永劫の刹那



かさり、と草を踏む音がして、水を浴びていた総司は今日もいつもの来訪者が来た、と思った。
総司は、半年前にここに一人移り住み、すぐ傍の滝の裏にある洞穴を塒にしていた。
それから程なくして、夜になればどこからともなく現れる狼に気がついていた。
大きな体躯の真っ黒な狼だったが、不思議と全く怖くはなかった。
それどころか、どこか懐かしい気にさえなった。
黒々とした射干玉の如き毛並みを持っていたが、時折り月光に透けて見えるときは、銀色に煌いて見えた。
雄雄しい姿に総司はいつも見惚れていた。
その狼が今夜も来ているのだと、総司は思った。
ただいつもは物音一つなく木々の間に佇んでいる狼にしては、音がしたことを珍しいものだと思いながら。


月のない星明かりの下で、思う存分水浴びをしていた総司の躯は、その艶やかな肌に水の煌きを眩しく弾いていた。
もう一度、かさりと音がして、ようやくそちらを振り向くと、思い掛けない姿に総司は目を瞠った。
そこに居たのは想像をしていた狼ではなく、総司がいつも空の上から眺め下していた人間の男だった。
「あ――」
こんなところで姿を見ることになろうとは思いもかけなかった相手である。
この男が何故ここに居るのか、総司には全く訳が分からない。
総司がいつも気にしていたこの男が、何故自分の元に来たのか。
だから、小さい声をあげたまま、総司はその場に立ち竦んだ。
しかし、その間にも男・歳三は、一歩一歩しっかりとした足取りで総司に近づいていく。
無言で近づいてくる歳三の鋭い視線に、射竦められたかのように総司はその場に縫い止められていた。


歳三は数ヶ月前から、総司を見知っていた。
ここで、今夜のように水浴びをしている総司を、見かけたのが最初だ。
こんな山奥に人がいるなどとは、思いがけずに驚いたものだ。
この山も歳三の縄張りの一つで、それまで人の気配など感じたことがなかったから。
冴え冴えとした月明かりを浴びた総司の躯は、周りの景色から浮かび上がり歳三の眼を射った。
その一目見た時から、歳三は総司に惹かれていた。
己でも何故と言うほどに、目が離せなくなっていた。
そして、このまま襲い掛かりたいほどの激しい衝動を覚えた。
もちろん、それは獲物を獲るためのものではなく、征服したいという類のものであった。
だが、月が天空にある今、己の姿が人のなりではなく、人にとって畏怖の狼だと言うことを歳三は承知していた。


歳三は夜狼の一族と言われる人外のものである。
月が天空にある間は狼の姿で、沈んだ時は人の姿になるのだ。
だから、月に数日間だけ、歳三も夜に人形(ひとがた)になれる。
人である総司と躯を重ねるには、その時しかない。
総司が男であると言うことは、歳三にとって何の障害にもならなかった。
しかし、己が総司と異なる人外のものであるということは弁えていた。
一時の欲を満たすためではなく、永遠の伴侶として得たいのだ。
けれど、人と人外という違いも知っていた。
なにより生きる時間が違いすぎる。
だから総司を知ってから二度巡って来た時を、歳三は自制して過ごした。
自分の旺盛な性欲を満たすために人間の女と幾度となく、そして見境なく関係を持った男とは思えぬほど。
それだけ、惚れたと言うことだろうか。
それでも、狂おしく思う想いは止められない。
歳三は狼の姿のときだけ、総司の姿を求めて行った。


しかしとうとう今宵、歳三は我慢しきれず、歳三は総司の元を訪れたのだった。
そんな歳三の葛藤など知らず、総司はその美しい裸身を隠すこともせず、余すところなく歳三に曝していた。
ただただ木偶のように突っ立っていた総司を、歳三は一心に見詰めたまま水の中に入り捕らえた。
その時になって、やっと我に返ったかのように身動ぎした総司だったが、時既に遅く歳三の腕の中に深く囚われた後だった。
そして、それ以上の抵抗を封じられたまま、総司は歳三に唇を奪われた。
それこそ思いも至らぬ突然の行為に、総司は目を瞠ったまま歳三の舌の蹂躙を受け止めた。
「んっ」
驚き見開いたままの総司の目に映る己に、歳三は無上の喜びを感じた。
戸惑い逃げる総司の舌に、歳三は逃がすまいと深く舌を絡めていく。
今まで人との接触など、父母の他には知らずにいた総司である。
歳三との行為は総司の想像の範疇を遥かに超えていたが、総司はいつしか目を閉じ歳三に縋るようにその広い背に腕を回していた。
「ふっ、――あ……」
意識せずとも、甘ったるい吐息が合わされた総司の口から零れ落ちる。
このままいつまでもこの甘い口付けを交わしていたい思いに駆られてはいたが、荒くなりつつある総司の呼吸に歳三が一旦唇を離すと、総司はとろんとした風情で歳三を見上げた。
その拍子に密着していた互いの躯が少し離れ、激しい口吸いに膝が砕けてしまったのだろう、総司はがくっと崩折れそうになり、歳三に比べれば華奢なその躯を、歳三はしっかりと腰に手を回して支えた。





さて、二人の出会いです。
やーっと、二人は出会いましたが、手が早いな歳さん!!
さっそく襲っております(爆)
これから、エロシーンへと突入でございまーす。



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