バーナビーが風邪をひいて寝込んだらしい、と虎徹が知らされたのは朝出社してすぐだった。
 確かにいつもならば虎徹よりも先に出社するバーナビーの席が、空っぽだったことには気づいていた。寝坊でもしたのだろうと思っていたら、出社できないほどの風邪だという。熱が高いらしい。
 バーナビーが風邪。想像がつかなかった。今頃ベッドの上で弱っているのだろうか。弱ったバーナビーなんて、ちょっと見てみたかった。なかなか貴重である。
 コンビとしては些か薄情なことを一通り考えた後、虎徹は、帰りにでもと思った。家に寄ってやろうか。何か病人でも食べれそうな土産を持って。あの男は、きっと嫌な顔をするに違いない。その顔がリアルに想像できた。彼のパートナーは、虎徹に弱みを見せたがらない。
 バーナビーの天邪鬼さは、筋金いりなのだ。、
 そんなことをつらつらと暢気に考えていると、上司から呼び出しがかかった。
「なんですか?」
 虎徹がいつもの調子で言うと、ロイズははっきりと顔をしかめた。
「今日のイベントは、どうしようかと思って君を呼んだんだが」
 ああそういえば、そんなものあったなあ、と言われてから思い出した。定期的に行われている企業主催のヒーローによるファンサービス。もちろん虎徹のファンなどというものはごく僅かで、大部分がバーナビーのファンである。
「どうするっていっても、あいつ来れないんでしょ?」
 苛立ち混じりの溜息を吐いて、ロイズは頷く。どうやらこの上司の機嫌は、あまりよくないらしい。それもそうか、と思う。何しろバーナビーがいないのだ。
「だから君にこうして相談しているんだろう」
 相談されてもなあ、と正直困惑する虎徹だ。虎徹がこれを解決する名案などもっているはずもない。大体イベントのこと自体忘れていたくらいである。
 少し考えてから言う。
「ブルーローズにでも来てもらうとか?」
 前回と同じ解決策は、だがしかしすぐに却下された。
「彼女は別の仕事が入ってる」
 既に打診した後だったらしい。
「じゃあ別のヒーロー呼ぶとか?」
 バーナビーの代わり、というのは難しいだろうが、スカイハイあたりならば何とかなるかもしれないし、ならないかもしれない。
 虎徹としては、どうでもいい問題なので、いまいち対応に真剣味がない。それに上司も気づいたのだろう。思いっきり睨まれた。
「今日のイベントは、ファンサービスもかねてるから、他のヒーローでは納得しないだろう」
 まあそりゃそうだな、と思う虎徹だ。
 バーナビーのファンは、バーナビーにしか興味がない。そういう熱狂的なファンが多いのだ、あの男は。
 一人でそういうバーナビーのファンの前にでるのは嫌だなあ、とようやく思った。これは結構切実かもしれない。
 眉を寄せた虎徹の前で、上司が「だから」と言った。
「彼に頼むことにした」
 どうやら相談しておきながら、既に解決策は持っていたらしい。ならば相談するな、と言いたい。
「……彼って?」
「入りたまえ」
 扉が開き中に誰かが入ってくる。それは、虎徹もよく見知った人間だった。


 本日のイベントは、ファンとの集いだ。一緒にささやかなゲームをして、ファンの質問に答える。まるでアイドルである。
 素顔をさらしているバーナビーと違って、虎徹は顔を隠しているから、こんなときでも目元を隠す仮面は外さない。質問をされるのは主にバーナビーだけなので、虎徹は本当にただ座っているだけだ。目の前に置かれたペットボトルを、たまに飲みながらそつのない対応をしているパートナーを、虎徹は他人事で眺める。
 虎徹の隣には、バーナビーがいた。どこからどう見ても、誰が見ても、バーナビーである。虎徹の目から見ても、違いはまったく見つけられない。完璧である。
 もちろん熱で倒れているバーナビーが、こんなところにいるはずもない。
 これは、偽者だった。
 ロイズが急遽用意した代役。だがもちろん、これほどそっくりの男がそんなに簡単に見つかるはずもない。
 この中身は、折紙サイクロンこと、イワンである。
 最近イワンの能力が、擬態化−−他人の容姿を写し取ることだというのがはっきりした。それを使わない手はない、とロイズは考えたらしい。
 まあ確かに、この対応は正解なのだろう。
 イワンは、営業中のバーナビーそのものの愛想のよさでファンたちの質問ににこやかに答えている。その受け答えもいちいちバーナビーらしいものだから、はたから見ている虎徹は感心することしきりだ。
 すげぇな、と思う。
 最初は、よく引き受けたものだと呆れたが、この演技力があるのなら納得だ。ヒーローなんてしなくても、役者として食べていけそうな気さえする。
 あまりにじっと見ていたせいだろう。
 バーナビーの姿をしたイワンが、ちらりとこちらを見た。
 一瞬だけ目があう。けれどもすぐにそれは、自然に逸らされてしまった。いかにもバーナビーがしそうな動作。
 心底感心しながら、虎徹はこの退屈な時間が早く過ぎることを祈るのだった。



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