ヒーローに復帰するためにシュテルンビルトに戻ってきた虎徹は、再び家族とは離れて暮らし始めた。以前住んでいたところは、大々的にテレビで放送されてしまったので、諦めるしかなかった。仕方なくブロンズステージに別の家を借りた。一人暮らしには少し広めの家にしたのは、休日に家族が遊びにくることを考えてのことである。以前とは違って、家族を招くことに躊躇いはない。
 今回の虎徹の一人暮らしは娘の楓も納得済みだった。むしろ娘から追い出された、と言ってもいいかもしれない。家でごろごろしている虎徹の尻を最後に叩いたのは娘だった。
 娘には二日に一度は連絡も入れるように心がけているし、向こうから電話がくることもある。
 今日はバーナビーと食事中に、楓から電話がきた。バーナビーからどうぞと促されて電話を持って廊下に出る。通話ボタンを押した途端、先ほどの放送を見ていたらしい娘が、きらきらした目で言った。
『お父さん、テレビ見たよ! バーナビーさんかっこよかったね!』
 なんだかがっくりくる虎徹である。
 楓がバーナビーのファンであることは百も承知だが、相変わらず面白くないものは面白くない。
「楓〜、お父さんは?」
 情けない顔で思わず問えば、
『あ。そうだ。あのスーツ似合ってなかったよ? どうしてあの色にしたの』
 等と真顔で言われてしまう。
 子どもは残酷だとしみじみ思う。それからバーナビーについていくつかの話を興奮気味にする娘に、相槌を打つこと五分。
 満足したのか、楓が思い出したように言う。
『今度帰ってくるときのお土産は、バーナビーさんのサインにしてね。楓ちゃんへって書いてもらって!』
 一度、何ならバーナビーを連れて帰ろうか、と提案したこともあったが、断固とした拒否にあった。楓曰く、アイドルや憧れの人というのは、遠くから見ているのがいいらしい。近くにくると緊張してパニックを起こすからダメなのだそうだ。
 へーい、とやる気のない返事をした虎徹に、ふと楓が黙り込む。
 様子の変わった娘に首を傾げると、暫く黙ってから言いにくそうに口を開いた。
『お父さん、大丈夫? 一部リーグで、沢山テレビで見れて嬉しいけど……大変じゃない? 無理、してない?』
 言葉を濁す娘に、相手がもう守ってやらねばならないだけの子どもではないのだと、いやがおうでも気づかされる。女の子のほうが大人になるのが早いというが、本当にその通りだと最近虎徹はよく実感する。
 娘は娘なりに、リーグが変わった父親のことを心配してくれているらしい。
 虎徹は安心させるように笑みを浮かべると、きっぱりと言った。
「別に無理なんかしてないぞ、楓。確かに能力は短くなってるけど、ちゃんと考えて使ってるし、バニーもいるからな。お父さんは、大丈夫だ」
 それを聞いて、楓は画面の向こうでほっとした顔を見せる。
『うん』
 心配させたことに対する不甲斐なさを感じると同時に、娘が自分のことを考えていてくれた事実に顔がほころぶ。
『あのね、お父さんが、一部リーグでも二部リーグでも、どっちでもいいよ、私! お父さんが頑張ってるの、ちゃんとわかってるからね』
 泣きそうに、なってしまった。
 ぐっと一瞬喉の奥に何かがつまり、虎徹は辛うじてそれを飲み込んだ。
「……ありがとな」
 それだけ言うのが精一杯。幸い楓は、そんな虎徹の様子に気づくことはなく、笑顔で通話を切った。また電話するから、そんな約束をして画面が消える。
 虎徹は、しばらく携帯を握り締めたままその場に立ちつくし、それからゆっくりと口元を覆った。
 じわりと湧き出すのは、純粋な嬉しさだ。
 ……よかったな、と思う。
 ここまでこれて、諦めないで、よかった。
 携帯をポケットにしまい、いつまでもそこにいるわけにもいかないので個室に戻ると、バーナビーからなるほどと言う顔をされた。
「娘さんからだったんですね」
「何でわかった?」
 驚いて問えば、溜息を吐かれる。
「上機嫌じゃないですか。あなたにそんな顔をさせる人間なんて、そういませんよ」
 そんなにわかりやすいのかと自分は、と思わず頬を押さえる。
「何か嬉しいこと、言われたんですね」
 バーナビーの声は、柔らかく丸い。だから虎徹は素直な気持ちで頷いた。
「……ん。無理すんなって心配された」
「いい娘さんですね」
「俺の、娘だからな」
 自慢するように言ってから、お前にはやらねぇぞとバーナビーを牽制する。会話の半分以上はお前の話だったなんて、悔しいので口にはしない。
 バーナビーはどうでもよさそうに虎徹の言葉の後半を聞き流し、考えるように首を傾げる。
「さっきの話なんですけど」
 どれだ、と正直に顔に書いた虎徹に、バーナビーが苦笑する。
「控え室で、した話です」
 リーグの話か、と思い出す。
「もし虎徹さんがどうしても一部リーグが嫌なら、二部リーグに戻ります?」
 思いがけない言葉に、虎徹は目を見開く。
「いいのか?」
「もちろん。虎徹さんが嫌なら、ロイズさんにかけあいますよ。確かに二部リーグのほうが、色々面倒がなくていいかもしれない。僕は、一部でも二部でもどうでもいいので」
「……」
 そんなことだろうと思った、と虎徹は肩を落とす。一瞬期待した自分が馬鹿に思える。
「なあ、バニー。それ、俺一人で、っていう選択肢はないの?」
「ないですね」
 なんでよ、と言いたいが、言ったら、相棒ですからと返事がくるのは経験上わかっていた。バーナビーは日頃から、虎徹がヒーローに復帰したから相棒の自分も復帰したのだと言って憚らない。
 こんな奴だったかなあ、と昔のことを思い出そうとしたがうまくいかない。
 何にしても、バーナビーをつれて二部リーグに戻った日には、ロイズとアニエスから殺されかねなかった。
「…………一部リーグでいい」
 呟いた虎徹に、そうですか? とバーナビーが首を傾げた。
 一部リーグと二部リーグでは、サラリーだって随分違う。だがしかし、それを含めてバーナビーにとってはどうでもいいことなのだろうとわかる表情だった。



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