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さて、翌日。 朝日も昇ろうかという頃、歳三は目覚めた。 総司に結びつけた紐の所為である。 うっすらと目を明ければ、総司は紐をはずそうと躍起になっている。 総司が紐を解こうと引っ張るため、その動きで目が覚めたわけだ。 だが、特殊な結び方をした紐は容易には解けず、総司は四苦八苦しているようだ。 それを気づかれぬように眺めていた歳三だったが、いつまでも諦めずに格闘している総司の腰を引き寄せた。 歳三が起きているとは知らずに、びっくりして硬直した総司は素直に歳三の腕の中に納まってしまう。 「簡単に外れないさ」 抱き込まれた体勢で見上げる総司に、歳三は悪戯っぽく笑う。 「なんで……?」 「そりゃ、総司と朝寝を楽しみたいからさ。こうでもしないと、いつもどっかいっちまうだろう?」 歳三は己にも繋がっている紐の端を持ち上げた。 総司は目を見開きそれを見れば、総司の腕と同じように、歳三の腕にも紐が結び付けられているのが見えた。 そうしている間にも、徐々に空が白み始め、最初の朝日が輝き始めた。 総司は慌てて、歳三から離れようともがき、 「はずしてっ! お願いだから、早くっ!」 切羽詰った声音で懇願するが、その訳を知らぬ歳三は聞くはずもなく。 「そんなに、嫌がるなよ」 さらに総司を抱きこみ、宥めるように額に口付けを施した。 だが、一条の陽の光が地を照らすと、総司の躯が不自然に慄き震えだし、ようやく歳三はその異変に気づいた。 「おいっ。総司、どうした?」 慌てて身を起こし、総司の顔を覗き込むが、総司から応えは返らない。 そして、瞬く間に総司の躯が変化した。 そう。優美な鷹の姿に。 総司に結び付けられていた紐は、もはや何の役にも立たず、有り得ぬ光景に呆然としている歳三を置き去りに、鷹は翼を広げ飛び立とうとしていた。 「ま、待てっ!」 総司は歳三の制止の声も聞かずに、風を巻き起こして飛び立った。 「待ってくれ! 総司っ」 飛び去ろうとしていた総司だったが、歳三の悲痛ともいえる叫びに後ろ髪を引かれ、総司は近くの梢に留まって、歳三をじっと見下ろしている。 その目が心なしか、悲しそうに見えるのは、歳三の勝手な思い込みか。 「総司。俺はお前が鷹であってもかまわない」 歳三の言葉を、総司は疑わしそうに聞いているようだ。 「それでも、お前を愛している」 それも仕方がないことかもしれない。 「お前しか、俺は要らない」 歳三の秘密を知らぬ総司には、歳三の言葉を信じる根拠は何一つないから。 「それどころか、人外であったことを喜んでいる」 と、まで言われても、納得できることではなかった。 それは歳三も心得ていて、一刻の猶予をくれと、総司に懇願した。 そうすれば、己の言った意味がわかると。 「このまま、ここで一刻待ってくれ。そうすれば、俺の言葉に嘘偽りがないことを、証明できる」 真摯な歳三の言葉と眼差しに絆され、総司は待つことにした。 歳三と自分をつなぐ紐はもうないし、いつでも飛び立とうと思えば飛び立て、姿を消すことができるから。 凝視しあったまま一刻が経ち、昼の月が稜線から顔を出し始めると、歳三に俄かに変化が起こった。 それはさながら、総司にしてみれば、自分の変化を客観的に見るようなものであった。 そう。総司が鷹へと姿を変じたように、歳三は狼へと変じたのだ。 驚きを隠せず、総司は梢から歳三を見下ろすばかり。 狼に変わった歳三は、身震いをひとつして、総司を見上げた。 ぴたりと、二人の視線が逸らされることなく絡み合った。 『総司』 種族が違う故、伝わるかどうかわからなかったが、歳三は心話と呼ばれるものを使い、総司に語りかけた。 すると、通じたかのように、総司の躯がぴくりと揺れた。 意を決して、歳三はもう一度呼びかける。 『総司。聞こえてるか?』 しばらくして、総司から応えが返った。 『聞こえ、てる……』 ほっと、一息ついて、歳三は言葉を継いだ。 『俺は、夜王の一族だ。お前と同じ人外の者だ』 そういう存在があることを知ってはいたが、目の当たりにするのは初めての総司である。 総司が知っているのは両親だけだ。 『そして、月が空にある間は、この姿だ』 月が空にある間ということは、歳三はその月の昇り方によって昼でも夜でも人となり、狼となるということ。 しかし、総司は日が空にある間のみ、鷹の姿である。 つまり、夜にしか人の姿になることはないのだ。 『お前とは、同じ人外でも種族が違う』 ということは、共に人の姿で過ごせる時間はごく僅かだ。 そのことに思い至り、総司は愕然とする。 それでは、共に過ごす時間など、無きに等しいではないか。 『だが、それでもお前が愛しい』 本当に歳三が思っているのか、総司は訝しげだ。 無言のまま心話もなく、ただただ見下ろすのみで。 それに対し、歳三は熱っぽく願った。 『俺の伴侶になってくれ』 歳三と総司。 どちらも長命の種である。 大人になるまでは、それぞれの属性に準じて成長をしていくが、その後はすごく緩やかである。 数百年生きることも珍しくない。 『永い時を、共に過ごしてくれ』 たった一つの願いを。 たとえ、総司と種族が違い姿が違えども、共に過ごす時間の先の長さが嬉しかった。 総司がその永い時の中で、己を置き去りにする存在でなかったことが、歳三にはなにより重要であったから。 歳三の言葉を吟味するように、鋭い眼差しで見下ろしていた総司の翼が、ばさりと音が聞こえそうなほど、しかし優雅に広がったのを歳三は魅入った。 威嚇するように急降下してきた総司を、歳三は避けることもなく、まっすぐ見上げたままであった。 だが、歳三に激突するかと思える直前、総司は空中で急停止し、歳三の目の前に降り立った。 空の覇者とはいえ、狼である歳三との体格差は比較にならない。 それも地面に降り立てば、圧倒的に歳三が有利である。 もしも、歳三が襲えばひとたまりもなかろう。 その危険があるにもかかわらず、こうして身近まできてくれたことは、了解ととってもいいのだろうかと歳三が思っていると、ふわっと音もなく総司は舞い上がり、歳三の広い肩に舞い降りた。 |
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歳三が首をめぐらせば、総司の眼が間近にあり、金色に輝いていた。 この眼が己をずっと映し出してくれるのならば、何も厭うことなどありはしないと、歳三には思えてしまう。 それほどこの短時間に、総司は歳三の一部になっていた。 けっして、失うことのできない存在に。 『本当に、私を伴侶と認めてくれるの?』 最初は人でない姿を見られて事にこだわっていた総司だったが、歳三が同じ人外と知っても、それ以上にこだわりができてしまった。 『ああ、もちろんだ』 歳三は、もちろん大きく頷く。 『本当に? こんな私でも?』 人であればたとえ短い間でも、その間の半分は歳三と同じ姿でいられるが、総司ではそれもままならないからだ。 その分長い時間を一緒にいられるといえば言えたが。 『信じられないというなら、どんな誓いでも、誓いを立てよう。どうすれば、信じてくれる?』 誰に聞かしたこともないような、甘い声音で囁いた。 『――――。では、歳三さんの一番大事なものを、私にください』 随分と考える素振りでいた総司だったが、ようやくといった風情で歳三に言った。 だが、返ってきた歳三の応えは、それを否定するかのようなもので。 『一番大事なもの? それはやれぬ』 驚きに目を見張り、言葉を失った総司だったが、 『お前が一番だから、それだけはやれぬ』 と続けられて、返す言葉をさらに失った。 そこまで言われて嬉しくないわけがない。 嬉しくないわけがないが、頑なな総司の心がどこか信じきれないのだ。 だから、ついと出た総司の言葉に、 『では、二番目のものを……』 『二番目はないな。お前以外はみんな同じだ』 またも歳三は間髪もいれずに答えを返す。 その上で、 『だが、お前が望むものを与えよう。なんなりと言え』 具体的に望むものを言えと、総司に言った。 そう言われて、総司は考え込んでしまった。 一番大事なものは自分で、それ以外はどれも差がないとなれば、何を誓いに望んでいいのか迷ってしまう。 散々迷い悩んだ挙句、総司は抽象的なものではなく、形として手に残るものを得ようと思った。 『では、痛みを……』 それがある限り、誓いを忘れずにいられるものを。 『痛み?』 総司の望むものに歳三は首を傾げる。 痛み、とはいったい何か? 歳三が痛みを覚えて、誓いになるものといえば、血判ぐらいしか思いつかないが、そんなものではないように思う。 思いながらも、歳三は承知した。 『それでお前への誓いになるなら、たとえこの眼をそれでなくそうとも安いものだ』 と、意図を読むかのように言った。 歳三の揺るぎない言葉を聴いて、総司はようよう考え出した代わりの品を所望した。 『――――、を……』 と。 |
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総司の最後の言葉は、秘密ですv でも、絵日記のイラストやショートショートなどには頻繁に出てきてますけど(笑) 挿絵も本当に素敵。人の姿でこんなに見詰め合ってたら、きっとこの後は……。なんて想像したくなっちゃいますv |
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