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総司の驚きの声が響いた。 「はぁ? 女の口説き方?」 総司が頓狂な声をあげるのも無理はない。 ここは、歳三の懇意にしている商人の別宅で、梅が見頃だからと招待されていたのだ。 その爛漫と咲き誇る梅の園での、歳三の台詞が、 「総司。お前、女を口説いたことないだろう? その口説き方教えてやる」 と、言うものだった。 (なに、考えてんだ?) 思ったことが顔に出たのだろう。 歳三は、更に言い募ってきた。 「だから、お前に好きな女ができたとして、口説き方も知らないと、要らぬ恥をかくだろうが……」 二人きりで人気はないとは言え、他人の庭でなにを言ってるんだか、と総司にしたら言いたいところである。 (実際に俺が女を口説いたら、なにが何でも邪魔するくせに) 内心のぼやきをおくびにも出さず、乗ってみるのも一興と、 「教えてくれるの?」 にっこりと、取って置きの笑顔で笑い掛ければ、歳三の顔がそれだけで赤くなった。 「ああ。教えてやる」 (何のかのと言っても、俺に口説いてほしいんだろうなぁ) 歳三が総司を好いているのは、誰の眼にも明らかで。 (素直じゃないから。口説いて欲しければ、口説いて欲しいと、そう言えばいいのに……) 高すぎる矜持が邪魔をして、自分からは好きだと言えないが、総司から告げて欲しがっているのは、良く分かる。 「どうやるの?」 無邪気に総司が弟分の顔で、 「その通りにやるから、教えてよ」 そう言って耳元で囁けば、 「えっと。ほら、梅が綺麗に咲いてるだろう? だから、梅のように綺麗ですねとか……」 歳三は赤い目元を更に赤く染めて。 「梅のように?」 「ああ」 歳三の言葉を鸚鵡返しに言えば、歳三は小さく頷いて、目を伏せた。 「どんな風に? このままでいいの?」 総司と歳三は、並んで立っているのだが、総司に言われて、それでは面白くないと、歳三は頭をめぐらせた。 そして、ふと目に付いた先には、手頃な岩が。 上が平たくなっていて、上に乗ると相手を少し見下ろせる程度の高さになる。 総司は背が高いから、女とは身長差ができてしまうから、この上に乗るとちょうど良い高さだろう。 「あそこで」 歳三が指差すと、総司は歳三の手を引き、そこへ連れて行った。 総司とこうして手を繋ぐだけでも、歳三の心がほんわかする。 「ここで?」 「この岩の上に、女を乗せるんだ」 (こんな岩が、いつでも上手くあるとは限んないよなぁ?) とは思いつつも、言うとおりに歳三を、ひょいっと乗せてやった。 「これでいいの?」 「あ、ああ」 軽々と持ち上げられた歳三は、ちょっと複雑な心境になりながら、 「こうすれば、女と目線が合いやすくなるだろう?」 と、総司を見下ろしながら言った。 「それで、さっき言ったみたいに、綺麗ですね、と相手の目を見て、言うんだ」 総司は言われたように、 「見事な梅が咲いてるね。だけど、貴方もそれに劣らぬほど綺麗」 と、口説きの言葉を口にして。 「こんな感じ?」 軽く歳三にお伺いを立てると、 「もっと、熱っぽく。手なんかを握って……」 駄目だしがあって、総司は内心哂いながらも、歳三の言うとおりにしてやった。 歳三の手を掴み、手の甲に口を寄せつつ、 「ここに咲く、咲き誇る梅のようだね。いや、梅よりも、もっと綺麗だ」 いつもより低い声で囁いて、見上げると、歳三の目が熱っぽく潤んでいた。 総司の言葉と、熱い唇に、歳三の背をぞくぞくと快感が駆け上がっていたのだ。 これが、本当に総司に口説かれているのなら、どんなに嬉しいことか。 だが、どんなに態度で示しても、総司がそれに応えてくれることはなく。 だから、歳三もそれ以上に出ることができず、総司が妻帯するまでと言う名目で、総司の閨の相手をしてやるのだという態度を崩せず。 それでも時折りこうして、総司に愛されているという勘違いを、したくなるのだ。 歳三が感じているのは、密着した体でそれと分かる。 それににっこりと笑うと、総司は歳三の手に赤い吸い痕を一つ残し、 「でも、梅のように一季節ではなく、ずっと私の傍で、艶やかに咲いてて欲しいな」 更に言葉を紡いで、掻き口説く。 総司にしてみても、練習と称して誰とも知れぬ女を口説くよりは、目の前の愛しい歳三を口説くほうが、よほど真実味がある。 だから、ついつい熱が篭ってしまう。 第一、好きでもなければ、男であり、昔からの兄貴分だった歳三を、抱くわけがないのだ。 その辺、歳三も分かってもよさそうなものだが、何故か歳三はそうは取らず、総司に女ができるまでの間だけだと、言い張る。そのくせ、総司が女と一緒にいると、酷く妬くのだが。 もっとも、総司が歳三を本気で口説かないのには、訳がある。 歳三と情人というだけの枠で、括られたくないのだ。 それだけではなく、様々な歳三を見ていたいのだ。 だから、その微妙な位置を保っていられるように腐心して、時々は歳三の気の済むように接してやれば、それはもう可愛らしい様を見せてくれる。 今も、嬉しそうに笑う歳三は、周りで咲き誇る梅よりも、艶やかだった。 「ねぇ、歳さん。その気になってきちゃった。後で茶屋に行こうよ?」 「馬鹿。女を口説くのに、口説き始めたその日に、茶屋に誘う奴がいるか」 (そうは言っても、歳さんはいつもそうだったくせに……) 歳三は総司を窘めるが、目元を染めていては、全くの逆効果だ。 「別に今は女を口説いてないよ。歳さんを口説いてるの」 「…………」 歳三は無言のまま、総司を見下ろしていたが、無言と言うことは、それはもう肯定したも同然で。 なによりも、更に熱くなった歳三の躯が、いい証拠であった。 「ねっ」 総司が伸び上がって、未だ岩の上にいる歳三の唇に、ちゅっと口付けると、歳三の首が縦に振られて、 「うん」 と、聞き漏らすぐらい小さい声がした。 |
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『さらばわが愛』のマサトさまの絵日記に触発されて書いたお話です。 だからというわけではありませんが、いつもと性格設定が違いますvv |
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