Affinity 7
〜戴冠式の朝に〜Coronation




彼は良く笑った。
何がそんなに楽しいのかと私は彼に聞いたことがある。


けれどもその問いに対してすら彼は笑って、色々な理由をだらだらと述べた、とても楽しそうに。
その理由はどれもふざけているようで、真剣にも感じたけれど、私は不思議とその理由のどれも納得したくせに、思い出せない。

もう彼の言葉は、いや、声はゆらゆらと私の記憶の中で『不明瞭』という分類わけを済ませたものの中に納まってしまったようだ。


彼が『私』を『発見』したあと、彼は前触れなく私の家を訪れることもあったし、私が彼に呼び出されることも有った。

ずかずかと家に、自分のテリトリーに上がりこまれたら、以前の私なら嫌悪感丸出しに追い払っていただろうし、彼の呼び出しが有ったら、それを私は見事なまでに無視しただろう。

けれども孤独な環境というものは、すっかり私を腑抜けにしたようで、なにかと接触を求めてくる彼を、私は少しずつだが受け入れいった・・・いいや、彼がきっと受け入れ易いようにしてくれていたのだろう。


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あの日、『最高の場所』で一番人と人とが分かり合えると彼が言った方法、つまり抱き合い、快楽を共有することを経た私たちの距離は急速に縮まった。

陳腐な、読むことで性欲をかりそめに満たすための物語のようだと思えるほど馬鹿馬鹿しい、けれども正直すぎるほど簡単な方法で距離の縮まった私たちは時に私の家で、時に街中の道すがら、そして酒場で色々な話をした。

これまでの、隙間だらけの、いや、断絶していた私たちの関係を少しずつ埋めようと。
もっとも、色々な話をしたと言っても、彼が一方的に話していることが多かった。

『兄貴はカタブツだから』と茶化してはいるけれど、彼はきっと、私がどのように彼に接していいのか未だ戸惑っていて、そして生来あまり人と会話で理解を深め合うことに向いていないのを見抜いていたのかもしれない。


彼はよく、酒場に私を連れ出した。
いつも彼は同じものを頼むわけではなく、ああだこうだ、色々な話をしながら、その話にあったものを頼んだりした。

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快楽を共にして、心のどこかで水臭いと思いつつも同じ床の上で目覚めた翌朝もそうだった。
彼はチェックアウトをする前に、朝だというのになにか係にいいつけてまた部屋に酒を持ってこさせていた。

私は朝から一体何をしているんだと渋面を作って小言よろしく何かを彼にいったのだろう。
それはありふれたと思っていた、けれども新しい幸せな日常。
そしてもう戻らないもの。

彼がその日、部屋に持ってこさせたのは、教会をコンセプトに作られたあのホテルの名物だそうで。

名前はCoronation
つまり『戴冠式』

少し遅かったけれども、十分にまぶしい朝日を反射していたそのグラスの中の液体は黄金色だった。
私はその色合いに見覚えがあった。

法王が、この世の神の代理人として、一国の王に正式に冠を授けるさいの戴冠式に、招待客に振舞われるその飲み物。

サヴェッラでも法王の即位ごとに招待客にこの飲み物は振舞われるらしく、そして法王が、王が誕生するたびにスタイルは変わるという。
あの日・・・この世の信仰の頂点に私が君臨しようとしていた朝、サヴェッラの神官が、忙しい私に、どのスタイルのCoronationがいいかと尋ねてきた。
確か私は、一番伝統的なものを、と言った。
そして神官がこちらでよろしいでしょうか、と黄金色の液体で満たされたクリスタルのグラスを演説前の私に見せに来た。

ククールが差し出したものは、それと寸分たがわない色だった。


「あ、変な風にまた揚げ足とろうなんて思うなよ?ただ俺は・・・兄貴がこれを飲む機会があったのかなと思ってさ。
せっかくの機会だし。まあ・・・その・・・」

途中で、彼は自分の行いがひどく私を侮辱することにもなりうると感じたのだろうか。
あわてて打ち消すようにしどろもどろでいいながらその黄金色の液体を差し出し、そして、また笑った。

私はその、どこか素直でない笑い顔に、やはり目の前の男との血のつながりを再認識して、そして『いい度胸だ。これはいつかの再起の誓いの味としてありがたく取っておくとしよう』とやはりどこか素直ではない返事をして、どこか苦いそれを飲み干したのだった・・・



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Coronation (コロネーション)
シェリー 30ml
スイート・ベルモット 30ml
マラスキーノ 1dash
オレンジ・ビターズ 2dashes