梅の咲き誇る庭で


〜女の口説き方 おまけ?〜


梅の咲き誇る庭で、歳三は総司と二人っきりだ。
総司が以前、難儀しているところを助けた御仁の、別宅の庭である。
新撰組の副長ともなれば、呑気に人中で花見もできぬと嘆いていたのを、総司が聞きとがめて、庭を自慢していたその御仁から、半日借り受けたのであった。

最初総司が誘っても、歳三は信じられぬと胡散臭げな視線を寄越したが、それも日頃の行い故と割り切って、総司は苦笑しつつも誘い続けて。
漸く本当らしいと得心した歳三が頷いたのが、昨日の昼過ぎ。
早速、文を出して約束を取り付けて、今日の昼前から夕刻までと、出掛けてきた。
清閑な佇まいの、侘び寂びを感じさせる別宅の一角。
家の主もいない、留守居のものも、用意だけ整えて、屋敷を空けてもらった。

総司も歳三が好きであるが、どうも総司は苛めっ子気質らしく、好きな人ほど苛めたいと思ってしまう。
だから、歳三が総司を好きだという気持ちに胡坐をかいて、ついつい苛めてしまうのだ。
でも、好きなことに変わりがないから、時々は優しくもしてやろうという気にもなる。
そうした時の歳三の反応が、総司にとって可愛いせいも多大にあるのだが。
総司の優しさに戸惑いつつも、嬉しげな表情を見せる歳三は、年に似合わず可憐でさえある。
そんな思いで、今日も歳三を誘ったのだ。

歳三は、とにかく梅が好きだ。
なによりも梅の花を題材にした句が、多いのを見ても分かる。
しかも、どれもこれも直裁的な句で、はじめて見た総司は、その率直さに笑いを噛み殺すのを苦労したほどだ。
今では、すっかり総司のからかいの対象である。
だからか、歳三は臍を曲げて見せてくれなくなったが、こっそり盗み見ては愛しさがこみ上げてくる。
そして、からかって抱き締めれば、忽ちくたくたとしな垂れかかってくるのだ。

辺りを見渡して、総司は歳三に声を掛けた。
「綺麗ですねぇ」
確かに自慢するだけあって、庭に咲き誇る梅は見事なものだった。
紅梅、白梅など、いくつもの古木が、競うように咲いていた。
「そうだな」
どこか夢うつつな声色で、うっとりと返事が返ってくる。
それにくすくすと笑いながら、
「歳さん、みたいだね?」
総司が言えば、
「俺?」
現実に引き戻されたのか、歳三は目の前の梅から、総司に視線を移した。
「そう。特にあの紅い梅なんて、凛として、本当に歳さんみたいだ」
総司が指差した先には、枝ぶりも一段と見事な梅があった。

庭の主といってもいいほどの品格で、歳三も一番最初に目を奪われた梅だ。
それが、己に似ていると、総司は言う。
それを、総司に褒められて、悪い気はしない。
心が浮き立つような嬉しさを、歳三は感じた。

総司とは、奴が子供の頃からの付き合いである。
小さくて可愛かった総司は、一番下だった歳三にとって、弟のようで殊更可愛がった。
総司を好きだと気付いたのは、さていつだったか。
いつしか子供から大人になっていく総司に、気付いたら心奪われていた。
気を紛らわすため、または気を惹くために、女たちと遊び呆けてみたりもした。
すべては無駄に終わったが。

誰にも総司を渡したくなくて。
諦めきれずに、なんのかのと色々言い訳をして、総司と関係を持った。
しかし、今でも総司の本心は分からない。
流されているだけか、ただの同情か。

普段は全く言うことを聞かず、意地悪をするくせに、時折りこうやって優しくする。
それに絆されて、懐柔される己が恨めしい。
けどそれが、凄く心地よくて。
ますます歳三は、総司から離れがたくなってしまう。

日頃忙しい歳三を慮って、今日も梅を見に行こうと誘ってくれた。
舞い上がるほどの嬉しさだったが、意地悪な総司のことだ、糠喜びをさせるだけではと、懐疑的になっていた。
それが来て見ると、総司と二人っきりで、どれほどいちゃいちゃしようと、人目も憚らずにいられる。
歳三には、幸せこの上なかった。

「あの梅の下に、行きましょうよ」
総司はそう言って、歳三の手を掴んで、引っ張っていく。
歳三も誰もいないから、総司のなすがままだ。
照れ屋であるから人目があると、歳三は総司を邪険に扱ったりするのだ。
総司は歳三を梅の前に立たせ、双方を交互に眺めやり、
「綺麗だねぇ。近くで見ると一段と」
と呟いたが、自分のことも含まれていると思ってもいない歳三は、
「ああ……」
と感嘆の声をあげて肯定して、花の香を嗅ごうと顔を近づけた。
その姿をただ総司は見ているだけだったが、その口もとには優しげな笑みが浮かんでいて、それを見ていなかった歳三にはきっと残念なことだろう。
総司は歳三の後ろから髪を掬い口付けると、仄かに梅の香がした。
「本当に、歳さんみたいで、綺麗だ」
と、香りを吸い込むように息を吸いつつ、敏感な歳三の耳に囁いた。
総司が己のことを、そんな風に思っていたとは、歳三には初耳で、なんとなくこそばゆいものがある。
「ふふっ。梅の香もいいけど、歳さんの香りも嗅がせてよ?」
前に教わった女の口説き方を総司は実践しているのだが、歳三は気づいているのかいないのか。
途端に紅くなった歳三に目を留めながら、こういうのが無性にそそるなぁ、とばかり色付いた項に唇を押し当て、紅く吸い跡を付けた。
「そう、じ……」
「ね? いいでしょ?」
歳三の顔を覗きこんでみれば、その顔は真っ赤で。
体の線をなぞるように、着物の上から手を這わせれば、それだけで歳三の体が震えて、総司の征服欲をそそった。






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