やじろべえは、右? 左?





ふふん。なんか気分がいい。
沖田に頼られるってのは、こんなに気持ちがいいものか。
なんと近頃、沖田の稽古相手は、俺一人なのだ。
もともと沖田の相手になる人間など、新撰組の中でもほんの一握り。
その中でもほぼ対等に遣り合える相手となると、更に少ない。
近藤さんや山南さん、永倉さん。後は剣術師範の吉村らぐらい。
しかし、近藤さんや山南さんとは、今では稽古をすることがなくなっているし、永倉さんたちも年上だから遠慮があるようで、どこか本気でないのが見て取れる。
その点、俺なら同い年だし、気を使わずに打ち込めると思っているようだ。
ビシバシと交わすのがやっとと言うような、鋭い技を披露してくれる。
もちろんそれは、俺の腕を認めてくれているからこそで。
俺との稽古ができぬときは、沖田はどこかつまらなさそうだ、と聞けば嬉しさも倍増すると言うものだ。
それにこの頃は、無意識だろうが沖田の方から、自然に触れたりくっついてくることが多くなった。
今までより、二人の距離が近くなった証拠だろう。
その分、土方さんは不機嫌極まりないが……。
ふん。ざまあみろ。
もっともっと縮めるぞ!


沖田から立ち上る汗の匂い。
稽古の後、顔を覗き込まれるようにして、くっつかれて鼻先に漂ってきた。
男の汗の匂いなんて、本来は臭いもの。
しかし、沖田のは違う。
もちろん、花の香りなどと言うことは流石にないが、それでも俺にとっては極上の香りだ。
だから、それだけで勃ってしまった。
それを気づかれないように袴でそれとなく隠しながらも、自分から離れることはできなくて、おっ勃てたまま拷問のような時間を過ごした。
その拷問の時間には、当然沖田の着替えの時間も入っていて、そりゃ俺様の逸物はこれ以上でかくなりようがない程になっていた。
そして、巡察に出かけていく沖田を見送って、ようやく部屋を締め切り。ビンビンに天を突いているヤツに手を伸ばして扱き出す。
先ほどの沖田の匂いを思い出しながらしたら、そりゃもうあっさりと弾けてしまった。
それこそ、童貞かと思えるほど速攻で。
しかし、結局それだけでは飽き足らず、淫らな沖田を想像しながら、いろんな沖田をおかずにして、何度も達ってしまった。
ああ。あとで空気を、しっかり入れ替えとかなきゃな。


浪士の会合があるって監察が掴んできたから、私が隊士をつれて現場に向かうと、巡察に出ていた一さんたちの隊が先に来て見張ってた。
中にはすでに浪士が集まっているらしいので、簡単な打ち合わせをして配置を終えて突っ込んだら、思いがけない奇襲に、中の奴らは大騒ぎだ。
表と裏から同時に入った一さんと私は、刀に手をかける暇もない男を一人ずつ斬ってやった。
すると、それだけで怖気図いたのか、残った男たちは右往左往するだけで、してみっともない姿を晒してくれたけど……。
あれ? 刃向かうことも忘れ逃げ出そうとするなんて、小物たちだったのかな?
ああ、つまんないなぁ。
もっと骨のある浪士たちかと思っていたのに。
でも、逃がしてなんかやらない。
捕縛が目的だから殺しはしないけど。
あ、逃げられないって判ったのが、突っ込んできた。
うーーん。へっぴり腰で向かってきたって、何の役にも立たないのに。
それに比べて、一さんって、本当に強いなぁ。
帰ったら、また稽古に付き合って貰おうっと!


ウトウト。
一さんといっぱい稽古して。
一緒にお昼を食べて。
お腹がいっぱいになったら眠くなった。
ぽかぽかと暖かい陽射しに、気持ち良さそうな木の上で、二人一緒。
場所は土方さんの部屋の前。
土方さんが戻ってきたら、すぐ判るし一石二鳥でしょ!
だけど、ちょっとばかり風が強くて、一さんにぺっとりとくっついた。
んん~~? 一さんの体温高くない?
お尻の辺りの羽もふくらんでいるし。
気のせいかなぁ?

ドキドキ。
総司と稽古をして、飯を食って。
昼寝をしようと誘われた。
総司が選んだ場所は、土方さんの部屋の前。
出掛けている土方さんが、戻ってきたときにすぐに判るようにだろうが……。
最初は枝に並んでいただけだが、風が強くなってきて、ぺったりとくっつかれた。
なんだか、それだけで鼻血が出そうだ。
このまま襲いたい。
いや、ここは我慢だ!
このまま土方さんに、二人の仲の良さを見せ付けてやらねば!!

ムカムカ。
黒谷での面倒な折衝を終えて戻ってきてみれば、総司の姿がねぇ。
着替えて探し回って、ふと頭上の木を見上げると。
そこにいた、総司が。
ただし、斎藤と一緒だ。
今まで俺の傍でしか寝たことがなかったのに……。
斎藤と一緒とはどういうことだ!!
それどころか、ぴっとりと寄り添うようにくっついてやがる!
総司の寝顔は見えねぇが、真ん丸くなって眠ってる姿は、可愛らしく微笑ましいが、それが斎藤の横ってのが気にくわねぇ。
くそう。斎藤の野郎。
俺の目に留まるのを承知の上でしてやがるに違いねぇ。
後で覚えてやがれっ!!!!!


新撰組の本拠地は京ですが、西から京へと入る玄関口の大坂にも、不逞浪士の見張りをするために、屯所が設けられています。
そこは大坂に詳しい谷兄弟に任されていますが、場合によっては京から隊士を派遣したりもします。
今回の大坂行きもそうです。
年明けに谷兄弟らが起こした、「大坂ぜんざい屋事件」の残党狩りをするために、隊士を派遣することになり、斎藤に大坂行きが命じられました。
弟を近藤の養子にし、また今回の事件を未然に防いだと、大きな顔をしだしている谷三十郎を牽制する目的で、近藤以外の幹部の全員一致で、谷の苦手な斎藤を遣ることになったのですが、それはあくまで表向きの理由です。
裏の目的は、斎藤があんまり総司と仲良くするものだから、土方さんが追いやったのです。
谷の存在が邪魔なのは斎藤も同じですが、土方さんに上手く謀られたことが腹立たしく、苦虫を噛み潰したような斎藤の表情が、それを物語ります。
『くそ野郎が!』
『つまんないなぁ……』
『ざまあみやがれっ』
そんな訳で、三者三様の述懐を抱えたまま、斎藤は大阪に向かいました。


土方が総司の着ている物を剥ぎ取ると、白い真珠のようなきめ細かい肌が、仄暗い幽かな月明かりに浮かび上がりました。
「歳、さん……」
まるでそこだけが照らされたように目に眩しく、土方はそれに目を細めながら、総司を両腕に囲い込みあちこちに唇を辿らせ、痕を色濃く残していきます。
「あ……」
情事の後に、その痕を眺めるのも、土方の楽しみの一つなのです。
腕を取りその内側の白く柔らかい部分に、また一つ所有の印を残します。
「んっ」
深く唇を合わせ、唾液すら貪るように舌を絡ませ、互いにたっぷりと堪能して、しかし惜しむように離せば、
「――はぁ、っ」
総司の掠れた吐息が歳三の耳を擽り、土方にしか見せぬ艶やかな笑みが総司の面に浮かんでおりました。
近頃は総司の視線が、斎藤に向きすぎていた気がするので、こうして向き合って総司の視線を独り占めするなんて、なんと心地のよいことでしょうか。
「総司――」
邪魔な斎藤を上手い理由をつけて、大坂に追いやった甲斐があるというものです。
しかしその反面、もっと見せ付けてやればよかったのだと、今更ながらにそんなことを頭の片隅に思いながら、土方は総司の肌に溺れていくのでありました。


なんだか変。
土方さんが、よく構ってくれる。
そりゃ、土方さん大好きだから、嬉しいけれど。
新撰組を作ってからは、新撰組、新撰組って、煩かったのにな。
部屋に行っても追い出されないし。
それどころか、お菓子まで用意してある。
ご飯も一緒。お風呂も一緒。
一緒に散歩もするし、お団子も奢ってくれる。
なんだか、昔に戻ったみたい。
ずっと、こうだったらいいのにな。
でも、どうしたんだろう?

なんだか変。
部屋に戻っても自分しか居ないのって、もしかして初めてかも。
試衛館ではずっと歳さんと一緒だったし、居ないときでも誰かが居たし。
一さんって部屋にいても、口煩くなくて静かなのに。
居ないと、なんだかぽっかり穴が開いたよう。
なんだか、モヤモヤっとしたものが、渦巻いてる感じ。
可笑しいな?
その居ない分を埋めるかのように、土方さんが構ってくるけど。
稽古相手がいないのが、つまらないから?
でも、それだけじゃない気がする。
だけど、どうしてだろう?


新撰組一の図体を誇る熊の島田さんは、その外見と裏腹な乙女心を持っておりました。
それはなんと! 敬愛する上司・土方さんに押し倒されたいというもの。
うっかりそんな秘密を知ってしまった山崎さんが、ザーッと砂を吐く思いに捕らわれてしまったというのは、今回とはまた別の話で横に置いておくとしまして。
さて、そんな乙女心を持った島田さんでしたが、蜂蜜の壷を抱えて歩くほどの甘い物好き。
そんな彼も宴席ともなれば、超苦手な酒を飲まざるをえません。
大きな体を小さくして目立たぬようにちびりちびり呑んでいましたが、そうは問屋が卸さないのが原田さんです。
嫌がる島田さんに並々と酒を注ぎ、ぐびぐびと飲み干させました。
そして、悪酔いして真っ赤になった島田さんは、その酔った勢いでとんでもないことをしてしまいました!
なんと土方さんに抱きついてしまったのです!!
熊の強力でぐいぐい締め付けられては、土方さんも堪ったものではありません。
「押し倒してくれ」などと寝ぼけた世迷言を言いながら、その実土方さんを押し倒す勢いです。
押し倒されるなんて狼としてのプライドもずたずただし、このままでは貞操の危機というものです。
しかも、こんな情けない場面をあっけに取られて総司に、見られているのが我慢なりません。
土方さんは狼の爪を出し、島田さんに容赦なく立てますが、酔っ払った島田さんは痛みが麻痺しているのか、しっかり抱きしめ離れません。
「島田、後でぶっ殺す」などと内心思いながら最後の手段として、土方さんは思いっきり島田さんの金的を蹴り上げました。
これにはさすがの島田さんも、ノックダウン。
「う~~ん」と唸りつつ、泡を吹いてぶっ倒れてしまいました。
翌日、自分のしでかしたことをすっかり忘れ、全く身に覚えのない爪痕に首を捻りながら、青筋を立てた土方さんに過酷な仕事を言い渡された島田さんの姿がありました。


山南さんは、森の賢者と呼ばれる梟さんで、総司にとっては子供の頃から色々と教わった先生です。
今でも知らないこと、判らないことがあったら、いの一番に聞きに行きます。
今日もちょっと疑問に思っていたことを聞いてみました。
すると、山南さんはお手製の図を使って、説明してくれたのですが……。
その思ってもいなかった事に、総司はびっくりしてしまいました。
だって、総司が聞いたこととは、「お尻の辺りの羽がふくらんでいるのって、どういう状態なの?」というものだったのに、山南さんの図に書いてある文字は、「発情」です。
つまり、オスが発情しているときの状態だというのです。
総司にしてみれば青天の霹靂、びっくり仰天とはこのことです。
まさか、自分とくっついているときの一さんの状態が発情だなんて、思ってもみなかったのですから。
いえ、総司も発情したことはあります――いや、当然ですね。土方さんとやることやっているのですから――が、そんな自分を客観的に見たことはないし、他の鳥のそんな状態も一度も見た事がなかった――もちろん箱入り状態の総司に見せる馬鹿は居ません――ので知らなかったのです。
山南さんにしても、総司から聞いてきたので、一歩大人の階段を上ったのかと思い教えたのですが、
「じゃあ、あれって、一さん、発情してたんだ」
との、総司から零れ落ちた言葉に、もしかしてこれは思いっきり地雷を踏んでしまったかと、青ざめてしまいました。
明るい陽射しの中で、そのときの状況を思い出しているのか、ぽっと赤くなっている風情の総司と、もしもこれが土方さん辺りにばれたら余計なことをしたなと命がなさそうで、逃げ出したほうがいいかも? と考え込んでしまった山南さんの姿がありました。


総司は先ほどの山南さんの課外授業にびっくりしてしまって、そのことをぐるぐると考えながら林の中を一人飛び回っていました。
しかし、考えすぎてパニックで爆発しそうになり、手頃な木の枝に止まり頭を冷やしておりました。
すると、しばらくしてその前方を通りかかったのは、総司の愛する土方さんです。
それだけならば、もちろん如何と言うこともなく、総司は土方さんの元へ飛んで行ったでしょうが、あいにくと連れがいました。
それは、土方さんが毛嫌いしている伊東さんでした。
珍しい組み合わせもあるものだと総司が眺めていると、どうも様子が変です。
いえ、今までの総司なら変ということに気づかなかったかもしれませんが、なにしろ山南さんの授業――山南さんは鳥の発情だけでなく、他の動物のものも教えてくれていたので――の後です。
ですから、ピンッと来てしまいました。
色恋に鈍い総司にも判るほど、それほど露骨に伊東さんは土方さんに迫っていたのです。
何を言っているのかは、総司の位置からでは全く判りませんが、伊東さんが土方さんに擦り寄り、しきりに口説いている様子なのが見て取れます。
土方さんが女にもてるのは承知していても、先日の島田さんといい、今の伊東さんといい、男にもだなんてびっくりを通り越して、総司はショックを受けてしまいました。
土方さんは根っからの女好きですが、二度も男に迫られる土方さんを見てしまって、自分だけは特別だと思っていた総司にしてみれば、もしかして自分は勘違いしていただけなのかも? と思ってしまったのも無理はありません。
なんだか足元の地面がぐらぐらと揺れて、立っていられなくなりそうなほどで、総司には通り過ぎていく二人を見送ることしかできませんでした。




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