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一度目の尾行は上手くいって、太兵衛から無事報告を受けた島田は安堵したが、二度目も成功するとふと疑念が湧いた。 あの気配に聡い沖田が尾行に気付かぬことなどあるのか、と。 それも、たった一時とかではなく、半日にも及ぶそれを。 いや、もしかして気付かぬほどに勘が衰えたと言うことも有り得るかもと、隊務の間沖田の動向を見ていた島田だったが、そんな気配は微塵もなくむしろ誰よりも鋭かった。 それに、ほっと安心の溜息をついた島田だったが、そうであればなおさら解せなかった。 そう思っていたら、三回目になって太兵衛は、沖田にまんまと撒かれてしまった。 いつもの通り、屯所を出たところからつけていたのだが、ふと辻を曲がった先を見れば、沖田の姿は影も形もなく。 しばしその辺りを捜していた太兵衛だったが、どうにもならぬと尻尾を巻いて帰ってきたというわけだった。 しかし、土方に命じられた以上止めるわけにはいかず、四回目の非番の今日ももちろん太兵衛が尾行する手筈になっていたのだが、島田はその当の沖田に声を掛けられた。 「島田さん」 「はい、なんでしょう?」 島田は礼儀正しく、随分年下の隊長にも敬語を使う。 先生と言う言葉だけは止めてくださいと、沖田に懇願され使うことはなくなっていたが。 「すっごく美味しい甘味処を見つけたんです。島田さん、好きでしょ。一緒に行きませんか?」 出かける間際に大部屋を通りかかった沖田に誘われ、 「ほう。美味い甘味処ですか。それは是非ご相伴に預かります」 島田はこれ幸いとついて行くことにした。 だが、その店に到着して島田は驚いた。 なぜなら、その店は島田が太兵衛に報告を聞くために落ち合う店だったからである。 もしかして、はじめからばれていたのかと、島田は冷や汗が流れたが、沖田はそんな気配も見せず屈託がない。 「とりあえず、お汁粉二つください」 床机で二本差しの男二人の図は人目を引くと、奥の間に腰を下ろし、沖田は店の女に注文をした。 「へぇ、おしるこ二つどすな」 甘い物好きな二人のこと、二つで足りるとは思えなかったが、一度にたくさん頼んでも冷めたりするからと言うことだろう。 奥の間は結構広く、席と席とを仕切る衝立が置かれて、いくつかに仕切られている。 その一番手前から二つ目の場所に陣取って、軒先から垣間見える風景を見ている間に、 「へぇ、お待ち」 汁粉が運ばれてきて、熱々のそれを二人はふうふう言いながら食べた。 「ね? 美味しいでしょう?」 「ええ。この白玉の柔らかさがなんとも言えませんな」 「そう。それにこの餡も絶品でしょう。なんでも、亀山と言うところの産なんですって」 ぺろりと平らげて、二人はもうひとつずつ注文をした。 「こういうところは、近頃誰も付き合ってくれなくてねぇ」 沖田がしみじみと言ったが、 「私でよければ、いくらでも付き合いますよ」 島田にすれば一緒に行動できればわざわざ尾行もせずに済み、なおかつ撒かれる心配もないからと、渡りに船とそう思って言ったのだが、 「そうですねぇ。そうすれば、後ろの人もわざわざつけなくてすむしねぇ」 と沖田に言われて、島田は危うく飲みかけていた茶を噴出すところだった。 「ごほっ! ごほっ……」 思いっきり気管にいれてむせてしまった島田は、涙目になりながら沖田を見ると、沖田は沖田の後ろにあった衝立を、横にずらしているところだった。 そのずらした先には、今日も沖田の後をつけていた太兵衛がいた。 「大丈夫、島田さん?」 優しい言葉の口調だったが、沖田の目は笑っていない。 それに背筋が寒くなりそうになりながら、島田はかろうじて声を出した。 「あの、知って……」 「うん。最初から知ってたよ。気付かないわけないじゃない」 「では……」 「えっと、太兵衛さんだったよね?」 島田が言い掛けた言葉を遮るような沖田の問い掛けに太兵衛が無言で頷く。 「太兵衛さんの気配は土方さんがらみで、何度か感じたことがあるから、大元が土方さんだと言うのは分かっていたけど、意図が見えなかったからね」 気配だけで太兵衛を土方の手駒と看破した沖田の鋭さに、脱帽するしかない。 それにしても、以前からばれていたとは情けない話だと、太兵衛は肩を落とした。 だから、気付いていたが放って置いたと、沖田は笑った。 「それに二回目までは、別に行き先を知られても、当たり障りがなかったし」 でも、三度目ともなると、探りを入れているのが誰か確かめないと、と思って太兵衛を撒き、逆に後をつけてここで落ち合っていた島田を見つけたと、沖田は暴露した。 「直接の報告相手もそうなのか確かめたかったからね」 後をつけられていた太兵衛も、落ち合った島田も沖田の気配に気付くことなく、ばっちり密会の現場を見られていたと言うわけだった。 がっくりとうな垂れるしか、二人には術がない。 「で、結局何のため?」 「斎藤殿にお知らせするためです」 ここまでばれていれば隠しても仕方がないと腹をくくり、島田は打ち明けた。 「斎藤に?」 「ええ。沖田さんの現状を知らせると言う、約束があるそうでして。その為です」 「へぇ、そんな約束、斎藤としたんだ土方さん」 そんな私情を土方が交えるとは、沖田にとっても驚きだ。 「でも、まぁ、それなら似たもん同志と言うことかなぁ」 「何がでしょう?」 沖田の独り言のような台詞に、島田が突っ込む。 「うん。あのさ、斎藤との繋ぎは、安吉さんだって知ってた?」 「いえ……」 詳しいことは何も聞いていない島田は首を振った。 島田が今回絡んでいるのは、沖田の日々の状況を調べて認め、土方に渡すと言うだけだ。 その書簡を誰経由で斎藤の元へ渡るかなど、一切知らされていない。 「その安吉さんにね。斎藤と会ったときの様子を教えてもらうように頼んだんだ」 「沖田さんが?」 「そう。だから、私も斎藤もどっちも似たようなこと考えるなぁ、って思ってさ」 けらけらと沖田は笑ったが、島田はそれどころではない。 「あ、あの! 安吉はそれを快諾したんですか?」 島田が勢い込んで聞くのも道理。土方の指図で動いているはずの繋ぎ役が、沖田とはいえ別の人間の依頼を受けるなどということがあってはならぬはずだ。 土方にばれたら一大事だろう。 そう思ったのは島田だけでなく、太兵衛も同様で顔が青褪めている。 「してくれたよ。斎藤の様子を伝えるだけなら、って」 にこにこと笑っている沖田だが、この笑みを見せられては、安吉といえども懐柔されるのも無理はないように思えた。 「でさ、見聞きしたことは、逐一土方さんに報告するの?」 「いえ、違います。」 島田は首を横に振った。 「土方さんには報告しないの?」 「はい。しません。そんなことは一切命じられておりません。ただ、斎藤さんに沖田さんの様子をお知らせする文書を認めるだけです」 土方の名誉のためにも、このことははっきりさせとかないと、と島田は思った。 「じゃあ、中身は島田さんの一存で書かれる訳だ」 「え、ええ。まぁ、そうなりますね」 沖田に身を乗り出すように聞かれて、島田は仰け反りながら答えた。 「それなら、私が書いて欲しくないことは、書かないでくれるよね?」 「え? いや、それは……」 「下手なこと書いたら、斎藤仕事を放って帰ってきちゃうかもよ?」 「あ、の……」 沖田の攻勢にたじたじになりながらも、島田は何とか言葉を返そうとするが、沖田の達者な口には適わない。 「言う事聞いてくれたら、それ以外で全面協力するけどなぁ」 「それは、どういう……」 島田が聞き返そうとすると、 「太兵衛は甘いの苦手かい?」 沖田はくるりと振り向いて、太兵衛に聞いた。 「いえ、どちらかと言えば好きなほうです」 話の意図が見えないながらも、太兵衛は沖田の質問に素直に答えた。 「そう。なら、今度は一緒に来ないか?」 「いえいえ、滅相もない」 太兵衛は這い蹲って平伏してしまった。 「なんで? わざわざ後をつける必要もなくなるよ?」 「確かに、それはそうですが……」 助け船を出すつもりだったが、島田の言葉は続かない。 「言ったでしょ。近頃誰も付き合ってくれないって。嫌だって言うなら、毎回撒くけどいいの?」 確かに沖田の言うとおり、このままでは毎回撒かれることになるだろう。 それでは、土方から仰せつかった命令が遵守できないことになる。 困り果てた島田に、沖田は強引に事を進めた。 |
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