ぐでんぐでんに酔っ払った虎徹を、バーナビーは何とかタクシーに詰め込んで、自宅に連れ帰った。
前回と同じパターンだと思ったが、この状態の虎徹を彼の家に放置する気にはなれなかった。彼が一人ら暮らしであることはもう知っている。
ソファに横にしてもまだ「酒〜」と言っている虎徹に、ミネラルウォーターを持ってくる。
「オジサン、水です。飲んでください」
手に握らせようとするのだが、かたくなに虎徹はそれを受け取らなかった。
手をぐうにしたまま、持とうともしない。イラッとした。この人といると、本当に自分は苛苛してばかりだと思った。
ミネラルウォーターのキャップを手早くあける。
「自分で飲めないなら、飲ませてあげます」
言って、虎徹の反応を待たずにミネラルウォーターを口に含み、そのまま唇を重ねる。
「!」
虎徹が驚いたように目を見開くのを見て、胸のすく気分を味わいながら、バーナビーは舌で虎徹の唇をこじ開けた。
思ったよりもあっさりと唇が開き、バーナビーの口内にあった水が虎徹の口のなかに移動する。同時に舌を絡めれば、虎徹の体がびくりとはねた。
舌で虎徹の口内を蹂躙すれば、飲みきれなかった水が毀れて虎徹の首筋を濡らしていく。
「ん……ん、っ……!」
嫌がっているのかもしれなかったが、虎徹の抵抗はほとんどなかった。最後には、先ほどミネラルウォーターを頑として受け取らなかった手が、バーナビーの胸元にしがみついていた。
何度か水をそうやって飲ませ、ボトルの中の量が半分ほどになった頃、バーナビーはようやく動作を止めた。
虎徹はすっかりぐったりとソファに倒れ、先ほどよりはやや酔いのさめた顔でバーナビーを見上げていた。
「なにすんの、バニーちゃん……」
相変わらずどこか舌足らずな、けれどもいつもの虎徹に近い口調だった。
「あなたが素直に水を飲まないので」
バーナビーは言って、自分もペットボトルの水を飲んだ。冷たい水が、胃の中に流れ落ちていく感覚が気持ちよかった。
虎徹はぼんやりとそれを見上げたまま、動かない。
バーナビーはペットボトルを床に置くと、ソファに横たわった虎徹の上に圧し掛かった。
虎徹は瞬きを数度しただけで、反応らしき反応を返さない。
透明な眼差しでバーナビーを見上げる虎徹は、前回と同じく逃げようとしない。
今回は、不思議と苛立ちはわいてこなかった。
「……どうして、逃げないんですか」
虎徹は何も答えない。
まだ酔っ払っているせいなのか、それとも他に理由があるのかはわからない。
バーナビーの手が、虎徹のシャツのボタンをゆっくりと外し始めても、やはり反応はなかった。首筋に唇を寄せて、きつく吸い上げれば、ようやくぴくりと体が震えた。
ふっと虎徹の唇から、熱い息が漏れる。それを聞いて、バーナビーはひどく煽られるのを感じた。
この人を、滅茶苦茶にしたい。
バーナビーのこと以外考えられないように、バーナビーが与えるもの以外に目を向けられないほどに−−自分でいっぱいにしてしまいたい。
今回は酔ってなどいない。
酒のせいにはできない。
そう囁く理性の声に気づいてはいたが、バーナビーは虎徹の体を解放する気にはなれなかった。
目覚めは、ゆっくりとやってきた。
虎徹はぼんやりと目を見開き、緩慢な動きで瞬きをした。
自分の部屋ではない、と思い、思ったことに既視感を覚えた。
やはり虎徹は裸で、何も身に着けていなかった。すべすべとしたシーツの肌触りが、落ち着かない。
つい最近も似たようなことがあったような。
背中が温かかった。誰かの体温だ、と気づく。これは前回はなかったことだった。
「……」
半ば覚悟して、首だけ捩って背後を見る。
見えたのは金髪と、白い肌。虎徹を抱きしめたまま眠る歳若いヒーローである。
またやってしまった、と内心呻く。
昨夜の記憶は、ところどころあった。
完璧ではなかったが、前回のように完全に飛んではいなかった。途中で水を飲まされたせいかもしれない。
「あー……」
掠れた声に、喉の痛み。前回と同じく体は重く、恐らく動けばあらぬところに激痛が走るのだろう。
さてここからどうしたものか、と虎徹は考える。
何故かバーナビーの腕はしっかりと虎徹の体に回されていた。
前回のようにそっと抜け出すことは出来そうにない。
それでもずっとこのままでいるわけにもいかず、虎徹はそうっとバーナビーの腕を外そうと試みた。
だがしかし、そんなことが成功するはずもない。
片腕を外したところで、バーナビーはあっさり目を覚ました。身じろぐ気配に肩越しに振り返れば、目があってしまう。
気まずいことこの上ない。
「……お……おはよ、バニーちゃん」
とりあえず朝の挨拶をすると、バーナビーは暫く黙った後、おはようございますと言った。
「何してるんです、オジサン?」
虎徹と違ってバーナビーは朝に強いらしい。明瞭とした口調だった。
何って、と虎徹は考える。抜け出してシャワー浴びて帰ろうとしていた、と正直に言っていいのかどうかよくわからない。
黙りこんだ虎徹に、バーナビーは眉を上げた。
「また逃げる気だったんですか」
「に……逃げてねえだろ!?」
「そうですか?」
言いながら、バーナビーは器用に動いて虎徹の体をあっという間に組み敷いた。
突然上にきたバーナビーの顔を唖然と見上げれば、バーナビーは全くいつも通りの口調で言うのだった。
「今後、僕なしで飲みに行くのは禁止ですからね」
忘れないでくださいよ、とまで言われて虎徹は我に返った。
「な、何だよそれ!」
「オジサン、酒癖悪すぎです」
「わ、悪くねぇよ、別に!」
確かにアントニオたちから似たようなことを言われたことはあるので、虎徹の言葉はやや力がない。
「こんなんじゃおちおち目を放してられません」
手がかかる人ですね、とでも言いたげにバーナビーが溜息を吐く。それにかちんとくる虎徹である。
「何だよそれ! 意味わかんねぇぞ!」
「わからなくていいです。とにかく、一人での飲み会参加は禁止です。忘れないでくださいね」
「だから何で!?」
そんなこともわからないのか、とバーナビーは目を細める。
「僕は誰かとあなたを共有する気はないんです」
はあ!? と虎徹が叫んだ声をバーナビーはさくっと無視した。
「シャワー浴びましょう。行きますよ、オジサン」
何故かバーナビーに横抱きにされて、更に慌てる。
「ち、ちょっと、バニーちゃん!? おろせって、歩ける」
「黙っててください、朝から煩いですよ」
「お前のせいだろ!?」
だがどれだけ騒ごうとバーナビーはまっくたひかず、虎徹はお姫様抱っこされたままバスルームへと連れて行かれ、体を洗われたのだった。
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