着慣れないスーツにいつものハンティング帽ではなくソフト帽を被せられ、ワイルドタイガーのカラーでもある緑色のシャツに白いドットが入ったネクタイを締められた虎徹は、茶色の一人がけのソファに座っている。角ばったデザインのソファは、見た目よりもずっと座り心地はよかったが、寛ぐ気分にはとてもなれない。
眩しく感じるほどのライトをあちこちからあてられ、正面には大勢の観客と何台ものカメラ、スタジオ中の注目を浴びたこの状況では、笑顔がひきつらないようにするのが精一杯だった。
一度はヒーローを引退した虎徹が、ヒーローとして復活したのが二ヶ月前、それを追う形でバーナビーもヒーロー界に復帰した。ぜひ二人にスペシャル番組に出てインタビューを受けてもらいたい、とアニエスから改めてオファーが来たのが二週間前の話だ。
虎徹はもちろん難色を示したが、上司であるロイズは乗り気で、さくさくと話が進んでしまった。バーナビーはもともと、こういうことが嫌いな性質ではないから文句など言うはずもない。
ちらりと横を見れば、同じように赤いシャツとスーツに身を包んだバーナビーが、営業用のスマイルを浮かべて司会であるマリオの質問にそつのない返答をしているところだった。
自分がどう見られるかを、バーナビーはよくわかっていて、ファンが望むように振舞うことができる。それは虎徹にはない器用さだ。
以前は、バーナビーのファンといえば女性ファンばかりだったが、復帰してからは男性ファンもじわじわと増え始めているらしい。それを意識しての、質問も混じっているようだった。
虎徹も何度か質問をふられたが、減退した能力についてや、家族についてのものが中心だったので、それほど苦労せずに答えることはできた。
虎徹がこういった場面が苦手であることをよくわかっているバーナビーが、それとなくフォローをしてくれるのも助かった。
後で礼を言わねばならない。
目の前の台におかれた、番組の進行を示す小さなディスプレイには、次どんな質問がくるかやCMまでの時間が表示されている。
番組終了まで後十分。
溜息を吐かないように気をつけながら――そんなことをしたらアニエスから後で何を言われるかわからない――虎徹は早く時間が過ぎてくれることを祈った。
番組終了の合図とともに、溜息を吐き出した虎徹は、そそくさと控え室へと引っ込み、窮屈なスーツのジャケットと帽子を脱いだ。
椅子に座ってテーブルにぐたりと倒れた虎徹に、バーナビーが声をかける。
「お疲れ様です」
「疲れた……」
腹の底からしみじみと言って、虎徹はバーナビーを見上げる。
相棒である若者の、整った顔には疲れなど微塵も見えない。番組が始まる前と同じく涼しげである。
「バニーちゃんは元気そうだよな」
嫌味も含んだ虎徹の台詞に、バーナビーは苦笑する。虎徹と一緒にいると、バーナビーがよく浮かべる表情だ。しょうがないな、とでもいうような何ともいえない顔。
「ただ座って、少し喋っただけでしょう? 疲れることは何もしてませんよ、オジサン」
唇を尖らせて、虎徹はじたばたと椅子の上で暴れる。
「その、少し喋るっていうのが疲れるんだよ! あー、もういやだ、俺はもう絶対テレビなんか出ないからなっ。次こんな仕事きたら、オジサン逃亡するからあとはバニーちゃんよろしくっ」
バーナビーは呆れた表情を浮かべる。
「虎徹さんが出ないなら、僕だって出ませんよ」
「バニーちゃん得意だろ、こういうの。俺の分まで喋ってきていいよ」
「いやですよ。コンビなのにどうして一人でそんなことしなきゃいけないんです」
あっさり言って、バーナビーは衝立の向こうへ行ってスーツから私服へと着替え始める。
自分も着替えたほうがいいのだろうと思いながら、精神的疲労がひどくて立ち上がる気力がわいてこない。べたりと机に頬をくっつけたまま、虎徹はぶつぶつと愚痴る。
「大体二部リーグのままだったら、こんなのに呼ばれることはなかったんだよ」
虎徹は、バーナビーの復帰とともに一部リーグに返り咲いた。もちろん能力は相変わらず減退したままで、ハンドレットパワーは一分しかもたない。
虎徹は最後まで二部リーグのままでいたいと主張したのだが、バーナビーが「僕は虎徹さんの相棒ですから、虎徹さんと同じリーグで働きますよ」と当たり前の顔をして言ったものだから、そんなことも許されなくなった。
虎徹と違って能力が減退したわけでもないバーナビーを、二部リーグで遊ばせておく馬鹿はいない、というわけだ。要するに虎徹は巻き添えを食らったわけである。
確かにバーナビーは虎徹の相棒だし、バーナビーがそう言ってくれることも嬉しいが、だからといって納得できるはずもない。
「まだそんなこと言ってるんですか?」
着替え終わったバーナビーが戻ってきた。
「だってさあ」
「大体虎徹さんが、二部リーグだっていうのがもともと無理があったんですよ。僕が戻らなくったって、そのうち一部リーグに戻されていたと思います」
もう何度も聞いたバーナビーの主張だった。
「大体あなた、一部リーグのときと同じ、斉藤さんのスーツ着てたじゃないですか。スポンサーも以前と同じ、一社も減ってないって聞きましたよ? それで二部リーグだなんて」
笑わせる、とでも言うように鼻を鳴らすバーナビーは、出会ったばかりの頃のように憎らしい。
何か言い返してやりたかったが、言葉が見つからず唸る虎徹を見下ろして、バーナビーは肩を竦めてください。
「いい加減諦めてください。ほら、着替えないんですか? この後食事に行く約束でしょう。予約の時間があるんですから、もたもたしてると置いて行きますよ」
虎徹さんの好きな中華、食べるんでしょ、と言われてそうだったと思い出す。
慌てて立ち上がった虎徹を確認して、バーナビーは外で車出してますと言って部屋を出て行く。虎徹は衣装を素早く脱いで私服に着替えると、控え室を飛び出した。
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