意地悪



俺はときどき無性に、土方さんを苛めたくなる。 なんでかというと、苛めたときの土方さんが、すっごく可愛いから。
俺と土方さんは九つも年が離れてるのにさ、ほんとに可愛いんだ。
自分ではそんなことないと思ってるようだけど。
二人の関係が変わったのは、京へ上ってから。
それまでは、端から見れば仲の良い兄弟のようなもので、俺自身それに満足してた。
きっとあのまま江戸にいたなら、それで満足してたに違いない。
けど、京での殺伐とした生活の中で、そのまま終わりたくないとの思いがもたげて、俺は土方さんへの想いを告げ、土方さんは受け入れてくれた。
土方さんだって、俺を憎からず思ってたのは知ってたし。
でも、土方さんはいつまで経っても、俺を子ども扱いする。
俺が子供の頃の印象が抜けないんだろうなぁ。
俺も土方さんがとっても大人な印象が拭いきれないから、仕方がないのかもしれないけど。
だけど、俺が土方さんを苛めた時は、すっごく土方さんが可愛く見えるんだ。
涙目で頬なんか高揚させてると、特に。
だから、俺はそういう土方さんを見たさに、ついつい苛めてしまう。
で、今も意地悪してる最中だったり……。

久し振りに局長室で、近藤先生と土方さん、それに井上のおじさんと俺の四人で、他愛ないことを喋ってた。
近頃は四人が揃って顔をゆっくりとあわせる機会もないぐらいに忙しくて、楽しいお喋りだった。
先生が江戸から戻ったばかりで、その土産話が主だったんだけど。
でも、どうせならたまの息抜きに、揃って島原に繰り出そうと言う話になった。
「歳。どうだ、今日は久し振りに、島原にでも行かんか?」
「島原?」
「ああ。たまにはゆっくりと酒を飲んで、女を抱くのもいいだろう?」
先生は、結構な女好きだ。
京へと来て、大先生や奥さんの目が届かないし、金もあるから随分派手に遊んでいる。
江戸でばれなかったかと、ちょっと心配していたんだけど、どうやらそんな心配は必要なかったらしい。
「まぁ、それもいいが……」
土方さんも先生に誘われて、俺がいるのも忘れてその気になったみたいだ。
あ〜あ、土方さんの女好きは、変わらないな。
そんな土方さんを、江戸の頃俺がどれほど気を揉んだことか。
分かってないんだろうなぁ。
「おお、そうか。じゃあ、源さんも総司も一緒に繰り出そう」
うきうきとした雰囲気で、先生が言ったら、
「総司も?」
途端に俺の存在を思い出したらしく、どこか堅い声で、土方さんが問い返した。
「ああ、無論だとも。総司も苦手だなんて言ってないで、ああいう場所にもなれなくちゃいかん」
「…………」
自分は行く気満々だったくせに、先生が俺もと言った途端、不機嫌になる土方さんが、俺は内心可笑しかった。
本当に分かりやすくて可愛いなぁ、と思う。
自分は平気で女遊びをするくせに、俺がそういうことを、例え真似ごとでもすると、気に入らないらしく睨み付けてくるんだよな。
今も、先生やおじさんの手前、声に出しては言わないが、むっと口を引き結び、行くなと目で訴えてくる始末で。
う〜〜ん、どうしようかなぁ。
そういう顔を見せられたら、逆に苛めたくなるって、男ならわかんないかなぁ、と思うんだよね。
子供の頃から、土方さんのことが好きで好きで堪らなかった俺が、土方さんが女のところへ通うたびに、どんな思いで止めたかったか、本音を言えば今でも止めたいと思ってるのを、少しでも思い知ればいいんだっていう気持ちになる。
「じゃあ、源さんも着替えてきてくれ」
源さんにも先生はそう言って声を掛けた。
「わしまで、いいのかい?」
どこかおじさんの声も嬉しそうだ。
そりゃそうか。先生がああ言った以上、先生の奢りだろうし。
「もちろんだとも。久し振りにみんなで出掛けようじゃないか。総司も着替えて来い」
土方さんの無言の視線を外して俺は頷くと、おじさんと一緒に先生の部屋を後にした。

さっさと手早く着替えて、先生の部屋に行く前に、土方さんの部屋に寄った。
もう着替えているかと思った土方さんは、着替えの着物すら出さずに、怒った顔で座ってた。
「どうしたの? 早く着替えないと、先生が待ってるよ?」
土方さんが着替えもせずに座ってる訳を十分知りながら、俺は勝手知ったるとばかりに、押入れを開け土方さんの余所行きの着物を取り出した。
「ほら。手伝うから着替えなよ」
「いかねぇ」
着替えさせようとすると、土方さんは俺の手を払い、そっぽを向いた。
「行かないって、そういう訳にはいかないでしょ?」
「いかねぇったら、いかねぇ」
頑是無い子供のように土方さんは首を振って、おんなじ言葉を繰り返すだけ。
まぁ、そう言ってる訳は、十分すぎるほど分かってるけどさ。
「どうして? 最初は乗り気だったじゃない?」
俺の言い分に、ぐっと言葉に詰まったような表情の土方さんが、とっても可愛い。
だからね、そういう顔をすると、もっと苛めたくなるんだよ?
「ねぇ? 言わないと分かんないよ?」
座り込んで俯いてしまった土方さんの顔を、俺もしゃがんで覗き込んだ。
土方さんが言う訳は、よ〜〜く分かってはいるけど、やっぱりその口から直に聞きたいじゃないか。
「俺はいかねぇ。だから、お前も行くな」
渋々と言う風に、口を尖らせて言う仕草は、とても九つ上には見えないよなぁ。
俺の視線を避けるように横を向いて、ほんのりと目元を染めた土方さんに、すっごくそそられる。
なんだか素直で、本当に可愛いなぁ。
このまま、食べちゃいたいぐらいなんだけど、さすがにぐっと堪えた。
だってさ、先生やおじさんが待ってるものねぇ。
「そういう訳にはいかないでしょ?」
だから、敢えて俺はそう言った。
「そうじっ」
土方さんが怒って声を荒げるのもなんのその。
俺は強引に土方さんを立たせて、着替えさせるべく袴を脱がしにかかった。
そして、抗う土方さんの後から抱き締めるようにして耳元に口をつけて、甘噛みしながら囁いてやった。
「約束しちゃったから、行かなくちゃ。でも、途中で抜け出そうか?」
びくりと、俺の行動にか、それとも言葉にか、土方さんの体が揺れて。
「抜け、出す?」
「うん。久し振りに二人っきりで過ごそうよ?」
先生が江戸に行ってる間、組を預かってる俺たちには甘い時間なんてなかったから。
先生のお膳立てを抜け出しても、良いと思うんだよね。
「ね?」
袴を落とし、着物を脱がせ、襦袢の内に手を差し入れれば、そこはすでに堅くしこっていて、ぴくんと、跳ねる体が愛しい。
「んっ……」
口を吸いつつ、襦袢を脱ぎ落として、そっと、土方さんの下肢に手をさりげなく触れれば、そこは熱く息づき始めていた。
それにそ知らぬ振りをして、俺は脱がせたのと逆の手順で、別の着物を着付けてやった。
「はい、できた」
そう言って眺めた土方さんの姿は、体が熱くなり始めた所為か、とろんと潤み始めた目が艶かしい。
白に近い薄青色の着物は、土方さんの白い肌に良く映える。
今は特に、ほんのりと桜色に染まってるから、尚更だ。
これじゃあ、これから行く島原の太夫も形無しだろうなぁ。
でも、こういう土方さんを眺めるのも悪くない。
今夜一緒にいるのは、先生とおじさんだから、安心だし。
もっとも、土方さんは熱くなり始めた体で、酒を飲んだりしたら更に持て余しそうだけどな。
けど、考えてみたら、そういう焦らし方って、すっごく楽しいかも。
「じゃ、行こうか?」
俺はうきうきとした気分で、土方さんの手を繋いだ。
手をしっかり繋いだまま、素直について来る土方さんが、ほんとに可愛い。
もうちょっと待ってね。
ちゃんと、後で食べたげるから。




ちょっと、意地悪テイストの沖田を書いてみました。
普段書かないだけに、こういうのも書いてて楽しかったですv



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