Affinity 1 
〜今夜いつものところで〜 Angelo





全てのわだかまりが解けた、あの時間というものは、自分にとって多分、人生で一番穏やかな時だったのだと、マルチェロは思い返す・・・

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暗黒神が討伐され、世界に明るい空が戻った後、地の果てで世を捨てた隠遁生活をしていたマルチェロに来客があった。

弟だった。

今まで、心温まる会話すらした覚えもない弟はどこをどうやって探し当てたのか・・・こんな地の果てまで自分を追いかけてきた、と少しマルチェロは疎ましく思ったのだが・・・本心を言うと、嬉しかった。

そんなことは素直に口に出せるはずはなかったけれども。

世間と隔絶した生活というものは、マルチェロの想像以上に過酷だった。
そんな中、自分を忘れずに探し当てた弟の来訪が実は嬉しかったのだ・・・

「兄貴、シケた顔してないで、俺と一緒に飲みに行こうぜ?」

挨拶だとか、何だとか、そういうことを全てすっとばして、今までのわだかまりなど、まるで気にもしていないように、あっさりとククールは言った。
突然の展開に口ごもるマルチェロの手をククールは強引に引いて、そして外へ連れ出すと、彼の唱えた呪文で空を飛んだ。

マルチェロが連れてこられたのは、少し洒落た、ある城下町のバーだった。
ドニの、安酒を出す酒場とは雰囲気からして違う。

「お前はいつもこんなところに来ているのか?」
そうマルチェロが言うとククールは笑って、「まあな、女の子を誘う時はここにする。」と言い、慣れた様子でバーテンダーのいるカウンターへ進み、そして一番奥の席にと陣取ってから、『シケた顔』をしているマルチェロに陽気に取りとめのないことを話し出す。

「兄貴はカタブツだから、こういうところは来ないだろ?ここはさ、バーテンダーが何でもカクテルのレシピを覚えてるんだ。・・・だから俺は女の子を口説くときはここにするんだ。」
「なぜだ?」
そのマルチェロの問いに、ククールは『にんまり』というような顔で微笑む。

「カクテルって言うのはさ、甘い酒だと思われがちだけど、俺みたいなシャイな男の心を代弁してくれるものが多いのさ。
例えば・・・バーボンとチェリーブランデー、それからグレープフルーツジュースとレモンジュースのあれ、よろしく。」
そうククールがバーテンダーに酒の名前を数種類言うと、「かしこまりました。」とバーカウンターの中から返事がある。
その酒の分量がそれぞれ頭に入っているらしく、バーテンダーは本も見ずに、さっさとそれらの酒をシェイクすると、グラスに注ぎいれる。

「お待たせいたしました。」
「・・・これは?」
二人の目の前に出されたのは薄いオレンジ色のカクテル。
「これは兄貴にぴったりだと思うな・・・このカクテルの名前は"High Hat"、つまり、"いばりんぼう"・・・」
「・・・・・まったく下らないことは良く知っている。」

ようやく、マルチェロは数ヶ月ぶりに笑えた気がした。

「まあ、こんな感じで"あなたにキスをしたい"とか、"あなたとやりたい"とか色々あるんだよ。」
「で?女は釣れたのか?」
そのマルチェロの問いかけにククールは笑う。
「まあ、これが難しくて・・・でも俺の名前を覚えてもらうのは簡単さ。
ウォッカ、ガリアーノ、サザン・カンフォートにオレンジジュースとパイナップルジュースのあれを。」
また、慣れた様子でなにやら聞き慣れない酒の名前を数種、バーテンダーに告げる。
そうして出されたものは、先程の"いばりんぼう"より少し濃いオレンジ色のカクテルだった。

「これは"Angelo"・・・な?偶然だけど俺のあだ名と一緒。で、俺と同じで甘くて誰にでも親しまれる。」

そう言って、ひとしきり笑ったククールは、つい先日、誰もが呆気に取られるような、あっけなさで彼の両親と同じ流行病で亡くなってしまった。
まだ、25歳にもなっていなかった。
多くの人間が、その葬式で泣いた。
けれども、マルチェロは泣けなかった。
しばらくの間は、何が何だか判らなかった、というのが正直な彼の感想だ。

そして今夜、マルチェロはふと悲しくなって弟が事あるごとに連れ出してくれたあのバーへと足を向けた。

そうして「ヴォッカ、ガリアーノ、サザン・カンフォートにオレンジジュースとパイナップルジュースのあれを・・・」と、弟のように慣れた風を装って注文する。

そして出された、いつもと変わらない様子の"Angelo"を目の前に、マルチェロはカウンターに突っ伏して、そして誰にも気づかれないように少しだけ泣き、ほんの少しだけ昔のことに思いを馳せる・・・


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Angelo (アンジェロ)
ウォッカ30ml
ガリアーノ10ml
サザン・カンフォート10ml
オレンジジュース45ml
パイナップルジュース45ml