白に緑のカラーリングが美しい斉藤自慢のヒーロースーツは、虎徹が復帰してからいくつかの改良が加えられた。
 見た目こそ変化はなかったが、以前よりも強度が上がり、軽量化が図られた。内側に表示される外部情報がより詳細になり、いくつかの武器も追加された。これはバーナビーのスーツにはないものだ。武器はどれもNEXTとしての能力を前提にせず、以前戦ったアンドロイドが持っていた武器をベースにして作られたというだけあって、桁違いの威力を持っていた。
 基本的にNEXTは、武器を持つことがない。その能力以上の武器などないし、能力を発動するときに邪魔になることがほとんどだからだ。ルナティックはボウガンを持っているが、あれだって能力を助けるためのものでしかない。
 けれども斉藤が今回用意したのは、基本的に考え方の違う、正真正銘の武器だった。
 ……要するに、短くなってしまった自分の能力を、補うためのものだ、というのは言われなくてもわかる。
 一部リーグで活躍するヒーローとしては、虎徹の一分しかもたない能力はあまりに心もとないのだ。命がけの場面も珍しくない中、虎徹が以前と同じに動けるようにと斉藤は知恵を絞ってくれているらしい。
 だがしかし、慣れない武器を扱うのは難しく、詳細になった情報も半分以上はよくわからない。好意は嬉しいが、気分は重かった。
 今日はそのスーツにテストをするから、と言って呼び出された虎徹である。大きな銃を渡された。一昨日は、剣型の武器だった。
 正面には、ヒーロースーツを着たバーナビーが立っている。あれほど嫌いだと言っていたシュミレーションに、最近のバーナビーはよくつきあってくれる。
 NEXT相手にその武器がどの程度通用するのか、データをとるのはバーナビーを相手にするのが一番手っ取り早かった。
 斉藤の合図で、バーナビーが能力を発動するのが見えた。スーツが発光し、バーナビーが構える。
 虎徹は、能力を使わず、与えられた武器だけでバーナビー相手に戦うように言われていた。データを斉藤がとるためだ。
『タイガー、いつでもいいぞ。遠慮せずにやれよ!』
 マイクを通した途端大きくなる斉藤の声が、耳に響く。耳を塞ぎたくなるほどの音量に顔をしかめ、へいへいとやる気のない返事をする。
 互いの表情は、マスクに隠れて見えない。
 そのことを、素直によかったと虎徹は思った。きっと今、自分はうんざりした表情を浮かべている。
『いつでもどうぞ、虎徹さん』
 回線を通じてバーナビーの声が届く。
 虎徹は溜息を吐くと、渋々武器を構えた。武器はずしりと手に重い。


 シュミレーションが終わると、虎徹はバーナビーを伴って社員食堂へと向かう。アポロンメディアの社員食堂は、安い割に量が多くて美味しいと評判だ。
 バーナビーはあまり好きではないようだったが、虎徹は結構な頻度で足を運ぶ。
 今日もバーナビーからは外で食べませんかと誘われたが、社員食堂へ行くからと言って断った虎徹である。今日はどうしても、ここのカレーを食べたい気分だったのだ。
 バーナビーは正直に嫌そうな顔をして、なのに「それじゃあ僕も行きます」等と言ってついてきた。嫌そうな顔は今も変わらず、虎徹の横にある。
「そんなに嫌なら、外行けばよかっただろ。何なのお前は」
 気が進まない様子で料理を選んでいるバーナビーに、虎徹は呆れて言う。
 社員食堂はセルフサービスなので、自分で料理をとってトレイに乗せ、レジで金を支払う形になっている。社員証を提示すれば、給料からひかれている仕組みだ。虎徹の場合よく財布を忘れて出社することもあるので、これは非常に助かっている。
 虎徹は当初の目的通りカレーをとり、バーナビーは迷った挙句、サンドイッチとサラダを選んだ。
「お前それだけで足りるの」
「足りますよ。虎徹さんこそ、サラダくらいとったらどうですか。バランスが悪い」
 言い返されてしまった。あまり機嫌はよくないらしい。こういうとき何か言うと薮蛇になることがほとんどなので、虎徹は口を閉じて代金を払った。
 昼食には少し遅い時間だったこともあって、空いている席を見つけるのは簡単だった。窓際の席に座り、いただきますをする。
 久しぶりに食べたカレーは、記憶通り美味しくて虎徹はすっかり満足した気分になる。やはり今日は、社員食堂で正解だった。シュミレーションで疲れた心が癒えた気がする。
 向かいに座ったバーナビーは、もそもそとサンドイッチをかじっている。
「なあ、バニー。それ、まずい?」
 思わずそう問えば、バーナビーは一瞬食べる手を止める。それから自分が食べているサンドイッチを見て、首を傾げた。
「普通だと思いますけど……。ひとつ食べます?」
 食べたいのかと誤解されたようだった。慌てて、そうじゃないと否定してから、虎徹は眉を寄せる。
「まずそうな顔で食ってるからさ」
「そうですか?」
「自覚ないのか」
 はぁ、と曖昧に頷くバーナビーは、思えば何を食べていてもあまりおいしそうに食べない男かもしれなかった。
「これ美味いぞ。食ってみる?」
 スプーンにすくって差し出すと、バーナビーはあっさり言う。
「いりません」
「遠慮すんな」
「してません。カレーの気分じゃないんです」
 そこまで言われれば強引にすすめることも出来ない。すくったカレーを自分の口に入れた。
 カレーを半分ほど食べたところで、虎徹はふと思い出したことを口にした。
「そういえば、お前さ。今度あれ、食わせろよ」
 言葉の足りない虎徹の台詞は、バーナビーには伝わらない。
「何をです? どこか行きたい店でも見つかりましたか」
 バーナビーの返事は少しおかしい、と思いながら虎徹はほらあれ、と繰り返す。
「チャーハン。練習したんだろ? バニーちゃんの作ったやつ、食べたい」
 いつぞやの台詞を思い出しての台詞だったが、バーナビーは一瞬ぽかんとした顔をした。
 一年以上前、虎徹が死に掛けたときにバーナビーが言った台詞だ。あれからすぐにヒーローを引退した虎徹は、結局バーナビーのチャーハンを食べる機会には恵まれなかった。
 だがしかし、バーナビーの表情が見る見る間に不機嫌そうなものへと変わるのを見て、虎徹は自分が失敗したことを悟る。
「――今、ここで、そういう話をしますか」
 低い声に、えっとうろたえる虎徹だ。
「だ、ダメだった!?」
 虎徹の反応を見て、バーナビーが深い、海よりも深い溜息を吐く。
「……わかってましたけど、あなたが、そういう人だって」
 バーナビーはしばらく拗ねたようにそっぽを向いていたが、やがて先ほどとは違う小さな溜息を落として言った。
「……今度、暇な時に」
 その声はもう怒ってはおらず、虎徹はほっとする。
「オジサンのチャーハンなんて、目じゃないの作ってあげますから、楽しみにしていてください」
 等とかわいくないことを言う相棒に、虎徹がもちろん言い返し、その子どものような言い合いは結局昼休み中続いたのだった。



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