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(弐) |
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あれから、沖田とは一度も寝ていない。 二人の非番が重ならなかった所為だが、斎藤には鬱屈したものが堪ってきていた。 斎藤とて正常な男である。その精力は刀を振るっているだけでは、発散されない。 ところが沖田はそういうものに淡く、一切頓着しないのだから堪らない。 好きな相手と一つ部屋で寝ながら、その寝息を聞くだけというのは、拷問に近いものがある。 しかし、妓や土方との遣り取りに悋気している自覚のある斎藤は、今下手に手を出そうものなら暴走しそうなことも自覚しているから、自制の塊で耐えていた。 同じ部屋でそんな不満を抱えたまま過ごすのが、我慢の限界に近付いていた頃、再び祗園に出掛けることになった。 幹部揃っての登楼である。当然、沖田も行くことになる。 巡察があって遅れてやってきた斎藤は、仲居に示された部屋へ向かう途中、廊下を歩いている沖田に気付いた。 沖田に声を掛けようとしたとき、待ち伏せでもしていたのか、暗がりから妓が出てきて沖田の袖を引いた。 「沖田はん」 ともされた灯りに見えるその顔は、先日沖田と閨を共にした澄佳という妓だった。 妓は沖田を使われていない部屋へと、強引にいざなった。 沖田も沖田で、特に抵抗もせずに部屋へと入っていくように、斎藤には見えた。 しばらくその場に佇んでいた斎藤だが、沖田と女が入って行った部屋の隣に潜り込んだ。 襖越しに、聞きなれた沖田の声が聞こえてきた。 「駄目だよ。私は一度寝た人とは、しないから」 優しい声だが、言っていることはとても冷たい。 「どうしてどすの?」 妓の鈴の音のような声が震えて、沖田を詰っていた。 「情が移るだろ」 「それのどこがあかんの?」 「私は毎日命の遣り取りをしてる。そりゃ、私は強いけど、いつ何時死ぬかは分からない」 沖田の言葉に、斎藤は苦笑した。 沖田がそんな殊勝な気持ちを持っているなどとは、斎藤は思ってはいなかった。 それほど、剣を持った沖田は尊大で、自信家だった。 「だけど、この世に未練を残して死にたくないんだ。でも、幾度も情を重ねると、未練が残るだろ」 「じゃあ、どうしても、あかんのどすか?」 妓の声はすでに、涙声だ。 「うん。私のことがほんの少しでも好きなら、聞き分けて欲しいな?」 沖田の声音に、斎藤はその表情を思い描いた。 きっと、妓を宥める優しい顔をしていることだろう。 「聞き分けたら、お座敷の時だけは、傍に侍ってもええのんどすやろか?」 「うん。聞き分けてくれれば、いいよ」 好きでいてもいいかというに等しい言葉に、諾と応じる沖田の言葉は優しいだけに残酷かもしれなかった。 鬱々としたものが溜まって来た斎藤だったが、妓を振った沖田に少しばかり気が晴れた。 しかし、この後急転直下の感情の爆発が起こるとは、斎藤自身も予想だにしなかった。 宴の場がそろそろお開きになろうとする頃、沖田の立ち上がる気配に振り仰げば、沖田は傍らにいた妓を置いて出て行った。 厠にでも行くのだろうと思ったが、このところ仕事の入れ違いが続き、沖田と過ごす時間がめっきり減っている斎藤は、沖田の後を追って部屋を出た。 出ると沖田は仲居と立ち話をしていた。 良く二人の様子を眺めていると、どうやら沖田が付文を貰っているようであった。 仲居が妓との仲介をしているようだ。 「お返事を」と催促している声が、漏れ聞こえてくる。 その文を見て、沖田はにこやかに笑みを返して、 「今日は駄目だけど、そのうちに……」 と、仲居に頷くのを見て、斎藤の頭にかっと血が上った。 結縁している自分を顧みず、妓と一夜を過ごしてばかりいる沖田に無性に腹が立った。 「沖田」 斎藤は仲居が消えるのを見て、沖田を捕まえ有無を言わせず、奥まった一室に沖田を連れ込んだ。 「おい、どうしたんだ、斎藤?」 いぶかしみつつも、沖田は屈託がない。 暗がりで斎藤の表情が見えない所為だろうか。 斎藤は物も言わず、沖田の袴の紐を解き、着物を剥ぎ取りだした。 「おい、やめろって」 ふざけているとでも思っているのか、沖田の声には焦る色が全くない。 沖田も酔っていたのだろう、でなければ斎藤の不穏な気に気付いたはずだから。 しかし斎藤は、そんな沖田の腕を捻り上げた。 そこで、ようやく沖田にも可笑しな状況が飲み込めたのだろう、身を捩って逃れようと暴れだした。 だが、斎藤に捻り上げられた腕は、既に自由にはならず沖田の行動を妨げた。 そのままの体勢で、斎藤は沖田の足を払い、畳に沖田を押し倒し、ぐっと体重を掛けて身動きできぬようにした。 「ぐ……」 背中から斎藤の全体重を掛けて圧し掛かられては、いくら沖田が手練でも抵抗できない。 そんな沖田の帯で、斎藤はもう片方の沖田の腕をも掴み、手早く一纏めに縛り上げた。 「斎藤っ」 しっかりと結わえてしまえば、沖田が少々暴れてもそれは緩みもせず、きつく沖田を拘束するだけだった。 「斎藤、いったい何の真似だ」 沖田は斎藤をねめつけるが、そんなことで怯む斎藤ではない。 「お前は妓とも遊んでいるだろうが、おれはそうじゃない」 「何を……」 「しばらく、お前を抱いてないからな。満足させてもらう」 妓など抱けぬように、その躯に色濃く愛撫の痕を刻みつけようと、斎藤は中途半端に肌蹴ている沖田の着物を剥ぎ取った。 腕を括られているため、着物は腕に絡まって、更に沖田の動きを妨げる役目を果たした。 「解け!」 「解けば、逃げる」 「あったりまえだろう!」 沖田は怒鳴ったが、この状況下で人に来られては困るから、怒鳴りつける沖田の声もあたりを憚ったものになった。 「だから、駄目だ」 沖田の足が斎藤を蹴ろうとするのを察していたかのように、斎藤は片手で受け止め、その反動で沖田を強かに殴りつけた。 その衝撃に軽い脳震盪を起こしたのだろう、沖田の抵抗が止んだのを見て、斎藤は沖田の下帯を剥ぎ取り、両足を抱え上げて、慣らしもしていないそこへと、怒張した己を埋め込んだ。 「ぐぁっ!」 斎藤と幾度となく躯を繋げてきたとはいえ、男の躯にその衝撃は強く、沖田は仰け反って抵抗を示したが、斎藤は容赦なく奥へと捻じ込んでくる。 みしりみしりとそこから裂けるような痛みが沖田を襲う。 きついそこは斎藤にも痛みを与えずにはおかないだろうに、斎藤は舌舐めずりをしながら、太い楔を奥まで打ち込んでいった。 一番奥深くまで呑み込まされて、沖田は躯を震わせて荒い息を吐いた。 その様を常になく冷ややかに見ながら、斎藤は腰を引き沖田に埋め込んだ己を抜きかけ、再び奥を突いた。 「うっぁ……」 沖田の良い箇所を狙って執拗に繰り返せば、やがて抵抗だけを示していた沖田の躯も、慣れた快感を覚えるようになっていく。 勃ちあがりだした沖田に手を掛け扱いてやれば、沖田の内部は収縮して斎藤を締め付け、共に絶頂を迎えた。 沖田の白濁は、沖田の腹をべっとりと汚し、斎藤は沖田の中にしたたかに放っていた。 「はっ、はっ……」 互いの荒い息だけが、暗闇に響く。 だが、斎藤はまだ沖田の中に埋め込んだままだ。 息を吐くのに伴って自然に繰り返される沖田の中の動きに、斎藤のものは固さを取り戻し、また沖田の中を圧迫しつつある。 もちろん、それは沖田も感じているだろう。 固さを取り戻した斎藤は、いったん抜けるほどに腰を引き、また奥まで突き込んだ。 先ほどまで滑りのなかった沖田の中は、斎藤の放ったもので溢れるほどで、ぐちゅりと湿った音がした。 その滑りに助けられて、先ほどとは違って激しく抜き差しを繰り返せば、ぐちゅぐちゅと淫猥な音が辺りに響く。 勢いに任せて沖田を蹂躙していた斎藤だったが、己が達く寸前ふと悪戯心が起こり、沖田のもの手の中にきつく握り込んだ。 「ひっ、ぃっ……」 斎藤の精を奥に受けつつも、斎藤の手に根元をきつく握られて、気だけをやった沖田は気を失ったが、斎藤にはそれで終わらせる気は到底なく、沖田の躯に口をつけて吸い痕をそこかしこに刻みつけた。 やがてまた斎藤は固さを取り戻して、沖田に埋め込んだまま動き出した斎藤の動きに、強引に沖田は目覚めさせられた。 「ああ……、さいとっ。やめっ……」 「果てたいだろう?」 と、斎藤が奥を突きつつ、手の中の沖田の先を突付けば、 「あ、あぁっ!」 沖田の口からは嬌声が上がり、斎藤を北叟笑ませた。 そうして、今度は沖田のものを優しく扱いてやりながら、沖田の己を包む襞の蠢きを楽しみつつ、殊更にゆっくりと中を擦ってやった。 斎藤の手に精を溢れさせ、絶え絶えに声を上げる沖田を見下ろして、斎藤は思い切り深く抉ってやると、沖田は声にならない声を上げて果てた。 「斎藤、痛い。解け」 自分の体重を受け続けていた腕が痛いのだろう。 「おれが満足すれば、解いてやる」 だが、斎藤はそんなことには斟酌せずに、沖田から引き抜いたそれを見せて言った。 なるほど、斎藤のものはさきほどは達かずに、滾ったままだ。 それでも少しは酌量の余地があったのか、沖田はうつぶせにひっくり返され、尻を高く掲げて犯された。 胸で躯を支え獣の交わりのごとく。 そんな体勢を沖田に強いて、興奮しきっていた斎藤は、沖田の躯のあちこちに噛み痕を残した。 特に最後に果てる際につけた右肩の噛み痕は、血がくっきりと滲むほどきついものだった。 沖田を蹂躙しつくしようやく満足したのか、斎藤はようよう離れて沖田を拘束していた帯を解いた。 精根尽き果てた沖田は、ぐったり横たわったまま、身動きもままならなかった。 斎藤がいったん部屋を出て行き、固く絞った手拭を持って戻ってきても、そこに横たわったままだった。 斎藤にされるがまま身繕いをされ、清められた沖田は、ぱんっと、目の前の斎藤の頬を叩いたが、今の沖田の力では全く威力はなかった。 「訳を言え」 嬌声を上げすぎて、掠れた沖田の声は、斎藤の体をまだずくんと疼かせた。 「事と次第によっては、容赦はせんぞ」 低い沖田の声とともに、沖田の体から揺らめき立ち昇る気の煌きに、斎藤は目を奪われた。 「斎藤」 そして、我に返ったように首を振り、 「妓に妬いた」 と、ぽつりと言った。 「妓?」 聞き返す沖田に、ここしばらくの沖田に纏わりつく妓への鬱憤を言えば、沖田はしばらく斎藤を睨んでいたが、 「土方さん流のお仕込みだよ」 盛大な溜息をついて答えた。 「土方さんの?」 「妓は閨では口が軽くなるって……」 新撰組はどんな些細な情報でも欲しい。 そして、そんな些細な情報を一番知っているのは、閨で浪士どもと肌を交わしている妓たちだ。 妓は男に惚れれば、どんな危ない橋でも渡るものだ。 だから、土方さんの言葉を実践したと、沖田は言った。 「だけど、そうそう何度も欲しい情報があるわけはないからな。だから妓とは一度きりだ」 期待をさせつつ、相手をするのも骨が折れると沖田は笑った。 それを聞いて、唖然としたのは斎藤だ。 「そんな妓たちに妬いて、この様か?」 と、沖田は呆れ顔だが、妓に手馴れた土方ならともかく、沖田がそんな真似をするなどとは、思いもよらなかった。 「なら、今日の妓との話は? 二度抱けば情が移る。未練が残ると……」 呟きにも似て、そう沖田に言えば、何だ聞いてたのか、それなら話は早いと、 「ああ言えば、妓も諦めやすかろう? そのための方便さ」 沖田はあっけらかんと言う。 「第一、お前とは一度だけじゃないだろ」 暗闇で斎藤を覗き込む沖田の眼は、爛と輝いていて斎藤を引き込むようだ。 「いい加減、少しは自信もてよ」 もう一度沖田は、斎藤の腕の中で斎藤の頬を叩いた。 |
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