やじろべえは、右? 左? |
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ばさばさばさ。 総司は高い梢の上に居ます。 その付近まで来れるのは、新撰組でも一握りしか居ません。 羽音に振り向けば、案の定斎藤です。 「一さん」 総司の声に元気がありません。 「どうかしたのか?」 気遣いなんて普段これっぽちもしない斎藤も、相手が総司となれば別です。 他の人間が聞いたこともないような、とっても優しい声で問いかけます。 「ううん、別に」 総司はそう言いますが、総司が沈んでいる理由を、斎藤はちゃんと知っています。 それというのも、にっくき恋敵の土方さんが、これから黒谷へとお出掛けなのです。 それだけならばいざ知らず、その後は他の藩のとの会合もあり、祇園に行く手筈とか。 それを知っているからこその、総司の消沈振りでしょう。 それにもかかわらず、けなげな総司は出かける土方さんを、こっそりと見送っていたようです。 「総司。散歩に行かないか?」 いつも明るく元気な総司の落ち込みぶりは、斎藤には耐えられません。 それが、恋敵の所為なら尚更です。 「散歩?」 小首を傾げた総司の仕草はとっても可愛く、まるで小鳥のようです。 「ああ。非番だろ?」 ここは一つ気分転換させ、忘れさせるのが一番です。 「うん」 頷く仕草も、斎藤にとっては可愛らしくて仕方がありません。 「いっぱい獲物のいる、とっておきの場所があるんだ」 総司は美味しいものに目がないのです。 だから、斎藤が誘うときは、いつもこの手を使うのです。 そして、総司が乗ってこなかったことはありません。 「ほんと? 行く!」 今日もやっぱり総司は、目をキラキラさせて乗ってきました。 これで、第一段階成功! 鬼の居ぬ間のデートです。 |
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人の姿のときの総司の好物は甘い物ですし、斎藤は酒なのですが、さすがに鳥のときは違います。 やはり好物といえば、殺したての動物の肉だし、その血なのです。 だから、斎藤に誘われたとっておきの場所も、そんな獲物が沢山いる狩場でした。 そんな場所ですから、新撰組の隊務以外では、結構おっとりしている総司も、獲物の匂いにワクワクして斎藤と、どちらが多く取れるか競争です。 狩りとはいえ、餓えているわけではないので、遊びも混じっているのです。 ですから、同じ獲物を狙って追いかけてみたりもしました。 そして、最後にはそれぞれに獲物を捕らえての、食べ合いっこになりました。 「これ、美味しいねぇ」 総司が斎藤の獲った鴨を褒めれば、 「お前の獲った雉も美味い」 と、斎藤も言うといった具合でありました。 そうやって肉を突いていると、時には一つの肉に噛り付いていたりすることもあるわけです。 それに気づいた斎藤は、肉を放そうかどうしようかと思案しましたが、斎藤の葛藤に気づくことなく、総司は斎藤の銜えている反対側から食べてきました。 すると当然ながら、嘴と嘴がくっついたりなんかして、斎藤にとっては至福のときです。 そうなると、食べやすく千切って総司に与えたりと、斎藤は甲斐甲斐しく世話をし始めました。 総司は無邪気に食べていますが、オスが餌を与えるということは求愛の証です。 もちろん受け取れば、求愛を受け入れたことになります。 総司の雰囲気からすればオス同士だし、全然そんなことを考えていないのは丸判りですが、斎藤にとってみれば、西洋式に言えばリンゴーンと教会の祝福の鐘が、鳴り響いているかのようです。 しかし、そんな至福のひと時も、旺盛な食欲の前には、すぐに終わってしまいます。 辺りには毟られた鳥の羽が、名残に散らばるばかりです。 お腹もいっぱいになった総司が眠くなる前に、屯所へ帰らなければなりませんが、夕暮れにはまだ時間があります。 総司には違っても、斎藤にとってこれはデートです。 このまま屯所に帰るのは、もったいない話です。 さて、どうしようか、ここからが思案のしどころです。 |
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ここは内緒の隠れ家です。 とは言っても、二人だけのではありません。 新撰組でいくつか持っている隠れ家のうちの一つなのです。 なぜそんな隠れ家があるのかというと、それは新撰組隊士たちの体質にあります。 幹部を筆頭に、鷹や狼、果てはカバにまで変化(へんげ)できる彼らは、それらの姿に変化するときは着物などの一切を脱ぎ捨てて変化します。 つまり外で変化すると刀も何もかも捨て置くことになるので、よっぽどのことがない限りはそんな真似はしませんが、屯所から変化した姿で――いや本来はこちらの姿が真の姿なのですが、出掛けることはよくあることなのです。 それでそのまま帰ってくれば問題はないのですが、外で人の姿になりたくなるときや、ならざるをえないときもあるのです。 そんな時に一番困るのが、着る服なのです。 人に戻ったときにはすっぽんぽんの丸裸なのですから、そんな姿ではうろつけません。 うろついてしまったら、変身者の烙印を押されてしまいます。 そんなことにならないように、町の各所に着物や刀などの一式を揃えた隠れ家が完備されているというわけです。 で、そんな隠れ家で二人が今着替えている理由は、斎藤が総司を甘味処に誘ったからです。 お腹がいっぱいになって眠たそうな総司を、可愛いなぁと鼻の下を伸ばしつつもそれを押し隠し、きりりと顔を引き締めている斎藤ですが、このままお昼寝タイムに突入するのは勿体無いと思うのも無理はありません。 せっかく二人きりで外にいるのですから、デート気分を味わいというものです。 そこで、斎藤は総司を甘味処に誘ったのでした。 「この近くに評判の甘味所があるそうだ。そこへ行くか?」 ちょっと離れてはいますがそれほど遠くない場所に、美味しい甘味処があるのはリサーチ済みです。 「え? ホント? 行きます、連れてってください」 すると、甘いものは別腹とばかりに、総司が目を輝かせたというわけです。 そして、鳥の姿だけでなく、人の姿でのデートに誘うことに成功した斎藤はいそいそと着物を着つつ、その合間に総司の珠の肌を目の端どころかじっと凝視していても、そんな斎藤の不埒な視線に気づくことなく、黙々と総司は着替えています。 そんな眠そうにのろのろと着物を着る総司は、やっぱり可愛いとしか形容できず、そしてきっと団子なんかを食べる総司も可愛いだろうと、思いをはせる斎藤でありました。 |
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総司はにこにこと本当に幸せそうな、嬉しそうな顔で団子を二皿ぺろりと平らげました。 その上、総司が気を使わぬようにと、特に要りもしないけれど注文した団子の皿を、一串だけ食べてから斎藤が差し出すと、これもぺろりと胃袋の中へ。 甘いものが苦手な斎藤には、見ているだけでちょっと胸焼けがしそうですが、総司の見事な食べっぷりは、いっそ気持ちがいいほどです。 そんなわけで、総司は好物の団子をいっぱい食べ、斎藤はそんな総司をいっぱい眺められて、それぞれが満足で幸せなひと時を過ごしました。 そして、夕暮れが近づいてきたので斎藤が、 「沖田、そろそろ帰ろうか」 と促すと、総司にも否やはありません。 「そうだね。もうじき暗くなるし……」 と立ち上がりました。 屯所への帰り道をぷらぷらとゆっくり歩く先には、見事な夕焼けが真っ赤に空を染め上げています。 二人と同じく塒に帰る鳥たちの姿も見えます。 「綺麗だな。こういう黄昏ていく雰囲気は、ちょっと寂しい感じだけど、好きなんだよね」 斎藤にしてみれば総司と一緒に見れる景色であれば、いつでも綺麗と感じることができるというものです。 「俺もだ」 夕焼けも赤から紫、更に濃紺へと色が移り変わっていくと、今度は軒先に別の色が灯り始めました。 それをいくつか見て、 「ねぇ、寄ってく?」 と、総司は斎藤に声をかけました。 総司の指差す先は夜には酒と肴を出す小料理屋で、酒を飲まぬ総司には珍しいことだと思ったら、先ほど団子屋で斎藤が奢ったお返しのようです。 総司の好意を無碍に断わるほど、斎藤も野暮ではありません。 それどころか、うきうきと暖簾をくぐりました。 斎藤と総司の二人は店の奥で半刻ほど差しつ差されつ酒を飲んでいましたが、総司の体がゆらゆらと揺れてきて、目もとろんとなって来ました。 酒を飲んで程よく酔いが回り、本格的に眠くなったようです。 これは早く帰らねば、眠られたら連れて帰るのが大変です。 しかし、斎藤が慌てるように勘定を払って振り返れば、時すでに遅し。総司は気持ちよさそうに、眠っているではありませんか。 その垣間見える寝顔も斎藤の心をときめかせますが、それ以上にさてどうしようかと斎藤の男心も揺れ動くのでありました。 |
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会合が終わり当然のように祇園に泊まり女を抱いて朝帰りをした土方が、自室へ戻る前に途中にある総司の部屋をそっと覗いてみれば、なんともぬけの殻ではありませんか。 総司はおろか、斎藤もいません。 まだ夜も明けきらぬ早朝と言うのもおこがましい時刻です。朝稽古というにも早すぎます。 なんだか嫌な気がしつつ部屋に戻った土方が、 「沖田と斎藤は何処へ行った? こんな時刻に部屋にいないようだが」 お茶を運んできた隊士に問いかければ、聞かれると思っていたのか、その隊士はよどみなく応えました。 「沖田先生と斎藤先生は、昨夜は外にお泊りになるとご連絡があり、お戻りになっておられません」 と。 ぴくりと土方の頬が引き攣るようにかすかに動きましたが、隊士はそれに気づきません。 「そうか、判った。下がってよい」 と、告げた声は感情を押し殺した――いつもそうですが――声でした。 隊士が頭を下げ出てていくと土方は着替えだしましたが、普段押し隠している癇性な性分がその行動に現れ、着物を手荒く脱ぎ散らかしていきます。 それもその筈。総司が今まで土方に無断で、外泊などをしたことが一度もないからです。 それが土方をいらつかせますが、それより何よりもっといらつかせるのは、総司が一人ではなく人と一緒だということです。 しかも、その相手が斎藤と言うのが一番気に入りません。 総司は斎藤を数少ない剣の互角な相手として気に入ってるだけですが、斎藤の総司に対する態度を見ていれば、斎藤が総司に懸想しているのは明らかです。 となれば、こんな絶好の機会があれば、どんな過ちが起こるかわかりません。 斎藤とて男ですから、目の前に立派な据え膳があれば、手出しをしないとは限らないからです。 この辺、土方と言う男、今までの女に対する自分の行動からしか、物事を図れぬ男のようです。 第一自分はちゃっかり昨夜も女を食ってきたというのに、総司が同じことをしたら許せぬ辺り、典型的な男の身勝手さです。 もっとも、だからこそ疑いを持ってしまうのでしょうが。 |
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寝入ってしまった総司を、小料理屋から連れ出したはいいものの、駕籠も拾えず結局近くの神社の拝殿に忍び入り、総司を抱きしめて一夜を明かしてしまった斎藤です。 屯所にはぶらりと二人の目の前を横切った野良猫に頼みました。 幹部とはいえ、無断外泊は処断の対象になるからです。 逆に言えば居所を明確にしておけば、外泊することも認められていると言うことですが。 さて、斎藤の腕の中で目覚めた総司の驚いた顔を見て、斎藤は生きてて良かった~~、と大袈裟なほど思いました。 それほど、総司の照れを含んだ顔は、寝顔とは別に絶品でした。 寝顔は同室ですから見ることもできますが、こういう照れた顔を独り占めできる機会など滅多にあるものではありません。 板張りの壁に体を預け寒くないようにと、総司を抱きすくめていた甲斐があったというものです。 もちろんその体勢自体も、斎藤にとってはとっても役得なものでしたが。 そんな訳で、ぶらりぶらりと総司と斎藤は、のんびり朝帰りです。 一緒に寝た所為か、総司の斎藤に対する親密度が増したようです。 心なしか斎藤との並んで歩く距離も近いように、斎藤には感じられます。 そんな浮き浮きした気持ちで屯所に帰りつくと、何処からともなく痛いほどの鋭い視線が斎藤に突き刺さりますが、そんなもの斎藤にはへっちゃらです。 それどころかちらりとそちらを見遣って、ほんの微かに口元に笑みを浮かべて見せてやりました。 どうやら斎藤の宣戦布告のようです。 |
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朝餉を食べ終えた土方は、総司の部屋に向かいました。 いつもは総司が土方の部屋に入り浸っているので滅多に行くことはありませんが、斎藤と一緒だった昨夜のことが気に掛かり、総司が来るまで待っていられません。 部屋に行くと、 「あっ、土方さんっ」 と、総司が嬉しそうな声をあげます。 その仕草に土方は顔が緩みがちになりますが、総司の傍らに居た斎藤の存在にいい気分も急降下です。 総司と斎藤は同室ですから、斎藤が居るのは一緒に帰ってきたし、当然と言えば当然なのですが、うっかりと失念していたようです。 そして、気分がそがれたと言うのは総司と二人っきりで居た、斎藤も同様のようです。 これは似たもの同士の同類嫌悪でしょうか? そんな二人には気づかず、総司はそれはそれは楽しそうに、昨日一日の出来事を土方に語って聞かせます。 その日一日の出来事を土方に話すことは、総司の日課になっているのです。 「あのね、あのね――」 だから、今も昨日話せなかった代わりに、嬉々として話しています。 しかし、時折斎藤に相槌を求めるものですから、土方の気分がいい筈もありませんが、嬉しそうに話す総司に対して不機嫌そうな顔をみせるのは大人気ないと自分に言い聞かせその矛先を、さっさと巡察に行ってしまえと、斎藤だけに向けると言う器用なことを土方はしています。 そんな土方のオーラを感じながらも何処吹く風と受け流し、斎藤は優しく総司に頷き返してやりながら、土方に対しては不敵な笑みを浮かべておりました。 土方と斎藤の二人の間には火花が、時には激しくビシバシと散り、時には静かにメラメラと燃え盛っていました。 そんな空気にお子様で全く疎く、大好きな二人と一緒にいることがさも嬉しいように、にこにことご機嫌で楽しかった昨日のことを話す総司。 総司に惚れてるだけならともかく、ちょっかいまでかけやがって、これ以上するようなら容赦はしねぇぞ、と斎藤を睨み据える土方。 総司の気持ちの上に胡坐をかいて、寂しい思いをさせている癖に図々しい、俺ならそんな目にあわせず大事にする、と土方を挑発する斎藤。 そんなもしも誰かが見たら腰を抜かしそうな三竦みは、斎藤が巡察に出掛ける半刻後まで続きました。 |
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巡察の報告に来た斎藤の取り澄ました顔を見ていると、土方はそれだけで腹立たしい思いがふつふつと湧いてきます。 餓鬼が、などと思っても、総司と同い年ですから、表面上はそう言う訳にはいきません。 が、斎藤の年に相応しくない落ち着いた態度が、癇にさわります。 その腕も度胸も買っていますが、総司が絡めばまったく別なのです。 というより、買っていただけに飼い犬に手を噛まれたような感じ、と言えばいいでしょうか。 しかし、斎藤にしてみれば、土方や近藤に従うのは総司が居るからに他なりません。 それだけでは決してありませんが、総司が居なければ土方らと馴染みなるほど試衛館に通いつめた筈がないのは確かで、こうして新撰組の一員になっていたかどうかも不確かです。 「昨日は総司が世話になったようだな」 世話になったどころか、ちょっかいをかけるな、と正反対のことを思っているにもかかわらず、大人とは自分の心の内とはまったく違う言葉を、口に上らせるものです。 斎藤も土方の言葉をさらっと流しながら、ちくりと針を刺すことを忘れません。 「いえ、どことなく元気がなかったので、気を紛らわせに……」 曰く、秘めた言葉は女に現を抜かして、総司に寂しい思いをさせるなら奪うぞ、と言ったところでしょうか。 総司が居たときとは比較にならぬ激しい火花が飛び散って、その間に蝋燭でもあれば火がついてしまいそうです。 そこへ何も知らずにうっかり報告に訪れた山崎だけが、この部屋が絶対零度の氷河期か、はたまた灼熱のマグマ地獄か、と言った様相を呈しているのを知ってしまいました。 |
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土方に宣戦布告をしてから、斎藤は暇さえあれば総司を外に連れ出します。 といっても、人の姿でではありません。 それぞれ鷹と隼の姿になってです。 なぜなら空を飛んでいるときは、煩い邪魔者の土方も手の出しようがないからです。 空では斎藤の独壇場で、他の追随を許しません。 しかし、自分の魅力に気づいていない総司は、所構わず愛想よく笑顔を振り撒くので、斎藤は気が気ではありません。 だから、時折総司にちょっかいをかけようとする勘違いした不心得者も現れますが、斎藤に散々に威嚇され撃退されるのがオチです。 そんなことをしながらも、斎藤は隼特有の狩りの仕方である急降下で、獲物を捕らえる勇姿を披露したりと余念がありません。 また、その獲物をせっせと総司にプレゼントして、気を引こうと躍起です。 もちろんそんな斎藤を、総司はキラキラした目で見遣ってます。 当然、オスがメスに獲物を渡すプロポーズの意味合いを兼ねていますが、鈍いというかお子様な総司には通じていません。 お子様といっても土方とはそういう関係で、それなりのことはしている筈なのですが、土方以外が自分をそういう眼で見ているなどとは思いもかけないようです。 けれど、そういうところも気に入っているので、斎藤は文句を言うわけにもいきません。 ただ他の者たちとは別格だという位置まで、自分を押し上げてやればいいだけで、斎藤は日々頑張っているというわけです。 さて、空のデートは、いつもすぐに終わってしまうのが難点です。 近頃は二人一緒の非番の時がなかなか重ならず、重なっても短いからです。 その辺土方も斎藤を警戒して、巡察の当番割をしているようです。 しかも、仕事の合間を縫い、いままでより総司を構っているようです。 土方にとってもそうでしょうが、斎藤にとっても土方はほんと目障りったらありません。 どうやって二人を引き剥がそうか、画策したくなる斎藤でありました。 |
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生き生きしてやがる。 今総司は斎藤との立ち合いの真っ最中だ。 普段の稽古じゃねえ。 会津藩の要望で、国許から出てきたばかりの藩士を何名か招いて、新撰組流の稽古を見せたのだ。 それを見て、奴らは感嘆の声を上げてた。 そりゃ、そうだろ。なにしろ実戦の剣だ。 その辺の鈍らとは、稽古一つとってもわけが違う。 一通り稽古を見せ終わって、新撰組が誇る剣術師範同士の模範試合へと移った。 こういうことは、何事も最初が肝心だ。 生粋の武士って奴は、何かと気位が高くて口煩せぇ。 その口を封じるためにも、やっぱりここはガツンと新撰組ってものの、腕っ節を覚えこませとかなきゃなんねぇからな。 まずは、永倉と藤堂の、神道無念流と北辰一刀流の対決。永倉の方が一枚上手だが、藤堂も負けてはいない。 続いて原田の槍、といきたいところだったが、武田の馬鹿がしゃしゃり出てきて、しょうがねぇから好きにやらせた。 次は篠原の柔術と富山の剣術対決で、最後は総司と斎藤だ。 最後は一番の華で、見せ場だからなぁ。ここは盛大に派手にやってもらわんと。 ただし、総司には三段突きは禁じてある。 いくら斎藤が手練でも、あれだけは交わしきるのは至難の業だ。 木刀で遣り合ってちゃ、失敗すれば大怪我だからな。仕方がねぇ。 ま、俺は大怪我してくれてもいいけどよ。 しかし、こう生き生きと自由気侭に手加減なしで、遣り合ってるのを見ちまうと、俺じゃ総司の相手が務まらねぇと、判っちゃいても面白くはねえもんだ。 ほんとに斎藤の奴は、総司の剣の相手だけしてりゃいいのによぉ。 目障りったらありゃしねぇ。 今度機会があったら、しばらく大坂へでも追い払ってみるか。 |
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