤は
「俺はお前が良い」
と、断言する。
それに、ふう〜、っと沖田は一つ溜息をついて、
「だったら、土方さんと比べるな」
馬乗りになったまま、斎藤を見下ろして言い聞かすように言った。
「お前と土方さんは違う。どれほど、俺が土方さんを大事に扱っても、気にせず端然としてろ。俺の実の兄だと思えば、気にならんだろ?」
気になるといえば、沖田はたぶん斎藤との縁を切るだろう、と斎藤は思った。
ならば、二人の間柄には眼を瞑り、耳を塞ぐしか、斎藤には術がない。
「土方さんにとっても、俺は大事な弟だよ。それ以外にはない」
沖田の言葉を信用するしかない斎藤は、渋々であったが頷いた。






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