悋火

おまけ


二人は、翌日の昼前に屯所に帰ってきた
が、二人の顔を見た隊士たちはざわめきたった。
誰かが注進に及んだのだろう、土方が部屋へ戻る途中の二人を出迎えた。
土方は沖田の顔を見るなり、あからさまに眉を顰めた。
それもその筈、沖田の口許は切れ、眼の下には青い痣がくっきりと出来ていたからだ。
土方は顎をしゃくって、付いてくるように命じた。
副長室に入った土方は、二人を目の前に座らせ、じっと観察をした。
沖田は、さきほど見たとおりの風貌で、しかもよくよく見ていると、どうにも動きがぎこちない。どこか体を痛めているかのようだった。
それに引き換え、斎藤の顔にいつもといささかの変化もなく、動作もきびきびとしたものがある。
二人揃っての帰隊だから、昨夜もきっと二人で過ごしたはずだ。
それなのに、この二人の姿の差はなんだ、と土方は思わずにはいられない。
隊士が急を知らせるはずだ。
そうして二人を見比べていた土方だったが、隊士が運んできた茶を沖田が飲むのに出した手を見て、ぴくりと表情を変えた。
なぜなら沖田の手首には、縛られたかのような痕が見えたからだ。
「おめぇ……」
「すいませんね。ちょっとした事から口論になって、それで結局こうなっちゃいました」
土方が唸るような声を出すと、沖田はその先を言わさぬように、舌を出しておどけてみせた。
だが、沖田がなんと言おうと、これは通常の喧嘩でないのは明らかだった。
喧嘩ならば沖田一人が傷を負い、斎藤が無傷でいるなどということは有り得ない。何がしかの手傷を負っているはずだからだ。
しかも沖田の手首の痣を見れば、昨夜二人の間に何があったかは、一目瞭然とも言えた。
しかし沖田がそう言う以上、土方はそれを尊重するしかなく、名状しがたい感情を抑えていた。
沖田が納得していなければ、斎藤はこうも平穏無事では居れまいから。
ともすれば激昂しそうになる気を、息を吐いて落ち着かせ、土方は言った。
「判った。喧嘩なら両成敗だ。二人とも自室で謹慎しろ。期間は追って伝える」
「ええ〜〜、謹慎? 嫌だなぁ」
口では嫌がってみせていても、土方の心情を理解している沖田は、にこにこと笑みを崩さない。
「馬鹿。それで済んで良いと思え。下手すりゃ、法度に触れて切腹だぞ」
新撰組にある法度の一つには、『私の闘争を許さず』とある。背いた者は土方の言うとおり切腹だ。
謹慎で済んだのは、偏に沖田と斎藤だからだろう。
二人の仲を知っていればこそ、簡単に処断できよう筈もなく、また幹部二人を同時に処断するのは、生半可でできることではない。
「もういいぞ。部屋へ行け」
部屋で休めと、言わぬ言葉に含ませ、土方は沖田を追い払うように手を振った。
「は〜〜い」
間延びした返事をして、席を立った沖田に続いて、斎藤が部屋を出ようとすると、
「斎藤」
硬い土方の声が呼び止めた。
斎藤が振り向き土方を見遣ると、土方は冷ややかな面に底冷えするかのような眼差しで、斎藤を睨みつけた。
「二度目はねぇぞ。今度総司に何かしやがったら、覚悟しとけ」
次は沖田が許しても俺が許さぬ、と土方は凍てついた、いや灼熱を抑えた声音で、斎藤に釘を刺した。
土方がその気にさえなれば、どんな理由をつけてでも斎藤一人どうとでもなる。
それが沖田に危害を加えた男なら、些かの良心も痛みはしないのだ。
その眼差しをしっかと受け止めて、斎藤はかすかに頭を下げる仕草をし、承諾の返事として背を向けた。






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