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島田の困難は、土方の一言から始まった。 副長である土方に呼ばれ、 「島田君。君にはしばらくの間、監察を兼任してもらいたい」 と、告げられた一言から。 「監察を、ですか?」 島田が聞き返したのも道理で、今島田は一番隊の伍長である。 その伍長が監察を兼ねると言うのは、今までにはないことだ。 しかも一番隊と言えば、新撰組でも精鋭部隊で、局長副長の親衛隊的役割もある。 「ああ、そうだ」 だが、土方はそんなことも知らぬげに、あっさりとしたものだ。 島田は考えを巡らし、 「あの。それは一番隊に注意を払う人物がいると言うことですか?」 と疑念を提示したのだが、 「そうではない。いや、やはりそうとも言えぬか」 日頃はっきりと物事を言う土方には珍しい曖昧さだ。 土方の態度に島田も首を傾げざるを得ない。 「あの……」 島田が問い掛けようとしたら、土方は手を上げてそれを遮って、 「島田君に見て欲しい人物は、沖田だ」 言葉を被せた。 「え? 沖田さんですか?」 沖田が監察の対象になるなど、思いもつかぬ出来事だった。 つい先日配属されたばかりの新人隊士あたりに、間者の疑いがあるのではないかと、憶測をしただけに。 「あのっ。いったいどうして?!」 副長に対する島田本来の言葉遣いではなかったが、そんなことに気付かぬほど、島田は動揺していた。 「そんな大層な理由じゃない。心配するな、島田君」 島田のうろたえ振りに、土方は鷹揚に手を振って見せた。 「いや、しかし……」 島田が珍しくも土方に言い返そうとするが、 「今度、伊東が一派を従えて出て行くことは、既に聞いているだろう」 土方はそれを無視するかのように、島田に聞き返した。 「はい」 二、三日前に局長副長と伊東が話し合って、脱隊ではなく分離と言う形で離れることは、すでに隊中に広まっている。 島田が知らぬはずがない。 「その中に斎藤もいる。その斎藤に沖田の現状を知らせる、というのが約束になっていてな」 言われた土方の言葉を黙って反芻していた島田だったが、あっと急に合点がいった顔つきになった。 なるほど、斎藤は土方の内意を受けていたのかと。 それで、ずっと疑問だった謎が解ける。 そう。島田はずっと不思議に思っていたのだ。 斎藤と沖田の関係を思えば、斎藤が伊東についていくなど、何かの間違いとしか思えなかった。 それが氷解して、どこかもやもやとしていた気分は晴れた。 「他の者に頼むわけにはいかんのでな」 斎藤の間者のことは洩れてはならぬ大事であったが、沖田との関係も知られてはならぬ大事である。 その点、島田は二人の事をほぼ当初から知ってると見え、これ以上の適任者はいなかろうとの土方の判断だ。 が、適任者と太鼓判を押された島田の困難は、これからだ。 「しかし、副長。隊務中でしたらなんとかなりますが、非番の時には私では……」 大男の島田では尾行などの役には立たないだろう。 もともと、その巨漢から目立つことこの上ない。 見ず知らずの者の後ならば、それでも何とかなろうが、沖田ではどうしようもない。 だから、それを理由に断ろうとしたのだが、そんなことは百も承知の土方は、 「ああ、わかっている。沖田も知らないものを一人貸そう。存分に使ってくれ」 手駒として監察にも内緒で使っていた太兵衛を貸し与えて、島田はそれ以上断れなくなってしまった。 恨めしそうに溜息を吐きながら、島田は土方を見上げて、しぶしぶ承服する破目になった。 「分かりました。で、副長への報告はいかように」 「要らん。斎藤が気を揉まぬ程度のことを、斎藤にだけ伝えてくれればよい」 「承知しました」 こうして、隊務中や屯所の中でのことは島田が、非番の日で外に出たときは太兵衛が後を付けて、調べることになった。 |
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