「まったく、お前が遅れてくるから酒場でどうしようもない女に絡まれたではないか。」 マルチェロが不機嫌そうにそう言うとククールは笑う。 「なんだよ、兄貴。勿体無いな、さっきのお姉ちゃん、なかなかの美人だったじゃないか。 あ、兄貴はああいう派手なのはタイプじゃないんだ?へえ・・・」 ヘラヘラと笑うククールにマルチェロは舌打ちをする。 「で、今日はいったい何の用だ。」 「んー・・・今日も久々に兄貴とデートがしたいなぁと思ってさ。」 臆面もなくあっさりと言うククールにマルチェロは心底呆れる。 「話にならん。用がないなら私は帰る。」 「また一人で山篭りするのか?そんなのつまんないじゃん。」 「・・・っ・・・お前という奴は。」 マルチェロは現在、教会の反逆者としてありとあらゆる教会勢力から追われている。 そんな彼が、本来ならのこのことこのような繁華街を歩いていること自体おかしいのだが・・・マルチェロはククールの相変わらずへたくそな字で綴られた、伝書鳩が運んできた手紙に呼び出されて、いつもの酒場で待っていたのだ。 ククールとこうやってこの町で会うのは、月に1,2度あるかないかで。 いつもククールが一方的にマルチェロの隠れ家に手紙を送りつけ、マルチェロがしぶしぶと出張るかたちだ。 マルチェロは孤独に生活していて、だから弟の呼び出しが億劫であったし、けれどもすこしだけ嬉しく感じるようになっていたので・・・表面的には不機嫌そうに振舞うけれども、なんだかんだ言ってククールの呼び出しには応じていたのだった。 「で・・・今日はどこに行くというのだ?」 「んー、思ったんだけどさ、兄貴ってカタブツだから今日は飛び切りのところに連れて行ってやろうと思ってさ。」 いつもククールはマルチェロの事をことある毎に『カタブツ』と言ってからかう。 けれどもそのからかいはバカにしているとかそういう意味ではなくて、むしろマルチェロの愛称のような感じでククールは使う。 「・・・で、ここがお前の言う『飛び切りのところ』なのか?」 案内されるがままにマルチェロはつれてこられた建物の前でさらに不機嫌そうに言う。 そこは色とりどりのネオンに彩られたかなり大規模なカジノだった。 「そ、大丈夫だって。金の心配ならいらねえって。この間の旅で一回、ゼシカがとんでもないほどの大当たりを出してさ、当分コインには困らないんだ。 エイトもヤンガスもゼシカもある程度景品に変えたらもうカジノに興味ないから残ったコインは俺が自由に使っていい、って言ってたんだ。」 「・・・」 以前のマルチェロなら痛烈な嫌味の一つでも放ってこの目の前の建物になどは入ろうとせずに立ち去っただろう。 けれども今日は大人しくククールに促されるままにその喧しい音の洪水の中へと足を踏み入れたのだった・・・ 「あっちがビンゴ、こっちがルーレットにスロットマシーン・・・ポーカーなんてものあるけど、兄貴はどれにする?」 にぎやかな音楽に、コインがぶつかり合う音、かたぎではなさそうな男のドスのきいた雄たけびに、若いバニーの嬌声。 その中でマルチェロは途方に暮れる。 そんなマルチェロをククールは可笑しそうに眺め、『ちなみに俺のお勧めはルーレットかな。』と言いマルチェロの腕を引っ張りその台のほうへと連れて行く。 「ひとつの番号にピンで賭けてもいいけど赤か黒か、偶数か奇数かとかでも賭けられるんだ。だから結構な確率で当たるんだ。 もちろん賭け方に因って勝ったときの倍率は違うけどな。」 ぺらぺらと楽しそうに話しながらククールは台につき、そして金髪のバニーの持ってきた、オリーブが沈められたカクテルをヒョイとトレイの上から取ると「ほら、兄貴も。」と酒を勧めた。 「こういうところの酒は全部無料さ。この酒はこの場所にちなんで『Casino』(カジノ)っていうんだ。な?ぴったりだろう?」 マルチェロにしてみればククールはなぜか幸せそうに笑い、そしてやたらハイテンションだった。 「さ、どれに賭ける?」 コインを渡されたマルチェロはしばらく考え、そしてすべてのコインをノワールの13に置く。 「ちょ、兄貴、全部かよ!?」 周囲からもどよめきが起こる。 なぜなら、マルチェロが置いたコインは1枚で1万ゴールドの価値を持つ高額コインで。 1枚だけでもその価値なのに、マルチェロは惜しげもなくかなりの枚数をノワールの13に積んだのだ。 「馬鹿馬鹿しい、素寒貧になればすぐに終わるだろう。」 「そんなぁ・・・」 ククールは情けない声を出す。 周りの人間は無責任にもマルチェロの『勇気』を囃し立てて、同じ『Casino』のカクテルをあおる。 「では参ります。」 ディーラーがそう宣言すると、みんなは固唾をのんで結果を見守る。 カラカラと白い玉が枠に当たる音がして・・・そして玉はほどなく、見事にノワールの13に入る。 「・・・!ノ、ノワールの13!」 「!!すっげぇ!やった!兄貴やった!」 思わずククールはそう叫び、周りの人間と抱き合う。 賑やかなファンファーレが鳴り響いてカジノの支配人がすっ飛んでくる。 「お、おめでとうございます!」 二人は卒倒しそうな支配人から記念品やら何やら渡される。 支配人の説明によると、ただ今キャンペーン中で、一回の当たりで500万ゴールド以上の勝利にはカジノのコインだけではなく、様々な特典もついてくるそうだ。 ククールは花束を渡しにきたバニーに愛敬を振りまきつつも、渡された特典の数々を素早く吟味する。 「お、何これ?ホテルサヴェッラ・ポープスイートルーム無料ご宿泊券?すっげえ、新規オープン予定のサヴェッラをモチーフにしたホテルの最上級カテゴリーのポープ(法王)スイートルームだってよ!」 記念品の中には今のマルチェロには嫌味にしか聞こえないようなホテル名の、これまた当てこすりのような部屋名の宿泊券が含まれていたようだ。 「今夜はここに泊まろうぜ、兄貴!なぁに、ルーラで飛べばひとっとびさ!」 そう言いながら強引にククールは、また苦虫を噛み潰したような顔をしているマルチェロの手をまたしても引き、二人は呪文で空を飛んだのだった・・・ <次へ> |
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